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マルクス/レーニン小伝(連載第20回)

2012-09-19 | 〆マルクス/レーニン小伝

第1部 略

第4章 革命実践と死

(2)国際労働運動への参画

国際労働者協会の創立
 1848年の連続革命が挫折した後は、革命運動にとって「冬の時代」が続く。そうした中でマルクスらの共産主義者同盟も潰されてしまったのであった。
 共産主義者同盟を失ったマルクスの革命実践にも10年以上のブランクが空くが、1864年になって転機が訪れる。この頃ヨーロッパ労働運動の国際化の機運が生じ、同年9月にロンドンで開かれた国際労働者協会(第一インターナショナル:以下、「第一インター」という)の創立集会に招かれ傍聴していたマルクスは勝手に委員に選出されてしまったのだ。しかも彼は協会創立宣言と規約を起草する小委員会の委員を委ねられることになった。
 この第一インターは10年前の共産主義者同盟とは異なり、革命運動というよりまさに労働運動であった。しかし「冬の時代」にあって共産主義的な運動が各国政府の弾圧を回避しながら存続していくためには、このような穏健化された形態を取るよりほかになかった。
 それでもマルクスは委任された創立宣言文や規約条項を通じ、大要「労働者は政治権力の獲得を大きな責務とし、もって労働者階級を解放し、階級支配を根絶するという究極目標を、自らの手で勝ち取らなければならない」と述べ、改めてプロレタリア革命のテーゼを繰り返している。
 第一インターの第一回大会は66年にジュネーブで開かれた。この大会は第一インターのわずか十余年の命脈の中で五度開催された大会の中で最も盛況で、組織のあり方や運動方針といった当面の問題から、労働時間、協同組合、労働組合、常備軍といった政治経済上の諸問題に至るまで様々なテーマで活発な討議が行われ、論争家マルクス好みの大会であったはずだが、彼はちょうど『資本論』の執筆が最終段階に達していた折りで出席することができなかった。
 しかしマルクスは翌年、この大会での討議事項に対応する自己の見解を反映させた第一インター中央評議会(後に総評議会)代議員への指示文書を発表している。
 その中で特に注目すべきは労働組合の役割についての指摘である。彼は労働組合が賃金増と労働時間短縮のために果たしてきた役割を高く評価しつつ、「賃労働と資本支配の制度そのものを廃止するために組織された道具」としての労働組合の重要性を指摘し、労働組合が賃金奴隷制そのものに反対して行動する自己の力を十分に理解し、労働者階級の完全な解放という広大な目的のために、労働者階級の組織化の中心として行動することを学ばなければならないと述べるのである。要するに、彼は労働組合による賃上げ・時短闘争のような個別的闘争を重視するとともに、労働組合をプロレタリア革命のための中心的組織たるべきものとも認識していたのである。
 マルクスは第一回大会前年に第一インターで行った講演『賃金、価格及び利潤』の中ではもっと端的な標語的表現でこう言っている。「かれら(労働者階級)は、「公正な一日の労働に対する公正な一日の賃金!」という保守的な標語の代わりに「賃金制度の廃止!」という革命的なスローガンをかれらの旗に書き記さなければならない」と。そして同じ講演の結びでも、「それ(労組)が現行制度の結果に対するゲリラ戦に専念してそれと同時に現行制度を変革しようとしないならば、その組織された力を労働者階級の究極的な解放すなわち賃金制度の究極的な廃止のためのテコとして利用しないならば、一般的に失敗するであろう」と警告している。
 その後の各国労組はマルクスのこの警告を無視し、それどころかプロレタリア革命を自己否定さえして、まさしく「一般的に失敗」したのであったが、資本側から見ればそれは労働組合を完全に体制内化することに成功したことを意味するだろう。

平和自由連盟との対決
 初期の第一インターにおけるマルクスの活動で注目されるのは、ヴィクトル・ユゴーやジュゼッペ・ガリバルディ、ミハイル・バクーニンといったそうそうたるメンバーが参加して1867年にジュネーブで設立された国際組織「平和自由連盟」(以下、単に「連盟」という)との対決である。
 この組織の目的は「諸国民間の政治的・経済的条件を決定すること、特にヨーロッパ合衆国を樹立すること」にあるとされていた。参加メンバーを見ると、人道主義の作家ユゴーに、イタリア統一運動の指導者ガリバルディ、無政府主義の巨頭バクーニンと著名ではあるが雑多な顔ぶれにふさわしいあいまいな組織であり、第一インター諸支部やマルクスにも参加を呼びかけていた。
 しかし首尾一貫性を重視するマルクスがこのようなヌエ的運動組織に手を出すことはあり得なかった。彼は67年8月、第一インター総評議会での講演で、国際労働者協会の大会はそれ自体が平和大会にほかならないこと、それは諸国の労働者階級の団結こそ究極的な国際間の戦争を不可能とするに違いないからであること、よって労使関係を変革する事業に手を貸そうとしない者は世界平和の真の条件を無視するものであることなどを指摘し、「総評議会代議員は連盟の大会に公式に参加してはならず、国際労働者協会の大会において連盟の大会への公式参加を支持する動議が出されたときはこれに反対するよう指示する」との決定案を提出し、総評議会は全会一致でこれを採択したのであった(ただし、67年のローザンヌ大会はこの総評議会決定を無視して連盟への参加を決議した)。
 こうした対応に見られるように、マルクスは現実の階級構造を無視した幻想的な「諸国民」の連帯ではなく、国境を越えたプロレタリアートの団結こそが世界平和の真の条件であると確信していたのである。
 時代下って今日、階級構造を無視した連盟流の「平和運動」はなお盛んである。しかも連盟が構想した「ヨーロッパ合衆国」はヨーロッパ連合(EU)という中途半端な形態で実現されつつある。しかし、第一インターの後裔と目される国際労働運動はもはや存在していない。従って―とマルクスなら言うであろう―、真の世界平和への道のりはなお遠いのである。

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