Billie Holiday / Lady In Satin ( 米 Columbia CS 8048 )
ステレオ方式という技術は元々はクラシックの交響曲を豊かに再現するために磨き上げられた技術だから、こういうオーケストラをバックにした
アルバムをステレオで聴くというのはそれが本来の姿だろうと思う。特にこのレイ・エリスのスコアとそれを演奏するオケは圧巻の出来で、
この繊細な表情を聴くにはステレオが向いている。
ビリー・ホリデイはこういう大編成の演奏をバックにしたものが少なかった。美声を震わせて朗々と聴かせるタイプの歌ではなく、スモール
コンボの中であたかも楽器の1つであるかのように歌うタイプだと思われてせいかもしれない。声量のない彼女の歌声の背後に大編成のオケを
付けるのは向かない、と考えるのが普通だったのだろう。
ところが、その常識を覆したのがこのアルバムの凄いところだった。深い憂いと抒情に満ちたオーケストレーションの中で歌う彼女は
まるで優美なドレスを身にまとった女王のようだ。その歌声とオーケストレーションの対比によるギャップ感が大きくなればなるほど、
音楽は深みと凄みを増していく。オーケストラの演奏はまるで彼女の心情が乗り移ったかのようで、この2つは不可分な関係になっている。
モノラル盤はオーケストラが彼女の背後から背中をグイッと押し出し、彼女がステージの前面でスポットライトを浴びているような
印象に仕上がっているが、ステレオ盤はオーケストラのサウンドが彼女のまわりを大きく取り巻いているような浮遊感があり、
その独特の空間表現が素晴らしい。キンキンのハイファイ・サウンドではなく、ノスタルジックな印象で全体をまとめたところが
このアルバムには何より相応しくて、それがいいのだと思う。