老齢の母が入院している
できる限り病院に顔を出そうとしているがなかなか
頻繁には寄れない
今週末は大阪に留まる予定となり、ようやく病院に来ている
病院は、子供のころによくあそんだ城跡の大きな公園の側にある
最寄り駅からは公園の中、野球場の側を通り抜けていく
野球場では、つい一昨日まで夏の県大会が行なわれていたのだが
今はもう人影はまばら、セミの声が城跡の石垣に響くばかりだ
セミの声に負けず、公園は子供の頃に嗅いだ懐かしい夏の匂いで
いっぱいだ
これは一体何の匂いなのだろう
何の匂いかわからないのだが、記憶の底にある夏の匂いだ
何年か前、母がまだもう少し元気だったころ
息子を連れて実家に帰ってきたことがあった
当時の母は、さすがに一緒に出かけるほどの元気はなかったが
焼きそばを焼いて王子をもてなしてくれた
その日、王子を連れてこの公園に出かけた
百均の店で手に入れた虫捕り網と虫かごを持ってセミとりをした
その後、剛ノ池という大きな池で息子と一緒にボートに乗った
そんな風に息子を連れて、この公園に遊びにくることなど
全く想像もしていなかった
その日は、幸せな一日を過ごせたことに感謝した
いま、この公園を通って母のいる病院に通う
相変わらずセミ時雨が降りつづく、セミたちは一生のほとんどを土の中で
暮らし、ただ子孫を残すためにだけ姿を変え、空を飛び、一心不乱に
泣き続け、短い夏が終わると消えていく
死に向かって鳴くセミたちの鳴き声は、言葉を失い、立ち上がることも
できなくなった母にも聴こえているのだろうか