第一章 奴隷禁止原則と現代型奴隷制
残存奴隷制と復刻奴隷制
第一章では、国際的な奴隷禁止ルールをかいくぐって伏在する現代型奴隷制について記述する予定であるが、その前に、現代にあって旧制的な奴隷慣習がなお続いている不幸な事例を紹介しなければならない。その一つは、西アフリカはモーリタニアの残存奴隷制である。
モーリタニアとは、その国名に由来でもあるアラブ系と混血し、イスラーム化したモール人(アマジグ人)が社会の上層階級を占め、アフリカ黒人系の諸民族を従属化させてきた歴史的構造を持つ。まさにこの非対称な構造から、奴隷制が発生してきた。
黒人系の多くは、かつてモール人が奴隷狩りによってサハラ以南から連行してきた住民の子孫と見られ、ハラティンと称されている。かれらはモール人の主人の間で売買や相続すらされ、無償で使役されるまさに旧時代的な奴隷そのものである。
その歴史は古く、イスラーム到達以前から存在すると言われるが、アラブ人がイスラームを持ち込むと、イスラーム的な理念に基づく異教徒・戦争捕虜の奴隷が制度化され、定着されたと見られる。
モーリタリア奴隷制はフランス植民地時代の20世紀初頭に禁じられ、独立後の政府も1981年には名目上奴隷制廃止を宣言し、1986年には前回見た「奴隷制度廃止補足条約」に加入したにもかかわらず、2007年に至るまで実質的には奴隷所有を禁じていなかった。
その後も、政府の公式的な否定にもかかわらず、モーリタニアでは依然として人口の20パーセントから最大推計40パーセントもの国民が奴隷状態にあると見られている。国の歴史的根幹に関わる民族的階級構造が土台にあるだけに、容易に解決しない課題であるかもしれない。
もう一つ、2014年にイラクとシリアにまたがって占領した地域でイスラームに基づくカリフ国家樹立宣言を行なった武装勢力イスラーム国(IS)による奴隷制復活宣言がある。この唐突かつ奇異な宣言は世界を驚愕させ、多くの非難を巻き起こしたが、イスラームの伝統的な奴隷制擁護論に基づくものと説明されていた。
実際のところ、IS占領地域におけるこうした復刻奴隷制の実態はその閉鎖性による情報不足のため不詳であるが、体験者の証言などによれば、IS奴隷制は主として少数民族クルド人の一部に見られるヤジディ教徒を対象としたもので、同教徒の少女を含む女性を戦闘員に慰安婦的な存在として「配分」するというシステムであり、そのための人身売買市場すら構築されているという。
これが実態とすれば、ISの復刻奴隷制はイスラーム的伝統である異教徒の奴隷化と現代型性奴隷―中でも戦時性奴隷―の新旧要素が複合されたシステムを成すように見える。そこで、次節では現代型奴隷制の代表格とも言える性的奴隷慣習について概観する。