踊る小児科医のblog

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高木東六さん逝去~母校校歌編曲者

2006年08月25日 | ART / CULTURE
このニュースに接して少し驚きました。(…失礼ながら、これまでご存命だったとは知りませんでした)
102歳ということですから、天寿を全うされたことと思います。
作曲家の高木東六さん死去、102歳 TV番組で審査員(2006年08月25日)

高木東六さんのことを私の卒業した高校の作曲者だと思いこんでいたのですが、調べてみると編曲者でした。そして同窓の大先輩だったわけですね。

実はこの高校の校名と校歌は曰く付きで、普通は校名があって校歌が生まれるわけですが、この場合は校歌から校名が生まれたのだそうな。

さらに最近になって同窓会の会報を読んで知ったエピソードですが、戦後GHQの軍国教育一掃の追及を恐れて、あわてて最後の2行の歌詞を尚武→平和、勤倹→文化に変えたのだという。
つまり、いま歌っている「そこに平和の旗風しるく そこに文化の実をこそ結べ」の部分は、元々「そこに尚武の旗風しるく そこに勤倹の実をこそ結べ」だったわけだ。全然違いますね。

勤倹尚武なんていっても、いまの若者には通じないかもしれませんが。
 きんけん-しょうぶ ―しやう― 5 【勤倹尚武】
  仕事につとめ励み、節約を重んじ、武勇をたっとぶこと。
  「―の気風」              (goo辞書)

しかし、ここに平和と文化の二つの単語を入れ込んだのも戦後民主主義の気風が表れていて、個人的にはいまの方が好きですね。(単に長年慣れ親しんだからだけかもしれませんが)

神奈川県立横浜翠嵐高等学校 校歌
          作詞 山本茂
          作曲 高城重之 石渡日出夫
          編曲 高木東六 佐々木英治
 美なりや翠嵐 煙波の港
    竿かぢほさぬ 内外のみ船
 美なるを情けの 鏡とたのみ
    広しや大海 照る日の光
 むかふす彩雲 ながめぞあかぬ
    広きを学びの しるしとたぐへ
 高きに地を占め 常磐とたてし
    学びのあけくれ 楽しき園生
 そこに平和の 旗風しるく
    そこに文化の 実をこそ結べ

この校歌、格調高く(よくわからない)歌詞だけでなく、メロディーも普通の校歌のような軍歌調でなく素晴らしいものなのですが、いかんせん一人では歌えない。大学に入って新歓コンパなんかで「オマエも高校の校歌うたえ」なんて言われても、なんだか情けないものになってしまうのが難点といえば難点。(イマドキ高校の校歌を歌わせようとする先輩なんていないか)

高木東六さんから脱線し続けていますが、神奈川県立横浜翠嵐高等学校(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)によると、

大平凡主義
 校訓・校是は大平凡主義。初代校長・滝沢又市が、当時の修身の授業で「平凡主義で世の中を渡るよう」教えたことによる。その意味するところは、
1. 中道を重んじ極端突出した行動をしない
2. 当たり前のことを当たり前にできることを目指す
など、一定しない。

自由と個性を尊重
 翠嵐は、自由と個性の尊重を教育方針としており、校風もこれに倣う。
 この校風と上に示された校訓・校是は、一見矛盾するが、いずれも確かに翠嵐および翠嵐生に当てはまる。

などと書かれています。大平凡主義なるものも同窓会誌で初めて知ったわけですが、何となくそうかと納得できるような、下段の「自由と個性」と「一見矛盾するが、いずれも確かに翠嵐および翠嵐生に当てはまる」という部分も、確かにそんな感じがする。

校風など在学時には考えたこともありませんでしたが、不思議と体に身に付いているものなのでしょうか。「当たり前のことを当たり前にできるようになる」というのは、私がうちの子を叱る時によく使う言葉なのですが、偶然というわけでもなさそうですね。しかし、大平凡主義の「その一」の方は、私は失格ですね。

高木東六 百歳記念・名曲アルバムはまだ入手できるだろうか。