万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

米朝首脳会談は北朝鮮の時間稼ぎであった?

2019年10月11日 11時10分23秒 | 国際政治
ストックホルムでの米朝実務者会談が不調に終わって以来、北朝鮮のアメリカに対する態度は俄かに敵対姿勢へと転じています。対米配慮として凍結していたICBMの発射実験の再開さえ匂わせており、トランプ大統領が示してきた度重なる金正恩委員長に対する好意も今では空しさが漂います。それでは、何故、北朝鮮は、同会談を機に態度を豹変させたのでしょうか。

 結論を先に述べますと、北朝鮮にとりましての二度に及ぶ米朝首脳会談は、やはり、自らの核戦力を確かにするための時間稼ぎではなかったのか、ということです。ここで思い起こされますのは、1994年の米朝核合意です。この時、北朝鮮は、KEDOを枠組みとした軽水炉の提供、並びに、エネルギー・食糧支援等と引き換えに、核開発の平和利用への転換に合意しました。本来、同合意によって北朝鮮の核問題は完全に解決するはずでした。しかしながら、両国の合意内容には‘抜け道’が忍び込ませてあり、結局、枠組み合意の文書は空文化してしまいます。核兵器の開発方式にはウラン濃縮型とプルトニウム型の二つがあるのですが、合意文書は、後者しか対象としていなかったからです(もっとも、北朝鮮は、ウラン濃縮型も開発を継続…)。

 94年の枠組み合意の前例を今般の米朝首脳間における‘暫定合意’に当て嵌めますと、プルトニウム型がICBMに、そして、ウラン濃縮型がSLBMに当たります。乃ち、‘ICBMでなければ核ミサイル開発は許される’とする縮小解釈であり、こうした詐術的な言い訳は、両首脳間の交渉や合意文書の文言造りの段階で既に巧妙に準備されていたと推測されます。北朝鮮は、できうる限りアメリカ側に察知されないよう、‘SLMB外し’を上手に誘導したことでしょう。

そして、北朝鮮の準備周到な合意文書作りの意図とは、おそらく、アメリカを直接に脅せるレベルの核開発に成功するまでの間、アメリカの動きを‘自制させる’ということなのでしょう。合意とは、当事者自らの行動をも拘束しますので、合意が維持されている限り、否、アメリカが合意を遵守している限り、北朝鮮は、‘安全に’核・ミサイル開発を進めることができます。その結果が、今般のSLMBの開発であったのかもしれません。軍事専門家によりますと、今般の実験は、潜水艦発射型ではなく固定式のミサイル発射台からの試射であったともされますが、アメリカを正面切って脅すような北朝鮮の豹変ぶりを見ますと、SLBM開発が相当のレベル、即ち、米本土に対する直接的な核攻撃を可能とするレベルに達しているようにも思えます。

 このことは、ポーズとしては話し合いによる核問題の解決に意欲を見せているように見せながら、金正恩委員長は、先代の金正日の遺訓を受け継いでいることを示しています。「核と長距離ミサイル、生物化学兵器を絶えず発展させ、十分に保有することが朝鮮半島の平和の維持する道であることを肝に命じよ」という…。そして、この方針が北朝鮮の絶対不変であるならば、朝鮮半島からアメリカの影響力を排除しようとする方針も引き継いでいるはずです。言い換えますと、表向きはどうあれ、北朝鮮には、核・ミサイル開発・保有を手段とする対米脅迫いう選択肢しかないのです。遺訓には、‘米国との心理的対決で必ず勝利しなければならない’とする一節があるそうですが、この‘心理的’という表現に、アメリカも国際社会も注意を払うべきでした。この言葉には、詐術的な手法の容認が含意されているのですから。

 本記事の推測が正しいかどうかは今後の成り行きを見ないと分からないのですが、信義を重んじる一般の国とは違い、全体主義国家との交渉にあっては、‘時間稼ぎリスク’は格段に上昇します。この点は、イランとの交渉についても同様かもしれません。北朝鮮との合意成立に淡い期待を寄せるよりも、交渉以外での解決方法を模索する、あるいは、最悪の事態に備えた方が賢明なように思えるのです。

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コメント (1)
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