ある一枚の写真がありました、
あるプロ演奏家の方に見せて頂いた写真です。
日本ではそれほど、著名な方ではないですが、その方が二胡を弾いている時の、様々な右手の写真です。
その中の一枚を見ていて、気が付きました。
二胡を鳴らすというのはこういうことなのだと。
これは非公開の写真だそうです、皆様にお見せできないのは残念です(元々うちのブログは写真少ないですがね)
その手の美しいこと。
内弦を弾いている時とはっきりわかる写真でした。
中指が、程良く伸びて、弓の毛を伸ばします。
明らかに人差し指が竹を内側に、抑え込んでいるのです。
たぶん弓を右にいっぱいに弾き切った時の写真だと思います。
これから手首が反転していく寸前の形に思えます。
既に準備がされているのかというとそうではないのです。
右にいき切ってしまう感じがするのです。
これはかなり重要なことだと思います。
右に弾いて行った時に、竹の先まで行き切ってしまうということです。
ようするに、弓のパワー全部を一弾きにひとつの音に載せこむのです。
これを観た時に、私はああ、こういう物だなと、つくづく思いました。
手の重さを弓の毛全部に載せて、一気に弾き込む、
返す事など考えない、弦に弓の先端の竹が当たるまで弾き切る。
良く鳴ります。
確かに先生方はおっしゃいます、私も、言われました。
一音を一弾きの弓で弾いて。
なかなかこれが出来ないのですね、
どうしても手首を返そうとしてしまう為に先端までぶつかりません。
長い音ならそれが出来るのですが、その一弾きの音を短くしていくとなかなかに出来ません。
この写真を見て思ったのは一弾きに全てを乗せることだなということです。
音楽をしようと、左手の動きに注意がいくとどうしても右手を引き切る、おし切るというのがおろそかになります。
次に返す準備をしてしまうのです。
返さなくても良いそこで止まっても良いという位に、引ききり、おし切ると一音に全てをかけるぐらいに引くと、二胡は鳴ります。
弓の毛全部を使って一音を作るのです。
その写真は私にはそう見えたのです。
ただこの意見はあくまでも私の実感ですので、上手な人の中にはまた違う意見も有るかもしれません。
でも、竹にぶつかるまで弾き切ると気持ち良いですよ。
あるプロ演奏家の方に見せて頂いた写真です。
日本ではそれほど、著名な方ではないですが、その方が二胡を弾いている時の、様々な右手の写真です。
その中の一枚を見ていて、気が付きました。
二胡を鳴らすというのはこういうことなのだと。
これは非公開の写真だそうです、皆様にお見せできないのは残念です(元々うちのブログは写真少ないですがね)
その手の美しいこと。
内弦を弾いている時とはっきりわかる写真でした。
中指が、程良く伸びて、弓の毛を伸ばします。
明らかに人差し指が竹を内側に、抑え込んでいるのです。
たぶん弓を右にいっぱいに弾き切った時の写真だと思います。
これから手首が反転していく寸前の形に思えます。
既に準備がされているのかというとそうではないのです。
右にいき切ってしまう感じがするのです。
これはかなり重要なことだと思います。
右に弾いて行った時に、竹の先まで行き切ってしまうということです。
ようするに、弓のパワー全部を一弾きにひとつの音に載せこむのです。
これを観た時に、私はああ、こういう物だなと、つくづく思いました。
手の重さを弓の毛全部に載せて、一気に弾き込む、
返す事など考えない、弦に弓の先端の竹が当たるまで弾き切る。
良く鳴ります。
確かに先生方はおっしゃいます、私も、言われました。
一音を一弾きの弓で弾いて。
なかなかこれが出来ないのですね、
どうしても手首を返そうとしてしまう為に先端までぶつかりません。
長い音ならそれが出来るのですが、その一弾きの音を短くしていくとなかなかに出来ません。
この写真を見て思ったのは一弾きに全てを乗せることだなということです。
音楽をしようと、左手の動きに注意がいくとどうしても右手を引き切る、おし切るというのがおろそかになります。
次に返す準備をしてしまうのです。
返さなくても良いそこで止まっても良いという位に、引ききり、おし切ると一音に全てをかけるぐらいに引くと、二胡は鳴ります。
弓の毛全部を使って一音を作るのです。
その写真は私にはそう見えたのです。
ただこの意見はあくまでも私の実感ですので、上手な人の中にはまた違う意見も有るかもしれません。
でも、竹にぶつかるまで弾き切ると気持ち良いですよ。
弓を反す瞬間の感覚が未だ掴めず、悶々としています(-_-;)
空弦3年…いや5年はかかるかも。日々鍛練ですね;
ほぉさんの「ほぉ舜堂」毎回楽しく読ませて頂いています♪ 音大の特別講座、私も行ってみたい!講義のDVDがあったらなぁ~。
近郊にお住まいの方が羨ましいです。
短い時間でしたがボスはその資料を見て一瞬にして理解し、
その日から弓使いがガラッと変わりました。
ワタクシは同席していたのに、その写真の綺麗さばかりに目が行き、
貴重な奏法資料という見方をしていませんでした。
「目の付けどころが違う」 とは正にこの事。。。
弓を全て使うというのは、とても難しく、早く引くと腕の重さが乗ってない為に途中で音が飛んだり(弓が玄をとらえていない)してしまいます。
先生の演奏を良く観察していると、気持ちの良いくらい先端でピタっと止まり弓を反しています。手の反し方もじっくり視ているのですが、各ポイントにどれだけ力(重さ?)が掛かっているかまでは分からないので、歯がゆい思いです。
(先生も説明が難しいらしく、的確には教えて貰えません。)
右手の写真が非公開なのは残念ですが、弓を反す準備をしない、というのは目から鱗でした。(弧は描きませんが、ブランコをこぐ感覚に似てる気がしました)
力を抜き弓に重さを乗せる事や、弓のかえし方等、体得するのは至難の技ですね。先は長いです…。