Remains of The Accidents

アクシデンツなページ

あっという間に

2023年11月23日 | つれづれ

今年もあっという間に11月も終盤。勤労感謝の日。

相変わらず仕事に追われている。朝は始業1時間前までにキーボードを叩きはじめ
20時すぎまでは事務所を出られない。

実のところ、退職金ももらったし企業年金の支給も始まったので
そう一所懸命に働かなくともよいのだが、引き受けた以上はやらねばならない。

手を抜くと周囲の人間に迷惑がかかるし、誹謗や嘲笑も受けかねない。

先月は右手に蕁麻疹まで出てきて、嫌になった。

自分では、行くべき場所がないからここにいると思っている

父親の行先など、家族もそう気にしていないが、ただブラブラと毎日自宅にいる父親
なんて想像するだけで鬱陶しいようだ。

なので、どこかに移ろうと考えている。

別に近所のワンルームマンションでもよい。

自分のペースで暮らそうと思うだけで、家族といたくないわけではない。

また、実際に家族がなにか云うわけでもない。

ただ、元々自分は自分以外の人間とかかわるのが嫌なだけだ。

子供のころからそうだったので、自分にとっては自然なことだ。

 

狭い家に育つうちに、自分の居場所を勝手に作るようになった。

二段ベッドの上、半分物置になっていた部屋の奥、場所を探しては居ついていた。

かと云って、学校では仲間と楽しく過ごしていたし、当時の通知簿には「クラスの
遊びのリーダー」だと書かれている。

そんなに内向きな子供でもなかった。

極端な二面性を持っていて心のどこかに何かが隠していたのだろう。

ひたすら一人でいたくなることがあり、そんな場所を探していた。

真冬にもかかわらず、自転車で隣町の丘の上の公園に行って過ごしてみたり
海沿いの国道を西に向かってどんどん進み、海岸でたたずんでみたり。

結局、同級生に会うことのなさそうなところに出かけるのが好きだった。

長じて単車を手に入れてツーリングにでかけるようになったが、これも独りで
乗り続け、マスツーリングは会社に入ったときに誘われて初めて参加した。

参加してみると楽しく、また行きたくなるのだが
どこからか窮屈な思いも涌いてくる。

 

ひとりという意味では、小説を読むのも好きだった。

小説に関わらず本を眺めるのが好きだった。

図書館に行けば、数時間は居座って色んな本を眺めていた。

地元/明石駅の周辺には書店が三か所あったが、それぞれで1時間以上立ち読み
を続けて夕方帰宅するようなこともあった。

中学のときは啄木の歌集をよく借りていたのだが、一度同級生に「詩集とか
借りてるんやって?」と訊かれて困ったことがある。

今でも啄木は諳んじられる。

 

高校に入ると、国語教師の影響で太宰を全部読んだ。
「人間失格」「斜陽」は言うまでも「富岳百景」「津軽」と読み進めた。

太宰は「小説を書くのが嫌になったのです」と遺書を残した。

自分が「他人に関わるのが嫌になったのです」と書き遺すのかどうかはわからないが
ただ、あっという間にこの歳になってしまい、そろそろまた一人の空間が恋しくなっている。

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会いたくなったら

2023年11月11日 | つれづれ

年下の従弟が7月になくなっていたと喪中はがきで知った。

老齢の叔父叔母からの連絡だった。

彼はいわゆるダウン症候群で、自分がものごころついたころから面白い男の子だった。

彼の兄は自分と同い年、兄からすると可愛い弟なのだけれどいろいろ葛藤もあったように聞いていた。

活発で利発な兄とダウン症の弟、いろんなんことを感じながら二人とよく遊んだ。

高校を受験するころになって従兄とは疎遠になり、会うこともなくなった。

その間、従弟は変わらずに家にいて、変わらずにドラゴンズの試合を観て、変わらずに
スコアをつけて、変わらずにブツブツ文句を言っていた。

 

授産施設に通っていた。

昼休みに仲間と遊ぶのが楽しい、キャッチボールをするのだといっていた。

友人の球が速くて手が痛くなるのだと楽しそうに話していた。

 

いつもいつも大人の真似をしたがり、煙草をふかしては消して、叔父叔母によく叱られていた。

云いたいことが伝えられないストレスで時々癇癪を起していたが、成長するにつれてそれも収まっていった。

自分の両親も彼のことが大好きだった。

夏休みには彼を呼び寄せて、よく遊びに来させていた。

父親は彼を海に連れて行き、自由に遊ばせていた。

 

「素直」ということが彼のもっともすぐれた点だったかもしれない。

暑いときには暑いといい、腹が減れば冷蔵庫を開けて目についたものを食べてしまう。

めぼしいものがなければ近所の店で駄菓子をいただいてきてしまう。

父親にも母親にも、彼にももう会えない。

 

そんな彼の行く末を誰もが心配していた。

叔父叔母とも歳をとって、彼らの心配の方が先になっていた。

自分も従弟のことを忘れていた。てっきり元気でいると思っていた。

その彼が早々に亡くなっていたことを知らされて、今泣いている。

昨晩から、ずっと泣いている。

もう会えない。会いたくなってももう会えない。

どのようになくなったのかも知らないのに、勝手に泣いている。

会っても話はないのに、勝手に泣いている。

もう一度会いたいと思って泣いている。

会いに行くこともなかったのに、会いたいと泣いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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