赤い太陽にキッス! 

旅日記、旬の花をパチリ!
ランチあちこち、スウィーツ大好きも書きます。
そうそう、 朝一番の太陽にキッスも・・・

29雪がちらつく石鎚山の麓まで

2017年12月24日 06時46分15秒 | 四国 絶景8景巡り
29雪がちらつく石鎚山の麓まで

松山市道後温泉から国道33号線を四国山地標高、1982メートルの石鎚山の麓を目指して進みます。
高知への道路標識が現れてきます。
山間地へ向かう道路ですがお遍路さんの姿を時々見ます。
西洋人も白装束のお遍路姿で見かけます。
1時間ほど走って道の駅天空の郷 さんさんでトイレ休憩です。


バスから降りると空気はひんやり!
道路端には薄黒くなった雪も見られます。
久万高原町ですが くまこうげん と読むようです。
標高は800mあり高原野菜など新鮮な地場産品が並べられていました。

休憩後バスはくねくねとした山道を何事もないように登っていきますが、


このあたりに第44番・大宝寺、
そして歩き遍路最大の難所 第45番岩屋寺がちらりと見えました。

雪がちらついてきました。


絶景7番目の面河渓に到着しました。

28-1伊佐庭 如矢翁の銅像

2017年12月23日 12時28分02秒 | 四国 絶景8景巡り
28-1伊佐庭 如矢翁の銅像

道後温泉本館の北側、



太和屋本店に接して建っている伊佐庭 如矢翁の銅像
先回来た時も目にしましたがどんな方かな?と調べてみましたら



伊佐庭 如矢翁は
初代道後湯之町長を務めた人物で、 道後温泉本館を改築し、道後温泉を松山市の有名な観光地にした
方だそうです。

27.道後温泉本館へ

2017年12月22日 12時24分58秒 | 四国 絶景8景巡り
27.道後温泉本館へ

昨晩道後温泉本館への入浴券がついていましたが、ついつい億劫になって
やめてしまいました。



道後温泉本館は今日は年に一度の大掃除で休日のようです。
あ早朝から清掃業者の出入りが続いていました。
どこかのテレビクルーも取材をしていました。
来年からは改装に入るようです、
僕が古いこの建物を見られるのはこれが最後になるでしょうね。

道後温泉開湯の伝説にちなんで白鷲は道後のシンボルになっています、
屋根の上や周囲の柵にも白鷲のモチーフが付けられています。

26.朝食も能舞台の見える広間で

2017年12月22日 06時11分16秒 | 四国 絶景8景巡り
26.朝食も能舞台の見える広間で

朝食はバイキング多い昨今ですが太和屋本店は和食膳でした。


愛媛のミカンジュースやミカン、じゃこ天と海老はんぺいなどがついていました。
仲居さんがあれこれサービスもしてくれますし
バイキングのような忙しさがなくて落ち着いていただくことができました。

24.道後温泉太和屋本店へ

2017年12月21日 06時24分04秒 | 四国 絶景8景巡り
24.道後温泉太和屋へ

大洲からは松山自動車道を一気に道後温泉まで走り、
創業は慶応四年道後温泉でも高級ホテルとして有名な
太和屋に宿泊します。



ロビーでの出迎えから高級感が漂っています。

シングルルームへ案内されましたがシングルにしては広々としていて、


黒のレザー貼りのマッサージチェアもセットされています。

浴衣への着替えをしていたら。
仲居さんが「お茶をお持ちしました」と言って入ってこられた。
最近お茶もセルフが多い中、突然のお声がけにびっくりしました。

太和屋本店特製のべジスウィーツでお茶をいただき、



雨に濡れた身体を温泉で癒しました。

22.臥龍山荘から対岸の紅葉を

2017年12月20日 06時54分00秒 | 四国 絶景8景巡り
22.臥龍山荘から対岸の紅葉を

臥龍山荘を出てくると公園の一角に渡辺勘兵衛 邸跡の説明版が立っていました。


もともとこの一帯は大洲城主・加藤泰恒が「蓬莱山が龍を臥す姿に似ている」ということから
「臥龍」と命名した景勝地でした。文禄期に渡辺勘兵衛が庭園を築き、明治期に入り荒廃したところを
大洲出身の貿易商、河内寅次郎が買い取り臥龍山荘を建てたようです。


説明を読んでふと対岸を見ると、雨だった午前中とは打って変わり紅葉に日差しが注ぎ
まさに山燃える美しい紅葉を見ることができました。

21.迎礼の間から邸内へ

2017年12月19日 20時48分42秒 | 四国 絶景8景巡り
21.迎礼の間から邸内へ



玄関迎礼の間


清吹の間
夏の部屋として、高天井と欄間の透かしが工夫されている夏の部屋




霞月の間
違い棚は京都大徳寺 王林院の霞床席を模している
蝙蝠の引手は薄暮を表している



壱是の間
桂離宮の様式を参考にしている





マキの生木を捨て柱にしている,マキは横に成長している