万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中国デジタル通貨発行に潜む野望

2019年10月21日 13時54分18秒 | 国際政治
 民間企業であるフェイスブックが打ち上げたリブラ構想が国家の規制と云う巨大な壁に阻まれる中、中国がデジタル通貨を発行するのではないかとする憶測が流れています。デジタル人民元はリブラとは違って国家の後ろ盾があるものの、この構想に潜むリスクはリブラと何らの変わりはないように思えます。

 デジタル人民元の発行日を11月11日と報じた米フォーブス誌に対して、中国の中央銀行である中国人民銀行の情報筋はこれを憶測にすぎないとして否定したそうですが、ブロックチェーンといった先端的なフィン・テック開発に国家を挙げて取り組んできた中国のことですから、デジタル通貨の発行は技術的には可能なのでしょう。その一方で、発行形態や制度運営といった面については不明な点が多く、この不透明感はリブラ構想と共通しています。しかしながら、漏れ伝わる僅かな情報からしますと、以下のような計画が推測されます。

 発行形態については、同情報筋によれば、まずは政府が指定した7社にデジタル人民元が配分されるそうです。7社とは、アリババ、テンセント、ユニオン・ペイといったIT大手、並びに、中国工商銀行や中国銀行などの大手民間銀行です。この際、既存の発行済み紙幣と交換するのか、それとも、新規に7社に分与するのかは分かりませんが、今日、ネット取引やスマホ決済が日常化した中国では、同7社がデジタル通貨を一斉に使用するとなれば、消費者レベルにまで一気にデジタル通貨が拡がります。もっとも、デジタル通貨の流通が中国国内に限定されているのであれば、他の諸国が同通貨に神経を尖らせて警戒する必要はありません。問題は、次の段階、即ち、デジタル人民元の国際化、並びに、人民元圏形成のステージに移る時に生じます。

 中国人民銀行は「通貨が最終的に米国の消費者にまで利用可能になることを望んでいる」と述べており、中国の場合、当初から自国デジタル通貨の使用は国内のみを想定しているわけではないことを示しています。むしろ、同国の世界戦略の一環であり、紙幣時代には叶えることができなかった人民元の国際基軸通貨化、さらには、人民通貨圏を世界大に実現することこそ、人民元のデジタル化の最終目的なのです。それでは、何故、デジタル化すれば、実現不可能であった‘中国の夢’が達成されるのでしょうか。

 その答えは、リブラと同様に、デジタル人民元が既存の銀行間決済システムを経ずして国境を越えることができるように設計されている点にあります。2018年6月、アリババの子会社であるアント・フィナンシャル(アリペイを運営…)は、ブロックチェーン技術を使ってフィリピンへの即時送金システムの実験を行っています。上述した‘米国の消費者まで利用可能’という発言も、デジタル人民元がアメリカ国内で流通する時代の到来を期待してのことなのです。そしてこの懸念は、アメリカに限られたことではなく、日本国を含む全ての諸国に共通しています。国際基軸通貨の地位と云う他の諸国にはない重大問題を抱えつつも、アメリカは、米中貿易戦争において中国と距離を置き始めていますので、他の中小諸国の方がチャイナ・リスクを恐れるべきかもしれません。

具体的には、他国の消費者が、世界大に張り巡らされた中国系IT大手のオンライン事業を介して売買を行うに際し、デジタル人民元の使用を義務付ければ、中国通貨はいとも簡単に非中国人同士の取引にまで使用可能となります。既に諸外国には、華僑ネットワークが存在すると共に移民として中国系の人々が多数居住していますし、スマホ決済は、人民元圏による他国の通貨圏の侵食を後押しすることでしょう。また、貿易決済のみならず、中国系企業と何らかのビジネス関係があったり、資本、業務、技術開発の面において提携している民間企業も少なくありません。こうした取引にもデジタル人民元が使用されれば、人民元圏の拡大は加速します。さらに国家レベルでは、中東諸国において既にこの動きが指摘されているように、天然資源等の国家貿易の決済通貨としてデジタル人民元が使用されたり、外貨準備としての需要も高まることでしょう。

かくして、デジタル人民元は、個人レベルの送金や支払、企業レベルの貿易決済、取引、投資、並びに、国家レベルの経済関係といった重層的なルートを介して全世界を人民元圏に塗り替える可能性があり、デジタル人民元は、国際基軸通貨と言うよりは、‘グローバル通貨’と表現した方が適しているかもしれません。一見、実現可能な構想のように見えるのですが、中国が熱望する‘夢’は、その野望通りに実現するのでしょうか。

リブラ構想が各国から激しい抵抗を受けたように、中国のデジタル人民元構想に対しても、他の諸国が黙っているとは思えません。何故ならば、この構想が実現すれば、各国は、自国の通貨発行権のみならず、金融政策の権限まで失いかねないからです。否、リブラ構想が世に問われたことで、今日、むしろ、それが内包する問題点も人々が明確に認識するところとなりました。リブラかデジタル人民元かの二者択一の選択を迫られる状況は、どちらを採っても悲劇が待ち受ける二頭作戦であるかもしれず、国際通貨の地位を脅かされるアメリカや中国との間に経済関係を有する日本国をはじめ、全世界の諸国は、リブラ構想の影で進行しているデジタル人民元構想に対しても、同等、あるいは、それ以上に警戒すべきではないかと思うのです。

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コメント (10)
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