万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

SLBMカードは‘ジョーカー’-トランプ大統領の面子を潰した北朝鮮

2019年10月03日 13時09分29秒 | 国際政治
 中国が国家を挙げて建国70年を祝ったその日、隣国の北朝鮮では、潜水艦発射型の核兵器であるSLBMの実験が行われました。‘国軍の日’に当たるとはいえ、韓国もまた竹島上空で韓国軍戦闘機がデモ飛行を行っており、両国が足並みを揃えて中国の祝祭に‘華’を添えたようにも見えます。

 とりわけ朝鮮半島の動向において注目を集めたのが、北朝鮮のSLBM実験成功の報です。言わずもがな、SLBMを保有するとなれば、北朝鮮は、大陸弾道弾ミサイルを開発・保有しなくとも、アメリカ本土を直接に核攻撃することができるからです。日米の高い潜水艦探知能力からすれば、SLBMを搭載した北朝鮮の潜水艦の追尾・発見は難しくはないそうですが、それでも、北朝鮮が、対米核攻撃能力を備えたことはアメリカにとりましては重大な脅威となります。

 メディアの多くは、北朝鮮側の狙いは10月5日に再開が予定されている米朝実務者協議に向けた対米カードの保持にあると解説しています。交渉のテーブルに付く以上、何れの国も、自国に有利な形で交渉が纏まるように、相手国に対して効果的なカードを持ちたがるものです。北朝鮮もまた、SLBMカードを切ることで、アメリカ側から妥協を引き出せると読んだのでしょう。あわよくば、核保有の承認のみならず、米朝平和条約の締結まで漕ぎ着けると踏んだのかもしれません。有頂天になって喜ぶ金正恩委員長の姿が目に浮かぶのですが、北朝鮮は、突然のSLBMの実験成功に伴うリスク面について深く考慮したのでしょうか。

 そもそも核保有カードは、一般の外交交渉上のカードとは違います。いわばトランプの‘ジョーカー’であり、それを手にする者は、時には絶対的な切り札を持つ一方で、時には最悪の運命に見舞われるのです。他国を一方的に破壊し得る点において前者なのですが、核に関する国際ルール(NPT)では、その開発・保有は一般的に禁じられていますので、同ルールに違反しますと、制裁によって自らが破滅に向かうという意味で後者でもあるのです。

 しかも、北朝鮮は、核カードの一種であるSLBMカードを不正な方法で取得しています。二度、あるいは、三度にわたる米朝首脳会談での基本合意は、脆いながらも‘最低限、北朝鮮の核・ミサイル開発がアメリカの脅威にはならない’というものであったはずです(CVID方式からしますと甘い合意…)。しかしながら、北朝鮮側による具体的な措置とされてきたICBMの開発凍結が維持されたとしても、SLBMの開発に成功したのでは、かろうじて交渉を繋いできた両者間の合意は反故にされたに等しくなります。‘ICBMを開発・保有してはならない’という禁止事項を‘SLBMならば開発・保有できる’とするのは悪しき縮小解釈の典型であり、しかも、国際的な一般ルールは‘核もミサイルも開発・保有してはならない’なのですから、北朝鮮の今般のSLBMカードの保有は許されざる行為なのです。もしかしますと、トランプ大統領が許容した短距離ミサイルの発射実験も、SLBMの開発過程の一環であったのかもしれません。

 SLBMカードの保有が詐術的な手法によるものであった点を考慮しますと、北朝鮮が米朝交渉の席で同カードを意気揚々として切ったとしても、アメリカが、その威力の前にひれ伏すとは思えません。‘偉大なる国家’であるはずのアメリカが易々とだまされ、トランプ大統領の面子は丸潰れとなり、かつ、次期大統領選挙にもマイナス影響を及ぼすのですから、同大統領としては、北朝鮮に対して怒り心頭に達する心境にあるかもしれないからです(利己主義者は自らの面子には異常な拘りを見せつつ、他者の面子については全く考慮しない…)。それとも、狡猾な北朝鮮は、SLBMを保有している‘こと’にして、その中止や破棄を条件に何らかの見返りをアメリカに求めるつもりなのでしょうか。

北朝鮮としてはオールマイティーである‘スペードのエース’を手にしたつもりなのでしょうが、それが、本当のところは自らの身を滅ぼす‘ジョーカー’であることに気が付いているのでしょうか。北朝鮮を理解するためには、しばし常識を離れ、利己主義に徹した悪人ならばどうのように考え、どのように行動するのかを常に想像してみる必要があるように思えるのです。

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コメント (6)
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