こころとからだがかたちんば

YMOエイジに愛を込めて。

豊田商事会長の公開刺殺事件 '85年6月18日

2009-06-25 20:07:15 | 想い出かたちんば


また、浪人時代に、時は戻る。

1985年6月18日、「豊田商事会長の公開刺殺事件」が起きる。
豊田商事の永野一男会長が自室(大阪市北区天神橋3丁目のSマンション扇町5階)玄関前に「マスゴミ」取材班が集まる中、目の前で、男2人が「会長を殺すように被害者から頼まれている」と言い残し、窓を壊して、日本刀で刺殺されるのを、何事も無く、「マスゴミ」は何もしないまま、テレビは映し出していた。
当時、実に衝撃的な映像だった。

2人は、返り血を浴びた中、窓から出てきて「殺した」と言った。

「マスゴミ」は誰1人止める人も居ないまま、豊田商事会長は、公開処刑された。
「マスゴミ」はひたすら、写真と映像を流し続けた。

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豊田商事は現物まがい商法による悪徳商法によって被害者数は数万人、被害総額は2000億円の巨大詐欺事件を起こした会社として社会的に注目されていた。

豊田商事自体にも問題は相当あったが、自分が、体感したのは、80年代中盤から、どんどんと過熱化していく「フラッシュ」「フライデー」「フォーカス」といった雑誌に代表されるような、何でもいいから、より大きい「スキャンダラス」なネタへという、「マスゴミ」の報道の加速化、そのものが、この事件並びに、この後の個々の事件に繋がっていく流れだった。

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1983年のYMOの「浮気なぼくら」に入っている「フォーカス」という曲は、この流れを歌にしたものだった。

色々、その後、「マスゴミ」は言い訳にした(=豊田商事は、悪党であり、公開処刑されても仕方が無いというムード)が、一体「報道」とは何なのだ?

そういう事を考えるには、良い題材である。

要は、劇的で人をより惹きつけるには、エロ・グロは「全然オッケ~」である、という事が公然と、ノリノリで行われ始めた時期である。

新聞や地上波テレビが、さかんに、真剣めいたCMや広告を出しているが、報道とバラエティの境目を壊すブルドーザーの動きは止まることなく動きだした時期という印象を強くした事件だった。
コメント
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