報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“ユタと愉快な仲間たち” 「憤怒の人形」

2014-03-28 21:38:04 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
 前回の続き。

 ユタと威吹は室内の惨状に目を疑った。
 ユタの場合は一瞬、思考が停止するほどだった。
 ドアを開けて、左の壁にそれはいた。
 マリアンナ・ベルゼ・スカーレット。『人形使い』の異名を持ち、手持ちの人形を自在に操る魔道師。
 しかしそれは一流の魔道師になるための布石に過ぎず、最終的には師匠イリーナのような『クロック・ワーカー(時を操る者)』になるという。
 ユタとは実年齢も近く、彼は徐々に惹かれていた。
 今回の旅の目的は、正しくそれに基づくもの。
 しかしそれが、こんな事態に陥ることになろうとは……。

 マリアは上半身を壁にし、その胸には大きなサーベルが突き刺さっていた。
 恐らくサーベルは彼女の小柄な体を突き抜け、壁に突き刺さっているのだろう。
 そこから大量のおびただしい血が流れ出し、血だまりを作っていた。
 そう、威吹が嗅ぎ取っていた血生臭い臭いとは、正にマリアの血の臭いだったのだ。
「ま……マリア……さん?」
 ユタはフラフラと糸の切れた操り人形のように、亡骸と化した若い女魔道師に近づいた。
「何で……どうして……こんなことに……!」
 ユタはマリアのだらりと垂れた右腕を掴んだ。
 その腕にはもはや生気は無く、冷たい蝋人形のようだった。
「今日……言うつもりだったのに……!会って……それから……『好きだ』って、言うつもりだったのに!」
 それから、部屋中にユタの絶叫が響いた。
「…………」
 部屋の入口近くで威吹はその様子を見ながら、右手を口に当てていた。
 人喰い妖怪だった彼が、今更こんな死体を見て気分が悪くなったわけではない。
 泣き叫ぶユタに心打たれて、もらい泣きを堪えているわけでもない。
 少なくとも江戸時代から生きる威吹には、確かに西洋妖怪のことなど(威吹にとっては、魔道師はもはや西洋妖怪扱い)よくは知らないが、しかしこうも呆気なく殺されるものなのだろうか。
 周囲には、争ったような形跡が無いわけではない。
 魔道書は散乱しているが、調度品が全て散乱しているわけでもない。
 窓ガラスが割れているわけでも、壁に穴が開いているわけでもない。
 この魔道師も、なかなか戦闘は派手だということは威吹は知っている。
 小さな体に不釣合いの大きな武器を持った人形を何体も駆使して、敵に立ち向かうのだ。
 その間、全く無防備になるので、そこが弱点だとされている。
 マリアもそれは分かっていて、サッカーにおけるゴールキーパーのような役割の人形を配置するようになったという。
 戦闘が激化すると分かれば、それ以外にストッパーやスイーパーも配置して、マリアの護衛に当たらせる。
(そこまでして、これか……)
 一体、どんな敵がこの屋敷に来たというのだろう?
 いや、それ以前に、もっと不可解なことがある。
(人形はどこ行った!?)
 人形使いの屋敷だ。さすがにエントランスホールにはいないが、少なくともここまで来る間の廊下には何体もの人形が転がっている。
 そしてこの部屋だって、所狭しと人形が寛いでいるはずだが、全く1体も見かけないのだ。
(人形達はどこに行ったんだ?)
 威吹は様子を探るため、他の部屋に行ってみることにした。
(あいつの師匠もだ!)
 廊下に出た時、さっきのリビングから鈍い音が聞こえた。
「何だ?」
 威吹が部屋を覗き込んだ時、後頭部に強い衝撃が走った。
「しまっ……!」

 人生で幾度と無い大泣きをしたユタは、部屋の入口で何か起きたことに気づいて、やっと泣き止んだ。
「威吹!?」
 今、正に威吹が床に倒れるところだった。
「威吹!どうしたんだ!?」
「ふふふふ……ははははは………」
 その背後にいたのは、
「初音……ミク……!?」
 今や強い妖力を身に付け、常にマリアに抱きかかえられている人形がいる。
 緑色の長い髪をツインテールにし、フランス人形の衣装を身にまとった人形だ。
 背中にはぜんまいが付いていたが、実はぜんまいに見せかけた鍵であり、それはイリーナによって取り外されている。
 髪の色と髪型、顔が似ていて、今やピアノ弾きの個体の演奏に合わせて歌を歌うようになったので、ユタが『初音ミク』と名付け、定着した。
 その“初音ミク”が邪悪な笑みを浮かべ、死神が持つような大きな鎌を手にして、ゆっくりと室内に入ってきた。
 明らかにミク人形は大型化していた。
 それまでは赤ん坊くらいの大きさだったのに、今では小学校に入ったばかりくらいの少女の大きさになっている。
 しかしそれでも、その身長の何倍もある大きな鎌を抱える姿は異様だ。
「死ねっ!」
 ミク人形はユタに鎌を振り落した。
 振り落したというよりは、引力に任せて落としたという感じか。
 ユタはミク人形の攻撃を交わしたが、マリアの死体に当たり、弾みで死体は完全に床に崩れ落ちた。
「お前がマリアさんを殺したのか!?」
 ミク人形は口頭で答えることは無かったが、その代わりに口元を歪める笑みを浮かべたことで肯定したようだった。
「何でだ!マリアさんはお前の主人だろう!?」
 マリアは今度はふわりと飛び上がると、鎌を振り上げてユタの首を狙ってきた。
「くっ……くそぉっ!!」
 ユタはこの部屋から離脱を余儀なくされた。
「威吹!必ず助けに来るから!」
 ユタは恐らくは意識を失っているだけであろう威吹に言うと、部屋を飛び出した。

 エントランスホールに行って、玄関のドアを開けようとする。
「うっ!?」
 しかし、ドアが開かなかった。
 鍵が掛かっているわけではないようだが、まるでドアそのものが開くことを拒むように頑として開こうとしなかった。

 ドンッ!

「!?」
 ユタの頭上を飛び越えて、大鎌の頭がドアを突いた。振り向くと、快楽的な笑みを浮かべたミク人形がそこにいた。
「っえい!!」
 ユタは小さな体のミク人形に体当たりした。
「きゃっ!!」
 初めてそこでミク人形は笑みが無くなり、小さい叫び声を上げて倒れ込んだ。
(他の出入口があるはずだ!そこから……!)

 どうしてミク人形は生みの親であり、1番に可愛がってくれていたマリアを殺してしまったのだろう。
 そして、あの大きさだ。
 魔力に応じて大きくなる人形だとは聞いていないが、一体……。
(イリーナさんはどこに行ったんだろう?イリーナさんだったら、ミクでも簡単に倒せるはずなのに……)
 ユタはミク人形の追っ手を振り切る為に、とにかく屋敷の奥へ向かった。

 この時点では屋敷の中で起きている事態など、まだ全て知らずに……。
 
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“ユタと愉快な仲間たち” 「ユタに待ち受ける試練」

2014-03-28 00:19:19 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
 更に前回の続き。

[3月の早朝 JR大糸線某駅 稲生ユウタ&威吹邪甲]

「まだこっちは寒いねぇ……」
 列車を降りて駅舎を出たユタと威吹。
 ユタの吐く息が白い。
「少しばかり空気が薄いような気がする。だいぶ山の上ということかな?」
「まあ、そんなところだね」
「小さい町で、まだだいぶ静まり返っているようだけど、バスはあるのかい?」
「まだ少し時間があるんだ」
「ん?」
「こういう一見小さな町でも末寺はあるものでね、朝の勤行をそこでしてからだな」
「さすがユタ、信心深いねぇ……」
 威吹は目を細めた。
 しかし心から感心というよりは、むしろ半分呆れが入っているように見えた。
「ここから近いの?」
「車で5分だって。……ということは、歩いて15分くらいかな?」
「いや、もっと掛かると思うな」
 威吹は首を傾げながら言った。
「まあ、バスの時間まで相当あるし、そんなに急ぐことも無いからさ」
 そう言って、ユタは歩き出した。
 スマホのアプリで、駅から末寺までのルートはしっかり検索済みのようだ。
「ユタは眠くないの?」
「そりゃ、ああいう夜行列車じゃ、よくは眠れないさ。眠気覚ましの為にも歩くんだよ」
「確かに。勤行中に寝るわけにはいかないもんね」
「おっ!威吹もいいこと言うようになったね!」
 ユタは感心したが、
「いや、座禅中、後ろから坊主に警策で叩かれるユタを見るのはしのびない」
「座禅じゃないし。警策なんて無いし。威吹には今1度、最初から日蓮正宗の勤行について説明する必要がありそうだね?」

[07:30.JR大糸線某駅前 ユタ&威吹]

 駅前の飲食店にて朝食。
 その後で、
「マリアさん達に手土産を持って行こう」
 と、コンビニに寄った。
「やっぱりバスの本数は少ないんだな」
 買い物が終わって、ようやくバス停でバスを待った。

「まさかユタ、勤行の度にあの寺まで行くの?」
 バスに乗り込んでから、威吹が聞いた。
 ユタは笑いながら、
「いや、さすがにそれはキツいよ。屋敷にお邪魔している間は、遥拝になるな。まあ、顕正会時代はそれが当たり前だったしね」
 と、答えた。
「あ、そうそう。屋敷ではモメないでよ?もう1度念を押すけど」
「分かってるよ。ただ、言いたいことは言わせてもらうがね」
「は?」
「恐らく屋敷にはマリア以外に、イリーナもいることだろう。むしろ、そいつと話がしたい。その間、ユタがマリアの相手をしていれば問題無いだろう?」
「だから、モメないでよって」
「相手がちゃんと話を聞いてくれればな」

 駅前からバスに揺られる事、約1時間。
 ユタ達は、うら寂しい山道の途中にあるバス停でバスを降りた。
「何だ?この魍魎か狐狸しかいないような所は……」
 威吹は周りを見渡した。
「こういう所だからこそ、魔道師が住めるのかもね」
 ユタはバッグの中から、ゴルフボールくらいの水晶玉を出した。
 いつぞやの時、東京駅でマリア達からもらったものである。
「あとは、これがナビしてくれるんだって」
「ふーん……」
 獣道としか言いようの無い道に入った。
「何の案内も無いと、普通の人間なら遭難確実だね」
 しばらくして、威吹が振り向いて言った。
 既に、バスが走っている道路は見えなくなっている。
「また最初の時のように、問いに答えないと道標が出てこない立て札でもあるかな?」
「あー、あれね。さすがに質問の内容はコア過ぎるわ、文字化けしてるわで大変だったね」
 威吹の問い掛けに、ユタは笑みを浮かべた。
(文字化け……?)

[09:30.マリアの屋敷前 ユタ&威吹]

「何か随分薄暗いと思ったら、ヤケに厚い雲が掛かってる。雨か雪でも降るのかな……」
 ユタは空を見上げながら、そう呟いた。
「どうだろうねぇ……」
 威吹は曖昧に答えた。
(恣意性を感じる雲だ。誰か、意図的に太陽を覆ったか?)
 ついでに、そんなことを考えた。
(魔道師なら、天気を操ることもできると聞いたが……。まあ、雲で覆う理由が無いか)
 威吹が考えている間、ユタは屋敷の玄関に立ち寄った。
「見た目は飯田線沿線にあった頃と変わらないな」
「屋敷ごと引っ越したという言葉に、嘘偽りは無いということかな?」
「そうだろうね」
 ユタはインターホンを鳴らした。
「……ん?」
 だが、何度か鳴らしてみても、全く反応が無かった。
「あれ?どうしたんだろう?」
「おいおい、この期に及んで留守なんてことは無いだろうね?」
「まさか。今回はちゃんとアポ取って来てる」
 ユタはそう言いながら、玄関のドアノブに手を伸ばした。
「……空いてる」
「居留守か?」
「だから何で!」
 入ってみることにした。
「おはようございまーす!埼玉から来た稲生でーす!マリアさーん!」
 外よりももっと薄暗いエントランス・ホールには、人の気配は無かった。
 前回ならここで声を掛けると、吹き抜け階段からマリアが降りて来たのだが、今回は人形すら出迎える様子が無い。
「……誰もいないみたいだよ?」
「まだ寝てる?……まさかな」
 仮にそうだとしても、警備の人形がやってくるはずである。
「構造は変わって無いみたいだ。とにかく、行ってみることにしよう」
「本気で言ってるの?いきなり襲ってきたりしたら……」
「大丈夫だって」
 ユタは警戒する威吹に笑い掛けた。
「ああ、そうそう。人形は粗末に扱ってはダメだよ?」
「扱うも何も、人形自体いないじゃない」
 そうなのだ。
 『人形使い』たるマリアの趣味は人形作り。
 最近はフランス人形だけでなく、街で見かけた容姿の美しい女性をモチーフにしたぬいぐるみも制作しているもようである。
 それが1体も見当たらない。
 とにかく、ユタは普段マリアが昼間の大半を過ごしているリビングルームへ向かった。
 そこへ通じる廊下のドアを開ける。
「……ん?」
 その時、威吹が眉を潜め、鼻をヒクつかせた。
「どうしたの?」
「何か、血生臭い臭いがする」
「そう?」
 ユタも臭いを嗅いでみたが、感じるのは屋敷の建材(木材とか壁紙の塗料とか)の匂いくらいである。
「もしかして今、迷い込んで来た人間をとっ捕まえて、魔術の実験でもしてるのかもしれないな」
 威吹は眉を潜めたまま言った。
「僕達が来るってのに、そんなこと……」
 ユタは威吹の言葉に首を傾げた。
 マリア本人はともかく、師匠のイリーナはそういうことを気にするタイプだとユタは思っていたのだが……。
「……いや、間違いない。どんどん臭いが近くなってきた」
「ええっ!?で、でも、実験場は地下にあって、それは反対側だったような気がするけど……」
「それはどうだろうね。……実際、ここから臭いが漂ってくるよ?」
 威吹が立ち止まって指さしたドア。
 紛れも無く、それはリビングルームのドアに他ならなかった。
「血生臭いというか……まんま、血の臭い?」
 威吹はドア枠に鼻を近づけて、室内の臭いを探った。
 ユタはそう言われたからなのか、心なしか鉄の錆びた臭いがしたような気がした。
「どうする?開けてみるかい?」
「も、もちろん!」
「見てはいけないもの見たという廉で、襲ってきたとしてもかい?」
「ああ!」
 ユタは意を決したように頷くと、ドアノブに手を掛けた。
 鍵は掛かっていないようだった。
「し、失礼します!」
 ユタは覚悟を決めたように一言発すると、ドアを大きく開けた。
「!!!」
「!?」
 そこでユタ達が目にしたものとは!?……次回へ続く!
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“ユタと愉快な仲間たち” 「信濃路夜行」

2014-03-26 20:04:48 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
 前回の続きです。

[23:50.JR新宿駅9番線ホーム 稲生ユウタ&威吹邪甲]

〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。9番線に停車中の列車は、23時54分発、快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きです。発車まで、しばらくお待ちください〕

 ホームには古めかしい国鉄型の特急車両が停車していた。
 威吹はホームの自動販売機で、自分とユタの分のペットボトルを買いながら、何度もそれが冥界鉄道公社の車両ではないことを気にしていた。
(大丈夫だよな。地獄界や魔界に行く冥鉄ではないよな)
 鉄ヲタではない威吹にとっては、雰囲気的にユタと魔界に行く時に乗車した電車とよく似た電車だったので、何となく気になるのだった。
 冥鉄車両の場合、行き先表示には何も表示していない、もしくは種別(急行とか特急とか)しか表示していない場合が多い。
 また、車体全体も色がくすんでいて、何より利用客は亡者ばかりである。
「ユタぁ、戻ったよ」
「ありがとう」

〔「ご案内致します。この電車は23時54分発、中央本線、大糸線周りの臨時快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きです。6両編成全部の車両が指定席です。指定席券をお持ちでないお客様は、ご乗車になれません。……」〕

 特急用の車両なので座席はリクライニングシートである。
「それにしても、マリアさんの屋敷、引っ越したんだなぁ……」
 ユタは手持ちのスマホから、マリアの屋敷の位置情報を確認した。
「魔道師ともなると、屋敷ごと引っ越すことも簡単なんだね」
「しかし、信州から出ないのが不思議だ」
「何か、事情があるんじゃない?」
「そんなことは無いだろう」
 ユタは脱いだコートをひざ掛け代わりにした。
 夜行バスなら毛布は基本標準装備だが、臨時の夜行列車では望むべくも無い。
「照明は暗くなるのかな?」
「どうだかねぇ……。そういう設定はできそうだけど……」

〔「お待たせ致しました。臨時快速“ムーンライト信州”81号、白馬行き、まもなく発車致します。次の停車は、立川です」〕

「何だか、魔界に行きそうな電車だから、少し緊張したよ」
 と、威吹。
「まあ、今や189系なんて、乗る機会無いしね。冥鉄に引き取られて運転されても、おかしくは無いか」
 電車は定刻通りに新宿駅をゆっくりとした足取りで発車した。

〔♪♪(“信濃の国”???)♪♪。「大変お待たせ致しました。本日もご利用頂きまして、ありがとうございます。中央本線、大糸線周りの臨時快速“ムーンライト信州”81号、白馬行きです。只今、新宿の駅を23時54分、定刻に発車致しました。これから先、立川、八王子、大月、塩山、甲府、小淵沢、富士見、茅野、上諏訪、下諏訪、岡谷、塩尻、松本、豊科、穂高、信濃大町、神城、終点白馬の順に止まります。……」〕

 快速ではあるが、停車駅は昼間の“あずさ”並みである。

〔「……松本には明朝4時32分……信濃大町には明朝5時11分……終点白馬には明朝5時40分、明朝5時40分の到着予定です。電車は6両編成での運転です。……」〕

「まさかユタ、帰りもこれ?」
 威吹は今更ながらハッと気づいて、ユタに聞いた。
「んー、そうしたいところなんだけど、何故だか“ムーンライト信州”って、下りしか運転してないんだ。わざわざ号数振ってるくせにね。帰りは昼間に鈍行乗り継いで帰ることになるだろうね」
「ユタ……苦行が好きだね」
「バカ言っちゃいけない。末法の世の中において、苦行は無意味だよ」
 無論ユタの鈍行乗り鉄の旅は楽しみであって、苦行などでは全く無い。
「もっとも、ここでまたハンコが2つ押されるから、あんまり意味無いんだ」
「えっ?」
「奮発して特急に乗ってもいいけどさ」
 ユタは“青春18きっぷ”を取り出した。
 1枚の横長のキップに、既に大宮駅の改札口で赤いスタンプが2つ押されている。
 ユタと威吹、2人分だ。
「もうすぐ日付が変わるから、また検札(車内改札)でハンコを2つ押されることになるんだ」
「すると、欄は残り1つ……」
「そう。だから残り1個は別の機会に使うとして、帰りは特急でも高速バスいいんだけどね」
「むむ……」

[日付が変わった0:15.快速“ムーンライト信州”81号1号車内 ユタ&威吹]

「はい、ご面倒様です。恐れ入ります。乗車券、指定席券を拝見させて頂きます」
 ユタの予想通り、車掌がやってきて、検札が始まった。
「はい、ありがとうございます。……はい、すいません。……はい、ありがとうございます」
 そして、これまたユタの予想通り、空欄2ヶ所に車掌が何かを記入した。
『26年3月○×日8421Mレチ』
 と、書かれている。
 日付変更線が列車内の場合、車掌がこのように記入する。
 指定席券の方は、普通の青いスタンプ。
「ね?」
「さすがユタだ。しかし、便利な時代だ」
 威吹はニヤッと笑った。
 利用者層はユタと同じく学生が多いように見える。
 ユタのように“青春18きっぷ”利用者が多かった。
「そうかい?夜行列車が無くなって、却って不便な気がしたけどな……」
「何て贅沢なんだ」
「ははは……」

 八王子を過ぎた辺りで、車内が減光される。
 すると、あちらこちらから聞こえて来た話し声が、途端に聞こえなくなった。
「多分、今度は松本の手前辺りで明るくなるだろうね」
 と、ユタは窓のカーテンを閉めながら言った。
「寝るのかい?」
「ああ。お休み」
「お休み」
 ユタと威吹は、シートピッチの拡大されたリクライニングシートを倒した。
「マリアさん、早く会いたいな……」
「…………」

[02:00.同列車内 威吹邪甲]

 列車がどこかの駅に停車した。
 夜中は車内放送が無いし、ほとんどの窓にはカーテンが引かれているので、どこの駅だか分からない。
 威吹はそっと席を立つと、デッキに出た。トイレに行くわけではない。
 デッキに出ると同時に、乗降ドアが閉まり、再び列車が走り出した。ドアの窓から目をやると、『塩山』という駅名看板が見えた。
 『しおやま』ではなく、『えんざん』と読む。

 威吹がデッキに出たのは、トイレでも気分転換の為でもなかった。
{「先生、聞こえますか?カンジです」}
「ああ。定時連絡、ありがとう」
{「いいえ」}
 ようやく、ガラケーの通話だけなら使えるようになった威吹だった。
「今、塩山という駅を出たところだ。今のところ、異常無し。そっちはどうだ?」
{「こちらも平和そのものです。まるで、先生のお出かけに合わせたかのようですよ」}
「しかし、油断してはいかんぞ」
{「ハイ。中央本線沿線もまた高等妖怪が縄張り争いをしている所ですので、先生もお気をつけください」}
「ちょっと待て。そんなのオレ、初耳だぞ?」
{「雪女郎連合会の組織率が低い、つまり『はぐれ雪』という気性も性格も悪い雪女が跋扈しているのも中央本線沿線ですし、黒狐(色黒のタチの悪い妖狐)が跋扈しているのもその沿線だったはずです」}
「中山道の間違いじゃないのか?……あ、だが、上諏訪・下諏訪って……中山道か」
{「先生なら大丈夫ですよ」}
「お前、そういうことは先に言うんだ」
{「すいません。稲生さんも眠れない状態ですか?」}
「いや……。意外とユタ、よく寝てる」
{「きっと悪い妖怪達も、S級の稲生さんや先生に遠慮してるんですよ」}
「そんなことは無いと思うが……。ユタのヤツ、寝言で魔道師に会いたいと言っている」
{「さすが稲生さん、一途ですね」}
「人間の女ならいくらでも後押ししてやるところだが、本当に残念だ」
{「どうなさいます?」}
「ユタの希望通りにするしかあるまい。ここでヘタに手や口を出して、ユタの機嫌を損ねるわけにはいかん」
{「このまま屈されるんですか?」}
「事情は向こうにも話しておくつもりだ。幸いにもユタが惚れている魔道師も、あまり色恋にはスレていないようだからな」
{「なるほど。先生、頑張ってください。流血の惨は稲生さんも望まれていないはずですから、どうか1つ……」}
「分かってる。じゃあ、切るぞ。……ああ」
 威吹は電話を切った。
「全く……」
 座席に戻る前に、トイレで用を済ませる威吹だった。
                                      続く
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“ユタと愉快な仲間たち” 「魔道師の悩み」

2014-03-26 02:53:23 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[3月のある日 21:00.長野県内某所のマリア邸 マリアンナ・ベルゼ・スカーレット]

 マリアは屋敷の地下で、魔術の練習をしていた。
 しかし、なかなか上手く行かない。
「精が出るわね」
「師匠!」
 いつの間にか背後に回っていた師匠、イリーナ・レヴィア・ブリジッドに声を掛けられ、思わず持っていた魔道書を落とすところだった。
「やっと熱心に始めたって感じ?」
「はい。その……あの……」
 何故か、しどろもどろだった。
「明日は久しぶりの来客があるから、今から緊張しているのかしら?」
「そ、そんなことは……!」
 しかし、マリアの顔が赤みを増した。
 明らかに図星を突かれたという感じだった。
「んー、もう少し、心の方も鍛えた方がいいかなぁ……。まあ、それは後々でいいか。で、誰が来るの?(だいたい知ってるけど)」
「それは……」

[同日22:45.JR大宮駅埼京線ホーム 稲生ユウタ、威吹邪甲、威波莞爾]

〔まもなく20番線に、りんかい線直通、通勤快速、新木場行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。次は、武蔵浦和に止まります〕

 もうそろそろ終電車を意識し始める頃の埼京線ホーム。
 ここにS級の霊力を持つ人間と、2人の妖狐がいた。
「おっ、りんかい線の車両が来た」
「ではな、カンジ。オレはユタに同行するので、しばらくの間、留守を頼む」
「お任せ下さい。先生方も気をつけて」
「ああ」
 電車が地下ホームに滑り込んでくる。
 平日ではあるが、大学が春休みのため、ユタは威吹を伴って、こんな夜更けに出かけようとしていた。

〔大宮、大宮。ご乗車、ありがとうございます。次は、武蔵浦和に止まります〕

 ガラガラの車両に乗り込む。
 ユタはキャリーバックを手に、威吹は風呂敷包みを手にしていた。

〔20番線、ドアが閉まります。ご注意ください〕
〔「通勤快速、新木場行き、ドアが閉まります」〕

 ドアが閉まって電車が走り出すと、ユタはホームで見送るカンジに手を振った。
 カンジも手を振り返してくれた。

〔「本日も埼京線をご利用頂きまして、ありがとうございます。この電車はりんかい線直通、通勤快速の新木場行きです。停車駅は武蔵浦和、赤羽、十条、板橋、池袋、新宿、渋谷、恵比寿、大崎の順に止まります。次は、武蔵浦和です。……」〕

 電車が走り出すと、ユタはポケットの中から、1枚の横長な乗車券を取り出した。
 そこには、こう書かれていた。『青春18きっぷ』と。
 そして、更に別のキップを出してみる。指定席券のようで、そこには“ムーンライト信州”と書かれていた。
「だいぶ前、初めて屋敷を訪れたは違う行路だったね?」
「あの時は昼移動で、特急なんか乗ったりしたからな。それと比べれば(気持ち的にも)余裕があるし。ああ、そうそう。威吹、マリアさんとケンカしたりしたらダメだよ?」
「あの魔女が何もしてこなかったらな?」
「魔女じゃなくて、魔道師だよ。大丈夫だって。せいぜい、イリーナさんが来るくらいだろう」
「喰えぬ女達だから、尚更タチが悪い」
「あんまり悪口言わない方がいいよ。きっと、水晶玉か何かで見てるよ?」
 ユタは節電で間引きされている、蛍光灯が歯抜け状態の天井を見上げた。

[同日同時刻 マリアの屋敷 マリア&イリーナ]

「ちっ、バレてたか」
 イリーナは苦笑いした。
「喰えないのは、お互いさまだと思うけどね」
「はあ……。あの、師匠、私は……」
「ん?」
「まだ魔術が未熟の私が、人間の男などに……」
「心配無いって。あなたはまだ人間の心、気持ちが残っている貴重な時期なのよ?これからもっともっと長い時間を生きる間に、そんなものは無くなってしまう。だから、今のうちに人間だった頃の名残を楽しみなさい。正式に“後継者”になったら、楽しむ余裕も無くなると思うから」
「はい……」
「別に稲生君、嫌いってわけじゃないでしょう?」
「ええ、まあ……」
「1人、何か余計なのが付いてくるみたいだけど、それは気にしないで。いざとなったら、私が相手するから」
 イリーナは表情の硬い弟子に対し、にこやかな顔を崩さなかった。
(私も……“後継者”になれば、ああいう顔ができるようになるのだろうか……?)

[同日23:17.JR新宿駅 ユタ、威吹]

〔「まもなく新宿、新宿です。お出口は、左側に変わります。各路線お乗り換えのお客様、最終電車の時間にご注意ください。新宿の次は、渋谷に止まります」〕

「うん、ここだ」
 線形が悪いというより、埼京線(湘南新宿ライン)のホームが狭いせいか、電車は速度を落として入線した。

〔しんじゅく~、新宿~。ご乗車、ありがとうございます。次は、渋谷に止まります〕

 ユタはキャリーバックを引きながら、電車を降りた。
「えーと……“ムーンライト信州”は……」
 階段を上って、コンコースの上にある発車票を確認しなくてはならなかった。
「9番線か。快速だけど、堂々と特急ホームから出るんだ」
 ユタは早速、9番線へ向かった。
 威吹は後からついて行くといった恰好だった。
「夜行列車なんて、久しぶりに乗るよ」
「そうかい?」
「この前乗った時は、いつだったかな……」
 ユタが思い出していると、
「……冥界鉄道公社」
 威吹がポツリと言った。
「ユタとボクとで魔界に行く時に乗った……」
「今は無き、583系で運転してたねぇ……。あれ、夜行かぁ……」
 ユタはしみじみと言う。
「今にして思えば、魔界に行って帰って来れた人間なんて、ユタが初めてだよ。さすがは、特級霊力だ」
「そ、そうかな?」
 ユタは少し照れた顔を浮かべた。
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末法濁悪の世の中

2014-03-24 19:51:24 | 日記
 恥ずかしいことだが、私の仕事仲間が2人ともクビになるという事件が発生した。
 プライベートで飲みに行ってる時、居酒屋で何かの拍子に口論となり、ついには取っ組み合いのケンカまでして、そのうち1人が殴られてケガをしたというものだ。
 当然ながら警察に通報され、連行されてしまった。
 ただ、どちらも同じ会社の同僚だし、すぐに身元引受人として担当上司がやってきた。
 殴られた方にあっては何とか宥めて示談に持ち越させ、それが成立したことから、警察も逮捕はせず、調書を取って厳重注意ということに留まったそうだ。
 それを聞いた私は、せいぜい数週間ないし数ヶ月の謹慎処分、何パーセントかの減給で今度のボーナスはカットだろうくらいに思っていた。
 ところが、先ほど聞いた別の仲間からは懲戒免職であるという。
 随分厳しい処分だが、警察と繋がりのある弊社がその警察のご厄介になったとあっては、それこそ一般企業以上にマズいというんだな。

「それじゃ、駐車違反でもクビかね?」
 と、この情報を教えてくれた仲間に言ってやったら、
「駐車違反は青キップで、後から反則金を納めたらそれで丸く収まるシステムだから、そんなことないでしょう」
 と、笑っていた。もっとも、
「いつまでも払わずに、出頭命令食らったら話は別だろうけど」
 とのことだ。それは良かった。
 この前、仙台に帰った時、信号無視で捕まったからなぁ……。
 正法護持の法華講員がサツの世話になったとあっては、シャレにならないからな。気をつけないと。
 “フェイク”じゃ、スピード違反で捕まっても記事にしそうで怖いよ。

 逮捕までは行ってないのに、警察の取り調べを受けたらクビってのも酷い話だな。これ、不当解雇で訴えたら勝てるんじゃないのか?私なら最高裁まで行くぞ。会社を経営なさっている講頭さん方におかれても、気をつけて頂かないと。え?すぐに法律家に駆け込む私に気をつけるって?まさか、そんなことはないだろう。ちゃんと法律を遵守した会社経営をなさってくれればOKだ。あ、でも、ブラック企業見つけたら“フェイク”に流しちゃうかもね。

 ところで、私は正式な折伏・法論はしていないが、“普段着の折伏”は一応やっていて、会社にも私が信仰していることは話している。
 ところが、これがまた迷惑な話で、創価学会との違いを説明するのが面倒だった。
 だけどそれも乗り切ると、あとは結構楽なもので、
「うちのお寺って、こんな所です」
 みたいな話もできて良かったと思う。
 もちろん、
「就業規則はちゃんと守った上でね」
 と、しっかり釘は刺されたが。
 いや、実は『業務に支障を及ぼす恐れのある入信・勧誘の禁止』というのがあって、顕正会時代は当時の上長から、
「そんなもん、大聖人様の御前では絵に描いた餅だ!」
 と、突っぱねられたのだが、今は法華講。
「はい」
 と、答えておいた。

『御宮仕へも法華経と思し召せ』ですよ?顕正会員の皆さん。普段の仕事も、立派な六波羅蜜の修行の1つなのである。
 教学の無い私でさえも、これくらいは知っている。
コメント
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