万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

独裁体制問題-個人崇拝はカルト

2019年10月14日 16時43分15秒 | 国際政治
米中貿易戦争の背後には、両国間の政治的対立が控えていることは周知の事実であり、この対立には、国家体制、すなわち、価値観の違いが色濃く反映されています。国家体制とは、統治機構においてその国が希求する諸価値が具現化されることで、自ずと違いが生じてくるからです。仮に、中国がアメリカとの闘いを制し、世界の覇者として君臨するに至るとすれば、他の諸国にも同体制が押し付けられることは目に見えています。この予測は、米中対立は当事国となる二国間の問題ではなく、全人類の運命をも変えかねない重大な問題であることを示しています。

 習近平氏が国家主席に就任して以来、中国は、毛沢東主義への回帰が顕著になってきました。毛沢東主義、それは、独裁主義といっても過言ではなく、全統治権の指導者への集中のみならず、同指導者の全人格的な絶対化を特徴としています。国家の消滅を予言したカール・マルクスは、共産主義革命の後に出現するはずの国家の体制について詳細な制度設計を伴うモデルを具体的に提示したわけではなく、既存の体制の破壊するための指南、並びに、基本的な骨格のみを描いたに過ぎませんでした。このため、ロシア革命を経て人類史において最初に誕生したソ連邦も、結局は、皇帝を頂点に官僚組織で国家を運営したロシア帝国の国家体制と変わりはありませんでした。革命で倒したはずの旧体制は、統治者が入れ替わったにせよ、革命後にあって共産主義国家の名の下で復活していたのです。しかも、皇帝以上に神格化された一個人である独裁者を伴って…。

 プロレタリア独裁と云う一階級による‘階級独裁’は、いとも簡単に‘個人独裁’へと転じてしまったのですが、その理由は、マルクス自身が民主主義については確たる思い入れがなかったからなのかもしれません。仮にマルクスが民主主義の価値を深く理解し、その半生を過ごしたロンドンにあって、イギリスが育んだ議会制民主主義を評価していたならば、共産主義の国家モデルにも民主的制度を組み入れたことでしょう。否、マルクスは、イギリスの議会制度を資本家による支配の道具として切り捨てることで、民主主義そのものをも葬ってしまおうとしたのかもしれません。何れにしても、共産主義国家は、民主主義に対して冷淡であり、統治システムとして個人独裁を選択するのです(もっとも、民主主義に対する冷たさは資本主義も同じ…)。

 しかしながら、今日の学問や科学技術の発達は、悉く個人独裁がナンセンスであることを立証しています。一人の個人が他の人々に抜きんでた超越的能力を有し、それ故に、その個人が国家権力を独占できることを科学は証明しません。仮に独裁者がこれを科学的に立証しようとすれば、自らの遺伝子情報を全面的に開示し、遺伝子上に他の人には存在しない突然変異、あるいは、祖先から受け継いだ特異遺伝子があることを示す必要がありましょう。しかも、その遺伝子が統治能力に関わるものであることを証明することはさらに困難です。科学的な証明が不可能、かつ、自らの能力の限界を認識しているからこそ、今日の独裁者は、AIを以って自の能力不足を補おうとしているのかもしれません。『1984年』に登場するビッグ・ブラザーの実像を誰もが知らなかったように…。

 かくして科学が独裁体制を否定するとすれば、残るは合理主義を捨てて人々の心を操作する、あるいは、言動を強制する方法です。つまり、国家の強制力を用いて個人崇拝を強要し、カルト信者になることを全国民に強いるのです。国民の内の数パーセントは洗脳されてカルト信者になるのでしょうが、理性を有する一般の人々にとりましては恐ろしいまでの精神的な苦痛です。全ての言動がチェックされ、独裁者や国家体制を批判しようものなら命を失いかねないのですから。最悪のブラック企業よりもさらに過酷なブラック国家となり、救いはどこにもなく、発展の道も閉ざされてしまうのです。全ての人々は、独裁者の個人的な意思に従わざるを得ず、政治的自由が喪失した空間では民主主義も死に絶えましょう。

 近い将来、中国、あるいは同国を支える勢力が覇権を握る事態に至れば、全世界の諸国が全体主義化し、ブラック国家となることを意味します。直接に支配しないまでも、自らのクローンのような独裁者を各国に配置し(既に北朝鮮等に存在…)、裏から見えない糸で操ることでしょう。今日、大国の対立にも増して、日本国を含めて全人類が関心を寄せるべきは、忍び寄る恐怖、あるいは、狂気の支配ではないかと思うのです。

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コメント (2)
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