日本国には、12世紀から14世紀にかけて中国の宋が発行していた銅銭を大量に輸入し、自国で使用していたという歴史があります。日本国内では皇朝十二銭が途絶え、実質的に‘絹本位経済’となっていたため、市中の取引需要に応えるだけの貨幣供給がなく、また、金属貨幣の鋳造にもコストがかかったことから、宗からの大量輸入を選択したのでしょう。かくして宋銭こそ日宋貿易の‘主力商品’となったのですが、如何に大量に宋銭を輸入しても、日本国の経済が中国の宋朝に牛耳られたり、政治的なコントロールを受けることはありませんでした。何故ならば、貿易船に積み込まれて宋の地を離れた途端、宋銭と宋朝の関係は切れたからです。過去の宋銭使用の歴史からしますと、現代の中国がデジタル人民元を発行した場合、日本国内で同通貨が流通しても構わないとする意見も聞こえそうですが、宋銭とデジタル人民元とでは、著しい違いがあるように思えます。
第一に、宋銭の価値を支えているのは、基本的には銅という金属です。このため、輸入された宋銭は、鋳型で同一質量に整えられた円形銅片に過ぎず、それ故に日本国内において一般的に流通したと言えます。この点は、しばしば発行国以外でも使用された金貨や銀貨と変わりはありません(宋銭は、広くアジア一帯で使用され、遠くはアフリカでも使われた国際通貨でもあった…)。一方、デジタル人民元は、金準備を基礎とする金本位制を採用するとの説もありますが、中国の金準備高、並びに、予測される発行額の膨大さから、同方法には無理があります。このため、今日の一般的な形態である管理通貨制度のもとでデジタル人民元が発行されるのでしょう。即ち、デジタル人民元も既存の人民元と同様に不兌換通貨として発行されることとなりますので、その価値は、宋銭よりもはるかに不安定となります。
第二に、宋の時代には、中国人民銀行といった近代的な中央銀行は存在していませんでした。宋銭自体は宋という当時のアジア屈指の大国によってその信頼性が支えられていたとしても、宋朝の通貨政策が宋銭の使用を介して日本国内に及ぶことはなかったのです。しかしながら、デジタル人民元は、その発行体である中国人民銀行、否、中国共産党の金融政策の影響を受けます。しかも、渡航が困難であった中世とは違って、今日では、日本国内には200万人を越える中国人が居住しているのみならず、中国との間で取引を行っている企業も存在しています。デジタル人民元に直接的な送金・決済機能を持たせるとしますと、個人レベルにまで中国の金融政策の影響下に置かれるのです。
第三に、デジタル人民元の中核的な技術は、ビットコインが開発したブロックチェーンとされています。既存のシステムでは、中央銀行は、自らが発行した貨幣の‘その後’をトレースすることはできませんが、ブロックチェーンの仕組みであれば、コンピュータによってデジタル人民元のマネー・フローを把握することができます。このことは、日本国内におけるデジタル人民元の流れまでも、データとして中国人民銀行に独占的に掌握されることを意味するのです。共産主義イデオロギーによって政治と経済が一元化している中国が、日本国内のみならず、独占的に収集した全世界のデジタル人民元のフローに関する膨大なデータを自国の国家戦略の達成のために使用するとしますと、それは、他国にとりまして政治的な脅威ともなりましょう。ブロックチェーンとは、貨幣を永遠にその発行国の‘ひも付き’とする技術なのです。
以上に述べましたように、デジタル人民元のリスクは宋銭の比ではありません。宋銭は宋を離れますとおよそ‘無色’となりましたが、デジタル人民元とは、発行体である中国の色に染まった‘紅い通貨’であり、それを使用する他国の内部に巣食ってしまうのです。否、中世の宋銭には政治色が薄かったからこそ、アジア一帯に広がったとも言えましょう。もっとも、日本国内を見ますと、日宋貿易をおよそ独占していた平家が宋銭に関する利益や権限をも握るに至ったため、後白河法皇との間で宋銭流通をめぐる激しい対立が起きています。やがてこの対立が平家を滅亡へと導くのですが、通貨をめぐる対立が宋との間ではなく、宋銭権益(事実上の通貨発行権…)を私物化しようとした平家の横暴によって、むしろ国内で起きている点が、興味深いところではないかと思うのです(私物化によって反発を招いた側面は、フェイスブックのリブラ構想の顛末に近い?)。
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第一に、宋銭の価値を支えているのは、基本的には銅という金属です。このため、輸入された宋銭は、鋳型で同一質量に整えられた円形銅片に過ぎず、それ故に日本国内において一般的に流通したと言えます。この点は、しばしば発行国以外でも使用された金貨や銀貨と変わりはありません(宋銭は、広くアジア一帯で使用され、遠くはアフリカでも使われた国際通貨でもあった…)。一方、デジタル人民元は、金準備を基礎とする金本位制を採用するとの説もありますが、中国の金準備高、並びに、予測される発行額の膨大さから、同方法には無理があります。このため、今日の一般的な形態である管理通貨制度のもとでデジタル人民元が発行されるのでしょう。即ち、デジタル人民元も既存の人民元と同様に不兌換通貨として発行されることとなりますので、その価値は、宋銭よりもはるかに不安定となります。
第二に、宋の時代には、中国人民銀行といった近代的な中央銀行は存在していませんでした。宋銭自体は宋という当時のアジア屈指の大国によってその信頼性が支えられていたとしても、宋朝の通貨政策が宋銭の使用を介して日本国内に及ぶことはなかったのです。しかしながら、デジタル人民元は、その発行体である中国人民銀行、否、中国共産党の金融政策の影響を受けます。しかも、渡航が困難であった中世とは違って、今日では、日本国内には200万人を越える中国人が居住しているのみならず、中国との間で取引を行っている企業も存在しています。デジタル人民元に直接的な送金・決済機能を持たせるとしますと、個人レベルにまで中国の金融政策の影響下に置かれるのです。
第三に、デジタル人民元の中核的な技術は、ビットコインが開発したブロックチェーンとされています。既存のシステムでは、中央銀行は、自らが発行した貨幣の‘その後’をトレースすることはできませんが、ブロックチェーンの仕組みであれば、コンピュータによってデジタル人民元のマネー・フローを把握することができます。このことは、日本国内におけるデジタル人民元の流れまでも、データとして中国人民銀行に独占的に掌握されることを意味するのです。共産主義イデオロギーによって政治と経済が一元化している中国が、日本国内のみならず、独占的に収集した全世界のデジタル人民元のフローに関する膨大なデータを自国の国家戦略の達成のために使用するとしますと、それは、他国にとりまして政治的な脅威ともなりましょう。ブロックチェーンとは、貨幣を永遠にその発行国の‘ひも付き’とする技術なのです。
以上に述べましたように、デジタル人民元のリスクは宋銭の比ではありません。宋銭は宋を離れますとおよそ‘無色’となりましたが、デジタル人民元とは、発行体である中国の色に染まった‘紅い通貨’であり、それを使用する他国の内部に巣食ってしまうのです。否、中世の宋銭には政治色が薄かったからこそ、アジア一帯に広がったとも言えましょう。もっとも、日本国内を見ますと、日宋貿易をおよそ独占していた平家が宋銭に関する利益や権限をも握るに至ったため、後白河法皇との間で宋銭流通をめぐる激しい対立が起きています。やがてこの対立が平家を滅亡へと導くのですが、通貨をめぐる対立が宋との間ではなく、宋銭権益(事実上の通貨発行権…)を私物化しようとした平家の横暴によって、むしろ国内で起きている点が、興味深いところではないかと思うのです(私物化によって反発を招いた側面は、フェイスブックのリブラ構想の顛末に近い?)。
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