Steve Kuhn Trio / Watch What Happens ! ( 独 MPS 15 193 ST )
2000年以降、日本のVenusレコードと契約して俗っぽいスタンダード集を粗製濫造するようになったスティ-ヴ・キューンの姿に驚かされたのは、きっと
私だけではないだろうと思う。 60年代の硬派な作品群と、そこから感じられた尖った感性を持った若者という従来のイメージからはあまりにかけ離れた
それらのアルバムには、正直言って、失望と怒りしか感じなかった。 日本のレーベルはなぜいつもこうなんだろう、と諦めだけは済まない感情が沸いたものだ。
尤も、それらと並行して別レーベルではもっと違う音楽をやっていたから、こちらは金のためだけと割り切っていたのかもしれないし、それで少しでも彼の生活の
足しになっていたのであれば、それはそれでよかったのかもしれない。 リスナーも興味のない物に対しては文句など言わずに黙ってやり過ごしておけば
それでいいだけなのかもしれない。 ただ、かつてのスティーヴ・キューンが好きだった愛好家にとって、新作が出るたびにガッカリし続けなければいけない
というのは結構キツイものがあった。
そんな訳で、今でも彼の若い頃のレコードをしつこく聴いている。 アメリカの当時のお寒い状況に見切りをつけて欧州で活動していた頃のこのアルバムは
抒情的なスタンダードとほどほどの毒気が入り混ざる、長く聴くに耐える傑作。 バカラックとカーラ・ブレイが同居する独特のセンスが光る。
ピアノのタッチも既に誰の影響も感じさせない独自の硬質さで貫かれていて、ピアノ音楽を聴く快楽度が非常に高い。 バックを務める現地ミュージシャンとの
相性も良くて、この人のこの時期のアルバムでしか聴けない美意識に失望という言葉は無縁だ。
音質はまずまず、という感じですかね。 スキャット(のような声)が入る曲があったり、となかなか硬派な出来ですが、
この人にしかできない美しい世界が創られていると思います。