万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

香港問題-覆面をしないという選択

2019年10月06日 14時05分00秒 | 国際政治
香港では、緊急法を根拠に覆面禁止法を制定したことから、香港政府、並びに、北京政府に対する反発がさらに強まる事態を招いています。今後の展開の予測も難しく、先を見通せない状況が続いておりますが、ここで、覆面禁止という政府側の措置の意味について考えてみたいと思います。

 本来、誰もが、自らの国の在り方について、自由に意見を述べ、かつ、行動することができるはずです。つまり、顔を隠す必要など全くなく、公衆を前にして堂々と自らの姿を晒すことができる状態こそが‘普通’であり、自由で民主的な国の在り方なのです。そして、この自由があってこそ、国民は、より善き国家の実現に向かって歩むことができます。自由主義体制の国の国民にとりましては、政治的自由は空気のようなものであり、誰もが強くは意識しなのですが、全体主義体制や権威主義体制にあっては、この政治的な自由は抑圧されています。前者にあっては暴力や威嚇を含む強制力によって、後者にあっては如何に虚飾や欺瞞に満ちたものであれ権威をかざすことで、国民からこうした自由を奪っているのです。つまり、体制自体が、国家並びに国民の発展を拒む最大の阻害要因となるのです。

 香港の問題は、まさに自由主義体制から全体主義体制への移行という、人類史の一般的な流れからしますとそれに逆行する現象において起きています。1989年に始まる東欧革命とそれに続くソ連邦の解体は、全体主義の終焉と消滅を予測させるに十分な出来事でした。その一方で、1997年の香港返還には、50年間と云う期限付きであれ一国二制度を認めつつも、長期的には自由主義体制が全体主義体制に飲み込まれるリスクが伴っていたことは、否定し得ない負の側面です。言い換えますと、50年の間に中国本土が民主化する、北京政府が50年経過以降も一国二制度を認める、あるいは、香港が独立する以外、この懸念は、遅かれ早かれ現実のものとなるのです。

 香港が、全体主義体制への転換を迫られている現状を考慮しますと、覆面禁止法には、どのように対処したらよいのでしょうか。北京政府は、ほぼ完ぺきな顔認証システムを手にしていますので、覆面を外して素顔となれば、抗議活動への参加者の一人一人が特定され、後々、政府当局によって弾圧を受ける可能性があります。このため、香港では、覆面禁止法が施行された後でも、同法への反発から覆面による抗議活動が続いているそうです。しかしながら、敢えて覆面を外すという選択肢もあり得るのではないかと思うのです。

まず確認すべきは、上述したように、自由主義体制であれば覆面はいらないということです。そもそも、政治的自由を行使するのに覆面をしなければならない状態こそが異常なのであり、現時点では、法的には一国二制度は保証されているのですから、市民は、香港の地が自由主義体制であることを前提として行動すべきでもあります。民主化や自由化を求める発言や行動は、犯罪でもなければ、何ら恥じるべき行為でもないのです。

第二の理由は、顔を隠した覆面によるデモ活動であると、強盗目的の犯罪者や北京政府並びに香港政府が忍び込ませている工作員にも、抗議活動が悪用されてしまう点です。香港では、一般の商店が襲撃されると言った事件も起きており、行政府から暴動として認定される要因ともなっています。また、工作員達は、覆面をよいことに強硬手段に根拠を与えるために抗議活動の激化を演出しようとすることでしょう。こうしたリスクを排除するためにも、覆面をしない方が安全です。

そして、第三の理由は、もはや覆面をしても意味がないかもしれないからです。高度なITを駆使すれば、北京政府は、既にデモ参加者の個人情報を把握しているかもしれません。スマートフォンによる位置情報や在籍する学校や職場から収集した情報を解析すれば、個々の特定は難しい作業ではないはずです。顔を隠しても隠さなくても結果が同じであれば、素顔のままで抗議した方がよほど当局に動揺を与えるかもしれません。

また、見方を変えれば、覆面禁止法では覆面をする行為を禁じておりますので、覆面さえしていなければ、民主化、並びに、自由化運動、さらには、香港独立運動もまた合法的な抗議活動として許されていると云うことにもなります(同法の制定自体が間違っているとはいえ…)。もちろん、‘外す、外さない’の判断は、両者のリスクを慎重に比較考量して行うべきでしょうし、個々人によって選択も違ってくることでしょう。今後は、デモとは違った形で抗議活動を継続することも検討されましょうが、覆面を外すという選択も一考に価するのではないかと思うのです。

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