[2月23日16:00.天候:雪 新潟県南魚沼郡湯沢町 越後湯沢温泉ホテルあさい・大浴場]
私は脱衣場のカゴにあったハンガーを手に取った。
随分使い込まれた古い針金のハンガーだ。
しかもこれは、この旅館のものではないらしい。
それは簡単に一本の真っ直ぐな針金にすることができた。
ハンガーとして使う物だけに、それなりに丈夫な物ではある。
愛原:「若社長、この自販機の中を開けてもらっていいですか?」
若旦那:「ぇわ、分かりました」
容疑者:(ヤベェ……!)
殺された慰安旅行の幹事である社長と唯一入浴していた容疑者の社員が、脱衣場から出ようとした。
高橋:「おい、どこ行くんだ、オッサン?」
容疑者:「ちょ、ちょっとトイレ……」
高橋:「逃げようったって無駄だぜ?もう外にはサツが張ってんだからよぉ……」
どっちみち今日は旅館の営業は無理だな。
この慰安旅行も台無しだ。
若旦那:「ぇお待たせしました」
旅館の2代目経営者が自販機の鍵を持って来る。
それで若旦那は自販機の中を開けた。
若旦那:「ぇどこを調べますか?」
愛原:「売上金を見せてください」
若旦那:「ぇあ、はい。……ぇうわっ!ぇ何だこれ!?」
若旦那が驚くのも無理は無かった。
売上金が入っている箱の中は、どういうわけだか50円玉で一杯になっていた。
それだけなら不自然でありつつも、そんなに驚くこともあるまい。
若旦那が驚いたのは、その50円玉の一部に血がベットリ付いていること。
愛原:「これは殺人事件です。犯人はこのハンガーと大量の50円玉を持ち込み、社長さんを殴り殺したんです」
ハンガーを解いて真っ直ぐの棒を作る。
そして50円玉には真ん中に穴が開いているので、針金を通すことができる。
それを何枚も重ねて行くと、一本の鉄棒ができるというわけだ。
恐らく容疑者は『トイレに行くから先に入っててください』とでも言って、社長を先に入浴させたのだろう。
その間、即席の凶器を作った。
後は『お背中を流します』とか『外の景色、すごくいいですねー!』とか何とか言って、社長の気を反らしたのだろう。
そして、その隙に……!
殺害した後は50円玉をばらし、脱衣場内の自販機でビールを爆買いする。
もちろん自分が飲むのではなく、自販機の中に凶器となった50円玉を隠蔽する為だ。
買い込んだ缶ビールは勿体無くも脱衣場内の洗面所に捨てて、あとの空き缶はゴミ箱に捨てる。
このせいでビールの自販機は殆ど売り切れ状態になり、横のゴミ箱は大量の空き缶で一杯になってしまったのだろう。
そして針金はまた元のハンガーの形に戻しておき、いかにもこの旅館の備品であるかのように、適当に脱衣カゴの中に入れておく。
あとは如何にも社長が転倒して頭を打ったことを大急ぎで知らせに行けば良い、というのが私の推理だ。
容疑者:「しょ、しょ……証拠はあるのか!証拠は!?証拠も無しに、ええ加減なこと言うな!!」
愛原:「証拠があるかどうかは、警察が調べることです。我々探偵の出番はここまで」
刑事:「さすがは霧生市の英雄さん。名推理ですな」
刑事は容疑者を見て言った。
刑事:「もしこの探偵さんの仰ることが本当なのだとすれば、まず50円玉に付いた血が被害者の社長さんのDNAと一致するはずです」
愛原:「そうですね」
刑事:「そしてあの大量の空き缶、あれの指紋とあなたの指紋が一致すれば……いい証拠になると思いませんか?」
高橋:「おうコラ、オッサン!ゲロるなら、今ゲロるか後でゲロるかのどっちかだぜ!?だったら今ゲロりな!!」
高橋は容疑者の胸倉を掴んだ。
愛原:「高橋君、やめなさいって!いずれにせよ、社長さんが死んだ時、唯一一緒にいたのがこの人だけだから、どっちみち警察署で事情を聴くことにはなるんですよね?」
刑事:「そういうことになりますな。というわけで、署まで御同行願えますね?」
容疑者:「くっ……!」
愛原:「あとは凶器を作る時、50円玉にも触っているでしょうから、そこからも指紋が検出されるはずですよ」
刑事:「それは確かに」
容疑者は大浴場から外に連れ出された。
恐らく浴衣のままでは行けないだろうから、私服に着替えて警察署に連行されることになるだろう。
刑事:「因みに、あなた達からもお話を伺う為に、署まで来てもらうことにはなりますよ?」
愛原:「まあ、そりゃそうでしょうね」
第2発見者と第3発見者も疑われるわけだ。
だが、刑事が疑っているのは私の方ではなかったようだ。
刑事:「キミ、ちょっと気になっていることがあるんだが……」
高橋:「何だよ?」
刑事:「10年くらい前、新潟市に住んでいなかったかい?10年前、私は新潟市内で少年課に勤務していたんだが、キミによく似た暴走族を相手にしたことがあってね」
高橋:「! さ、さあ……。よく覚えてねぇな。な、何しろ10年も前だからな。少年院だの少年刑務所だの、入ってた記憶しか無いぜ」
刑事:「そうかい。でもまあ、そういう所で暮らすハメになるようなことはしたってことだね?」
高橋:「ま、まあな。だから何だってんだ。だからサツは嫌いなんだ。話し掛けんなよ」
刑事:「あの頃、暴走族達が起こした事件で、まだ未解決のものがあってね。佐藤勉もしくは佐藤公一って知ってるか?」
高橋:「!!!」
高橋のヤツ、明らかに狼狽している。
高橋:「あ、あー……確か、敵のゾッキーの中にそーゆーヤツがいたような気がするけどよ、あんま覚えてねーな」
刑事:「ふーん……。まあいいや。もし何か思い出したことがあったら、連絡してくれ」
高橋:「あ、ああ。わ、分かったよ」
高橋のヤツ、新潟に住んでいたのか?
確かもらった履歴書の中には、全て東京都出身、東京都育ちのように書いてあったのだが……。
もちろん、少年院や少年刑務所にいたことも書かれてはいた。
それについては隠さず話すくせに、少年院に入れられる前のことは全く話さない。
普通、逆のような気がするのだが……。
[同日17:04.天候:曇 同町内 JR越後湯沢駅・上越新幹線ホーム→上越新幹線“たにがわ”86号]
〔13番線に、17時5分発、“たにがわ”86号、東京行きが10両編成で参ります。この電車は途中、高崎、大宮、上野に止まります。グリーン車は9号車、自由席は1号車から6号車です。尚、全車両禁煙です。まもなく13番線に、“たにがわ”86号、東京行きが参ります。黄色い線まで、お下がりください〕
警察の事情聴取を受けた後、私達は帰途に就いた。
容疑者となった社員は私達が警察署を出てからも、まだ取り調べを受けていたようだ。
どうやら叩いてみたら、色々と埃が出て来たのかもしれない。
私が1番早く話が終わったが、高橋はまだ少し聞かれていたようだ。
やっぱり少年院や少年刑務所へ入っていたという前科者だから、警察も警戒したのかもしれない。
だが、高橋は当然今回の事件には無関係である。
警察が聞いていたのは、やはり高橋の過去についてであったようだ。
〔「13番線、お下がりください。“たにがわ”86号、東京行きが到着致します。黄色い線まで、お下がりください」〕
眩いヘッドライトを輝かせてやってきたのは、東北新幹線でも運転されているタイプの車両(E2系)だった。
もう一度あの奇抜な2階建て新幹線の、今度は2階席に乗ってみたいと思っていたのだが、まあ仕方が無い。
入線して来た車両を見ると、帰りのスキー客でそこそこ賑わってはいたが、空席もまだあるので、何とか座って帰れそうだ。
〔「越後湯沢です。ご乗車ありがとうございます。13番線の電車は……」〕
私達は6号車に乗り込んだ。
こういう時、中間車のトイレ無しの車両の方が座席数は多いので狙い目だ。
愛原:「ほれ、高橋。ここが空いてるぞ」
高橋:「はあ……」
空いている2人席があったので、私達はそこに座った。
愛原:「警察に何聞かれたんだか知らないが、元気出せ。ていうか、まあ、厳しいことを言うようだが、前科者になるということはこういうことなんだ。何かあった時、警察に疑われてもしょうがない立場というか、そういうレッテルを貼られる。それが前科者というものだ」
高橋:「それはいいんですけど……」
愛原:「ん?」
高橋:「あ、いえ、何でも無いです。先生の仰る通りですね。気にしないことにします」
愛原:「あ、ああ。そうだな。リサも帰る頃だし、今日は皆で外食にしよう」
列車が走り出した。
愛原:「ちょっとトイレ行ってくる。さすがに外は寒かった」
高橋:「どうぞ」
私はトイレのあるデッキに向かった。
7号車のトイレが近いな。
ん?そういえば、どうしていつもは自由席の7号車が指定席になっているんだろう?
リサ:「愛原さん!」
愛原:「あっ!」
それは東京中央学園墨田中学校のスキー教室参加者が押さえていたからだった。
こういう偶然もあるのか。
嬉しそうに抱きついて来たリサの頭を撫でながら、私は思った。
愛原:(やっぱり高橋君や高野君の過去について、もう少し深く調べてもいいな)
と。
私は脱衣場のカゴにあったハンガーを手に取った。
随分使い込まれた古い針金のハンガーだ。
しかもこれは、この旅館のものではないらしい。
それは簡単に一本の真っ直ぐな針金にすることができた。
ハンガーとして使う物だけに、それなりに丈夫な物ではある。
愛原:「若社長、この自販機の中を開けてもらっていいですか?」
若旦那:「ぇわ、分かりました」
容疑者:(ヤベェ……!)
殺された慰安旅行の幹事である社長と唯一入浴していた容疑者の社員が、脱衣場から出ようとした。
高橋:「おい、どこ行くんだ、オッサン?」
容疑者:「ちょ、ちょっとトイレ……」
高橋:「逃げようったって無駄だぜ?もう外にはサツが張ってんだからよぉ……」
どっちみち今日は旅館の営業は無理だな。
この慰安旅行も台無しだ。
若旦那:「ぇお待たせしました」
旅館の2代目経営者が自販機の鍵を持って来る。
それで若旦那は自販機の中を開けた。
若旦那:「ぇどこを調べますか?」
愛原:「売上金を見せてください」
若旦那:「ぇあ、はい。……ぇうわっ!ぇ何だこれ!?」
若旦那が驚くのも無理は無かった。
売上金が入っている箱の中は、どういうわけだか50円玉で一杯になっていた。
それだけなら不自然でありつつも、そんなに驚くこともあるまい。
若旦那が驚いたのは、その50円玉の一部に血がベットリ付いていること。
愛原:「これは殺人事件です。犯人はこのハンガーと大量の50円玉を持ち込み、社長さんを殴り殺したんです」
ハンガーを解いて真っ直ぐの棒を作る。
そして50円玉には真ん中に穴が開いているので、針金を通すことができる。
それを何枚も重ねて行くと、一本の鉄棒ができるというわけだ。
恐らく容疑者は『トイレに行くから先に入っててください』とでも言って、社長を先に入浴させたのだろう。
その間、即席の凶器を作った。
後は『お背中を流します』とか『外の景色、すごくいいですねー!』とか何とか言って、社長の気を反らしたのだろう。
そして、その隙に……!
殺害した後は50円玉をばらし、脱衣場内の自販機でビールを爆買いする。
もちろん自分が飲むのではなく、自販機の中に凶器となった50円玉を隠蔽する為だ。
買い込んだ缶ビールは勿体無くも脱衣場内の洗面所に捨てて、あとの空き缶はゴミ箱に捨てる。
このせいでビールの自販機は殆ど売り切れ状態になり、横のゴミ箱は大量の空き缶で一杯になってしまったのだろう。
そして針金はまた元のハンガーの形に戻しておき、いかにもこの旅館の備品であるかのように、適当に脱衣カゴの中に入れておく。
あとは如何にも社長が転倒して頭を打ったことを大急ぎで知らせに行けば良い、というのが私の推理だ。
容疑者:「しょ、しょ……証拠はあるのか!証拠は!?証拠も無しに、ええ加減なこと言うな!!」
愛原:「証拠があるかどうかは、警察が調べることです。我々探偵の出番はここまで」
刑事:「さすがは霧生市の英雄さん。名推理ですな」
刑事は容疑者を見て言った。
刑事:「もしこの探偵さんの仰ることが本当なのだとすれば、まず50円玉に付いた血が被害者の社長さんのDNAと一致するはずです」
愛原:「そうですね」
刑事:「そしてあの大量の空き缶、あれの指紋とあなたの指紋が一致すれば……いい証拠になると思いませんか?」
高橋:「おうコラ、オッサン!ゲロるなら、今ゲロるか後でゲロるかのどっちかだぜ!?だったら今ゲロりな!!」
高橋は容疑者の胸倉を掴んだ。
愛原:「高橋君、やめなさいって!いずれにせよ、社長さんが死んだ時、唯一一緒にいたのがこの人だけだから、どっちみち警察署で事情を聴くことにはなるんですよね?」
刑事:「そういうことになりますな。というわけで、署まで御同行願えますね?」
容疑者:「くっ……!」
愛原:「あとは凶器を作る時、50円玉にも触っているでしょうから、そこからも指紋が検出されるはずですよ」
刑事:「それは確かに」
容疑者は大浴場から外に連れ出された。
恐らく浴衣のままでは行けないだろうから、私服に着替えて警察署に連行されることになるだろう。
刑事:「因みに、あなた達からもお話を伺う為に、署まで来てもらうことにはなりますよ?」
愛原:「まあ、そりゃそうでしょうね」
第2発見者と第3発見者も疑われるわけだ。
だが、刑事が疑っているのは私の方ではなかったようだ。
刑事:「キミ、ちょっと気になっていることがあるんだが……」
高橋:「何だよ?」
刑事:「10年くらい前、新潟市に住んでいなかったかい?10年前、私は新潟市内で少年課に勤務していたんだが、キミによく似た暴走族を相手にしたことがあってね」
高橋:「! さ、さあ……。よく覚えてねぇな。な、何しろ10年も前だからな。少年院だの少年刑務所だの、入ってた記憶しか無いぜ」
刑事:「そうかい。でもまあ、そういう所で暮らすハメになるようなことはしたってことだね?」
高橋:「ま、まあな。だから何だってんだ。だからサツは嫌いなんだ。話し掛けんなよ」
刑事:「あの頃、暴走族達が起こした事件で、まだ未解決のものがあってね。佐藤勉もしくは佐藤公一って知ってるか?」
高橋:「!!!」
高橋のヤツ、明らかに狼狽している。
高橋:「あ、あー……確か、敵のゾッキーの中にそーゆーヤツがいたような気がするけどよ、あんま覚えてねーな」
刑事:「ふーん……。まあいいや。もし何か思い出したことがあったら、連絡してくれ」
高橋:「あ、ああ。わ、分かったよ」
高橋のヤツ、新潟に住んでいたのか?
確かもらった履歴書の中には、全て東京都出身、東京都育ちのように書いてあったのだが……。
もちろん、少年院や少年刑務所にいたことも書かれてはいた。
それについては隠さず話すくせに、少年院に入れられる前のことは全く話さない。
普通、逆のような気がするのだが……。
[同日17:04.天候:曇 同町内 JR越後湯沢駅・上越新幹線ホーム→上越新幹線“たにがわ”86号]
〔13番線に、17時5分発、“たにがわ”86号、東京行きが10両編成で参ります。この電車は途中、高崎、大宮、上野に止まります。グリーン車は9号車、自由席は1号車から6号車です。尚、全車両禁煙です。まもなく13番線に、“たにがわ”86号、東京行きが参ります。黄色い線まで、お下がりください〕
警察の事情聴取を受けた後、私達は帰途に就いた。
容疑者となった社員は私達が警察署を出てからも、まだ取り調べを受けていたようだ。
どうやら叩いてみたら、色々と埃が出て来たのかもしれない。
私が1番早く話が終わったが、高橋はまだ少し聞かれていたようだ。
やっぱり少年院や少年刑務所へ入っていたという前科者だから、警察も警戒したのかもしれない。
だが、高橋は当然今回の事件には無関係である。
警察が聞いていたのは、やはり高橋の過去についてであったようだ。
〔「13番線、お下がりください。“たにがわ”86号、東京行きが到着致します。黄色い線まで、お下がりください」〕
眩いヘッドライトを輝かせてやってきたのは、東北新幹線でも運転されているタイプの車両(E2系)だった。
もう一度あの奇抜な2階建て新幹線の、今度は2階席に乗ってみたいと思っていたのだが、まあ仕方が無い。
入線して来た車両を見ると、帰りのスキー客でそこそこ賑わってはいたが、空席もまだあるので、何とか座って帰れそうだ。
〔「越後湯沢です。ご乗車ありがとうございます。13番線の電車は……」〕
私達は6号車に乗り込んだ。
こういう時、中間車のトイレ無しの車両の方が座席数は多いので狙い目だ。
愛原:「ほれ、高橋。ここが空いてるぞ」
高橋:「はあ……」
空いている2人席があったので、私達はそこに座った。
愛原:「警察に何聞かれたんだか知らないが、元気出せ。ていうか、まあ、厳しいことを言うようだが、前科者になるということはこういうことなんだ。何かあった時、警察に疑われてもしょうがない立場というか、そういうレッテルを貼られる。それが前科者というものだ」
高橋:「それはいいんですけど……」
愛原:「ん?」
高橋:「あ、いえ、何でも無いです。先生の仰る通りですね。気にしないことにします」
愛原:「あ、ああ。そうだな。リサも帰る頃だし、今日は皆で外食にしよう」
列車が走り出した。
愛原:「ちょっとトイレ行ってくる。さすがに外は寒かった」
高橋:「どうぞ」
私はトイレのあるデッキに向かった。
7号車のトイレが近いな。
ん?そういえば、どうしていつもは自由席の7号車が指定席になっているんだろう?
リサ:「愛原さん!」
愛原:「あっ!」
それは東京中央学園墨田中学校のスキー教室参加者が押さえていたからだった。
こういう偶然もあるのか。
嬉しそうに抱きついて来たリサの頭を撫でながら、私は思った。
愛原:(やっぱり高橋君や高野君の過去について、もう少し深く調べてもいいな)
と。