今週は祝日があったので、あっという間に週末になった
家族もそれぞれ用事があり、自分には特にすることはない
と言っても、不要不急の外出はしない前提なので
息子はオンラインゲームで友人たちと交流するのだが・・
自分は、粛々と張り出した腹回りの伏線回収に努めるだけ
昨夕も在宅勤務を終えてから一時間ほど近所を歩いてきた
それでも約7,000歩、なかなかノルマは達成できない
血圧、中性脂肪と投薬を続けているところに、今度は右目が
見えにくくなっていて、また医療機関にいかなければなら
ないようだ
「門松は冥途の旅の一里塚」とはよく詠んだもので、まさに
今年は老化していく身体とのつきあいが始まる年のようだ
そんな体を労わりながら、最近の気持ちは田舎に向いている
若いころから、時期がきたら都心を離れて暮らしたいと
考えていたのだが、最近はその思いが日に日に募っている
先週のスキー行でも、少し原村や富士見町、北杜市などの
雰囲気を感じるために回り道をしながら帰宅した
また、Webでその辺りの物件を見たりしている
豊富な予算があるわけではないことと、家族は田舎には
こないことで部屋数のある物件は避けたいところ
よくよく見ると別荘地はルールが厳しく、移住は容易だが
制約が多くて自分には向かなさそうだ
もともとあと何十年も元気に生き続ける想定はなく
10年ほど気楽に暮らせたらよいだけのParasite
死ぬ前にはきちんと整理しておきたいと考えると
さらに条件は絞られてしまう
きれいな水回りとインターネットの環境、自分で面倒の
みられる範囲の菜園があればよいのだが
そう上手くことは運ばない
さて、宮崎に出向いて郊外の物件を探してみようか
宮崎なら市内からそこそこの距離ですでに郊外だし
下手に渋滞を抜けて信州にいくより、羽田から飛んだ
方が便利かもしれない
宮崎で仕事をしていたときに、宮崎に若者を呼ぶ案として
二つ挙げていた
一つは、高齢者の施設をもっともっと増やして介護に従事する
若者たちを集める「宮崎、終の住処」案
宮崎の空気はひとを元気にする、夏場は自慢のソーラーで空調の効いた
暮らし、あとは温暖な日向の気候が年寄りにはやさしいはずだ
もう一つは、川南や小林の方に外国語しか使えないルールの街を作り
Nativeを雇って職を与える「国内留学の街」案
他愛のない空想だが、世界に飛び出すリスクより、ドラッグや銃、クー
デターのない安全な留学なら親も安心なはずだ
また、宮崎なら知り合いが雇ってくれる可能性もある
なんだか、宮崎が故郷のようだ
飛び石連休の合間、月曜日を狙って今年の初スキー
三月末までに休暇を消化しなくてはならないので、今回は一人でも断行
一人なので、起きたら出ていく、着いたら滑る
と、いたってシンプルにことが進む
もともと早朝に目覚める人なので、慌てることもないのに4:00には起きてしまった
起きれば出ていくしかないが、これではあまりに早すぎる
目的地は白樺湖周辺なのでそんなに急がなくても大丈夫なのだが、目覚めてから
うちの中をウロウロしていると家族にも迷惑なのでさっさと出ていくこととした
それにしても早い
今どきのナビは、自宅から白樺湖まで東名-圏央-中央で行かせようとして鬱陶しい
従ってナビはやめて、まず甲州街道へ
府中街道から多摩川原橋を渡ったところで左折、川沿いの道を進んで、甲州街道に
回ろうとしたのだが、途中でなんだかよくわからなくなってしまった
結局、いつもの "勘" で八王子ICから中央道へ
今どきのナビ慣れした人たちにはわからないかもしれないが、長年のツーリング経
験者には独特の"勘"があるのだ
それにしても4:30に出発したので、まだ早い
ええい、たまには国道で行ってみるか、と勝沼ICで中央道を降りて早朝の甲府盆地R20へ
そこからはひたすら国道、途中「道の駅はくしゅう」で朝食をとっただけ
R20から富士見高校のところで右折、原村を抜けていつものように白樺湖へ
しかし我ながら、どんだけ原村から蓼科、大門街道のあたりが好きなのだろうかと思ってしまう
秋にソロツーリングで軽井沢に泊まったときも、宿から長野原、嬬恋を周っていったのだが
結局、菅平、上田から大門街道を抜けて帰宅してしまった
さて、今回は白樺2in1スキー場に行ったのだが、iさん推しのブランシュ高山でもよかった
だが、ここはiさんと行くまでおいておこうと温存しておいた
スキー自体は、前回同様でガラガラのゲレンデをひたすら滑るだけのスキー修行
コロナ禍の連休の合間で予想通り、ゲレ食もガラガラで12:00すぎでもひとり窓際に座れた
なんだかんだ、リフト運航開始8:30から昼食をはさんで14:20まで滑っていた
雪の量はあるのだが、ここのところの高い気温で表面が溶けては氷っているようでガリガリだった
今年、もう一度来られるかどうかわからないので、最後にもう一本
と気合を入れて立ち上がったところ、足がついてこなかった
最後は10mほどの緩い上りをスケーティングで登れなくなっていた
ので、こりゃ怪我をしないうちに風呂に行こうと考えた
風呂は、三井の森のそばにある「尖石温泉 縄文の湯」
露天風呂で地元のじいさんと少し話しながら、ゆっくりと浸かったのだが
それでも膝上太ももがパンパンはとれなかった
さ、帰ろう
でも、また早い
ので、帰りもR20を勝沼まで
韮崎あたり、夕焼けの富士山が「お疲れさんやね」と手を振ってくれた気がした
今年、もう一度くらい行けるか
平日ならばスノボもいいかも
昨日で無事我が家も受験というものが終わり、ようよう精神的に楽になった
もともと受験が終わったら休憩しようと考えていて、今週末は連休にしていた
実際には、家族は仕事と学校で自分ひとり休暇となって少し暇になってしまった
最近は在宅勤務やら働き方改革やらで平日自宅にいる時間もそこそこあって
以前のように自宅にいて以後゛血が悪いわけではない
本日のメニューとしては、銀行に行って長男の入学関係の送金と手続きをすること
みそラーメンを食べたら、午後は献血に行こうと考えている
それまでの間・・・とパソコンのフォルダーを覗いてみたら、やけに懐かしい画像
があった
20年ほど前、この季節はいつもスキーに行っていた
上の写真は2000年2月の白馬五竜、ずいぶん懐かしい顔ぶれだ
どういう経緯で五竜に出かけたのかは忘れたが、確か写真のN君、I君と車で向か
ったはず
先輩Iさんとどうやって合流したかは記憶にない
N君、I君は今頃どうしているのだろう、特にN君は破天荒な男だったので
気になってしまう
さて、季節はかわり
その年の秋には信州ツーリングにでかけていた
この頃、夏も秋も冬も信州にばかり出かけていたようだ
Mさん、Y君、F君と仲睦まじく志賀高原まで走っていったみたいだが
本当に記憶は薄く、どこからどうやって行ったのか、頭に浮かばない
今回、縁あってまたツーリングに行こうと約束しているのだが
このMさんも参加していただけるようだ
新車を調達して春を待っているはずと聞いているが、この陽気であれば
我らが先達であるOさんが既に誘い出しているはずだ
自分は借り物バイクなので、まだ衣装も整わず
今のところ4月半ばに予約を入れてある状況だ
ただこれもこちらで単車を借りるだけの話なので、皆といつ会えるか
はcovid19の影響も含めてどうなるかわからない
あれから20回も季節がかわり、歳を取り、また一緒に滑る、走る
残された時間はわからないけれど、楽しく過ごしていきたいものだ