報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

特別読切!“私立探偵 愛原学” 「ひったくり犯を追跡せよ!」

2016-06-18 21:50:27 | 私立探偵 愛原学シリーズ
 私の名前は私立探偵、愛原学。
 東京都内で小さな探偵事務所を営んでいる。
 この時、私はある重大なミスをしでかしてしまった。
 探偵というのはその職業柄、往々にして事件に巻き込まれることが多い。
 もちろん、その程度は覚悟していた。
 だが、さすがにこれは頂けない。

 まさか、私が被害者になろうとは……。

 事の発生は今から数時間前、昼下がりの都内で起きた。
 私はクライアントとの打ち合わせを終え、契約書から何やら重大な書類を鞄に詰め、事務所に戻ろうとしていた。
 地下鉄の駅まで近道をしようと裏路地に入ったのが福運の尽き。
 後方からバイクが接近してきたと思ったら、そのバイクをひったくられてしまったのである!
 ここは大阪か!
 私は急いでバイクの後を追ったが、当然向こうは全速力で逃げる。
 当然、走って追いかけられるものではない。

「止まれ!止まってくれーっ!」
 私はたまたま表通りを走っていた車を止め、その車に協力を依頼した。
 運転手は驚きつつも、引き受けてくれた。
 よくよく見たら、それは大型トラック。
 しかも、何だか……随分と派手に改造されている。
 もしや……とんでもない車に乗ってしまったのではなかろうか?
 アルミ製の荷台にはド派手な歌舞伎の絵が描かれており、明朝体よりも更に筆で書いたかのように崩した字で、『酔王丸』と書かれていた。
 もしかして、もしかすると、もしかしなくても、これがあの映画の“トラック野郎”でお馴染みのデコトラってヤツなんじゃ……?

「いやあ、まさか探偵さんが乗ってくるなんてねぇ!まるで、ドラマみたいだねぇ!?」
 運転手は40代くらいの男性で、私より年上か。
 頭にねじり鉢巻きなんかしている。
 長距離トラックの運転手よろしく、豪快な笑い方をした。
「そ、そう?何か、自分も映画みたいな感じがするよ……」
 助手席に座る私は、少し動揺していた。
「後で謝礼は必ずするから、よろしく頼みますよ」
 私の依頼に、運転手は大きく頷いた。
「安心しな、探偵さん!何故なら、俺は仲間内じゃ『韋駄天ゴロー』と呼ばれるスピード野郎。必ずや、あのバイクぶっちぎってみせるぜ!」
「ブッちぎってどうすんの!?捕まえて、俺の鞄取り返すの!」
「分かってるって!この『酔王丸』に乗り込んでくれたからには、必ず……」
王丸?……ちょっと待った。いくらひったくり犯を捕まえる為とはいえ、酒を飲んで運転するのは良くないな?」
「バッキャロ!誰がそんなマネするか!いいか!?俺はこう見えても運転歴は軽く20年越えだぜ?酔うのは酒じゃなく……」
「酒じゃなく?」
「車。オェェェ!」
「ダメじゃないか!20年間、何やってたんだ!」
「冗談だおw」
「コラーッ!」
 するとその時、追い掛けていたバイクがいきなり対向車線を右折して、路地に入って行った。
 どうやら私の追跡に気づいたらしい。
 対向車線に車が来ているにも関わらず、突然の右折!
 対向車が急ブレーキを踏んだり、その後続車が追突しそうになったり、横断歩道を渡っていた歩行者と接触しそうになったりと、危うく大惨事だ。
「し、しまった!気づかれた!は、早くさっきの場所へ!早く!」
「分かってるって!慌てなさんな!俺の運転テクをとくと御覧あれ!しっかり掴まってろ!……必殺!サブロックターン!!」
「おおお!?」
 そこはプロの運転手。
 トラックの周りに車などがいないことをちゃんと確認し、運転手はドリフトを行った。
「体験して驚け!これが360(サブロック)ターンだ!」
 ドヤ顔の運転手。
 だが……。
「ん?360?どういうことだ?」
「だーかーらっ!360度回転ってことだよ!」
「……それって結局、元通りの向きってことなんじゃ?」
「……あ!」
「あ、じゃないよ!おぉぉい!?どうすんだよ!?バイクを見失ってしまうじゃないか!」
「心配すんなって!実は俺達、トラック野郎の頭の中には全国のありとあらゆる抜け道がインプットされてるんだ。元の道に戻るなんざ、朝飯前よ!」
「何だ、そうか。それなら……」
「安心したか?なぁに、こんなこともあろうかと、既にこの模様は無線で仲間内に飛ばしてある」
「ん?」
「俺の仲間達も、探偵さんのバッグを盗りやがったバイクを追跡してるってわけよ」
「そうだったのか!」
「まあ、謝礼は後でもらうけどな」
「それはもちろん!何か、安心したよ」
「だろぉ!?よーし!そうと決まったら、BGMと行こうぜ!」
 運転手はオーディオの電源を入れた。
 そこはさすがデコトラ。
 音響設備にも拘っており、車内全体がまるでステレオのようである。
「おっ、演歌か?いいねぇ!」
「そうだろ、そうだろぉ!?」

〔「恐れも知らずに♪化他行折伏♪極めよ罪滅♪仏法国家♪」「日の丸印の♪荷車まろがし♪東西南北♪広宣流布♪」〕

 ……演歌か、これ?
 どっちかというと、軍歌かな?まあいいや。

〔……「往くぞ此の仏道(みち)♪何処迄も♪」「海はうねり♪大波迫るこの道を♪我ら仏弟子……」〕

「ん?海!?」
 いつの間にか、車窓には海岸線が広がっていた。
「おう、海だぜ!」
「バイクはここまで来たの!?」
「バイク?」
「バイクは!?犯人のバイクは!?」
「あー……そうだな……」
 運転手と私はキョロキョロと辺りを見回した。
 もちろん、そんな姿はどこにもない。
「…………」
「…………」
 車内に流れる気まずい空気。
 運転手は赤信号で止まると、唐突に後ろの仮眠スペースにぶら下がっているカレンダーを捲り上げた。
 AV女優のエロカレンダーである。
「いねーよ、そんな所!!」

 トラックはとあるドライブインに入って休憩した。
 だが、私のむかつきは収まらない。
 くそっ!やはり、とんでもない車に乗ってしまったようだ!
「うー、あの兄さん、さすがにキレちまったなぁ……」
 運転手だけがトラックを降りて、自動販売機の所へ向かう。
 そして、ジュースを2つ買って戻ってきた。
「兄さんよ、まあ、そうカッカすんな。人間、誰しも間違いはある。問題はそれが許せるかそうでないかだ。まあ、これでも飲んで落ち着いてくれ」
 運転手はそう言いながら、助手席のドアを開けた。
 ……隣のトラックの。
「あ?」
「えっ!?」
 隣のトラックの運転手が、酔王丸の運転手を睨みつける。
「何だ、オメェ?いきなり開けやがって……」
「さ、サーセン!間違えました!」
「おーい!何やってんだ?!こっちこっち!」
 私は呆れて酔王丸の運転手を呼んだ。
「うほぉ、焦ったァ……!俺、ついてっきり自分の車かと……」
「んなワケないだろ!どこがあんな真っ黒いトラックと、こんなド派手なデコトラを間違えるよ!?」
 と、その時だった。
 無線に着信が入る。
「おっ、無線だぜ!」
 運転手が急いで無線を取った。
「はい、こちら酔王丸ゥ!どうぞォ!」

〔「あー、こちら、『星海号』!」〕

「おう、山さんじゃねーか!」

〔「例のバイクなんだが、どうやら◯◯県の国道で、乗り捨てられてたらしい!」〕

「何だと!?」
「!?」

〔「で、その犯人は近くに止まっていたトラックをパクって逃げたんだとよ!」〕

「そうなのか」
「そ、そのトラックの特徴は!?」

〔「ナンバーが練馬130……」〕

 その時、隣に止まっていたトラックが走り出した。
 私は咄嗟にそのトラックのナンバーを見た。
「練馬130……」

〔「あ 82-39だ!何でも、高速で更に海沿いの県に向かったらしい。ゴローちゃんは今どこだ?」〕

「あ……82-39……って、あれじゃん!」
「なにっ!?」
 ゴロー運転手が大ボケかまして、隣の運転手に睨まれたトラックである!
 そのトラックは国道を左折した。
「急いで追ってくれ!」
「了解!」
 酔王丸も国道に出る。
 奇しくもスピーカーから流れて来たBGMは、

〔「……サイレンの音♪『ウー!』高らかに♪地球の裏まで♪一っ飛び♪ただいま出動♪『オー!』ヤッターマン♪」〕

(何故にヤッターマン!?)
「行くぜ、オラァッ!」

〔「仮面に隠した正義の心〜♪ドロンボー達を♪ブッ飛ばせ〜♪」〕

 だが、件のトラックは高速の入口に入ってしまった。
「くそっ!奴め、また高速に!?」
 すると運転手は、
「よーし!こんなこともあろうかと、この酔王丸に導入された新兵器を使う時が来た!」
「な、何だそれ!?」
「ポチッとな!」

〔「カードの挿入を確認しました」〕

「レッツ!ETC!」
「ええーっ!?」
 ひったくり犯のトラックにはETCが無いのか『一般』の所に並んでいたが、酔王丸はETCをスイスイと通過した。
 ……って!

〔「生かしたルックス♪ポーズ決めて〜♪ビジネスに繰り出すのよ〜♪」〕(GS美神ED曲『BELIEVE ME』)

「なにエンディング流してんだ!?」
「……ビリーブ・ミー♪」
「歌ってんな!おぉぉい!」

 この後、結局どうなったのかは【お察しください】。       
                                    終
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“Gynoid Multitype Cindy” 「帰国後のそれぞれ」

2016-06-17 20:52:51 | アンドロイドマスターシリーズ
[5月27日07:16.天候:晴 東北新幹線“はやて”111号9号車内 平賀太一&1号機のエミリー]

「何だって?執事ロイドがいた?」
「イエス」
 列車に乗り込んで座席に座ると、平賀はエミリーから聞いた。
「上越新幹線の・方に……」
「……か、もしくは北陸新幹線か?あっちの方に、執事ロイドを持ってる人なんていたかなぁ……?」
 平賀は首を傾げた。
「関西の方には何人かいるけどね。所用で、向こうから来たのかな……」
 平賀はグリーン車の座席の肘掛けから、収納式のテーブルを出すと、そこに朝食の駅弁とお茶を置いた。
 そうしているうちに、列車がインバータの音を立てて発車した。

〔♪♪(車内チャイム)♪♪。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は東北新幹線、“はやて”号、盛岡行きです。次は、上野に止まります。……〕

「!」
 その時、通路側に座るエミリーがフッと平賀越しに窓の外を見た。
「どうした?」
 2人は進行方向左側に座っているが、そこから外は通勤電車が引っ切り無しに走っている。
 神田駅の横を通過すると、京浜東北線が発車していく所だった。
 各駅停車、蒲田行きと書かれている。
「シンディが・乗っていました。恐らく・敷島さんも」
「ほお。重役出勤かと思ったら、結構早めに通勤しているんだな。それも、通勤電車通勤とは……。敷島さんによろしく伝えておくよう、シンディに言っといてくれ」
「かしこまりました。プロフェッサー平賀」

[同日同時刻 天候:晴 JR神田駅→JR東京駅 京浜東北線615A電車・1号車内 敷島孝夫&3号機のシンディ]

〔次は東京、東京。お出口は、右側です〕
〔The next station is Tokyo.The doors on the right side will open.〕

 電車が神田駅を発車した時、下りの東北新幹線が通過していった。
(姉さん!)
 エミリーも気づいたのか、すぐに通信してきた。
「私は・プロフェッサー平賀と・共に・仙台に・戻る。シンディも・頑張れ。プロフェッサー平賀が・敷島社長に・『よろしく』との・ことだ」
 すぐにシンディも返す。
「分かったわ。社長は寝てるけど、後で伝えておく。姉さんも気をつけて」
 と。
 敷島は座席横の白い仕切り板にもたれてうたた寝をしていたが、神田駅から東京駅に至る線路は緩いS字になっているにも関わらず、ダイヤに余裕が無い上、客扱い遅れを大抵起こしているからか減速しないで進むため、電車が大きく揺れるポイントである。
 それで座っている乗客も揺さぶられて、作者もそれで起こされるのだが敷島はハッと顔を上げた。
 敷島が顔を上げると、微笑を浮かべたシンディが見下ろしていた。
 微笑した顔は、エミリーのそれとよく似ている。
 さすがは姉妹機だ。

〔「ご乗車ありがとうございました。まもなく東京、東京です。車内にお忘れ物、落し物の無いよう、ご注意ください。この電車は京浜東北線、各駅停車、蒲田行きです」〕

 電車がホームに滑り込む。
 敷島が欠伸をしながら席を立った。
 ここで多くの乗客が降りる。

〔とうきょう〜、東京〜。ご乗車、ありがとうございます。次は、有楽町に止まります〕

 敷島とシンディは目の前の階段を下りる。
「久しぶりに京浜東北線で通勤したもんだ。宇都宮線が事故で止まっていると聞いて、こっちにしたんだがな、大した影響は無かったみたいだ」
 敷島達が大宮駅で京浜東北線に乗った時には、既に復旧していたもよう。
「おかげで、姉さんとも挨拶できたしね」
「? どういうことだ?」
「神田駅で東北新幹線が通過して行ったんだけど、その中に平賀博士とエミリーが乗っていたのよ」
「なにっ、そうだったのか」
「平賀博士が、社長に『よろしく』だってさ」
「ちっ。ものの見事に、逃げられたってわけか」
「何が?」
「ボーカロイドの秘密だよ。ついでに聞こうと思ってたのに」
「嘘ばっかw」

[同日07:27.天候:晴 東京駅八重洲南口・都営バス東京駅八重洲口バス停 敷島&シンディ]

 朝の通勤時間帯ということもあり、バス停には長蛇の列ができている。
 敷島達はバスを1本やり過ごすと、次のバスを待った。
「井辺君は錦糸町からの都営バスで来るって言ってたな」
「井辺プロデューサーは、錦糸町にマンション借りて住んでるんだっけ?」
「岩槻からじゃ、毎日の通勤も大変だろうしなぁ……。確か、親族のツテで借りれたとか言ってたな……」
 そうこうしているうちに、次のバスがやってくる。
 長蛇の列ができるほどの路線ということは、それだけ本数も多いということである。

〔「お待たせ致しました。東16系統、深川車庫行きです」〕

「これで行けば、ダイヤ上は8時までに着けるよな?」
「そのはずだけどね」
 敷島とシンディはバスに乗り込んだ。
 敷島は真ん中の1人席に座ると、シンディはその横に立つ。
 奇しくも、この位置は豊洲駅から乗った平賀とエミリーの位置と同じであった。
 背後には仕切り板があり、1人席なので隣に赤の他人が相席してくることもない。
 その為、マルチタイプにとっては護衛のしやすい席であるという。
 敷島達が8時までに会社に到着したいのには理由があった。
 今日のボーカロイドのスケジュールは、9時以降に会社を出る者達ばかりで、先日敷島が疑問に思ったことを確認する為であった。
 1時間もあれば、少しは分かるだろうというものだ。

 バスはあっという間に満席になった。

〔「お待たせ致しました。深川車庫行き、発車致します」〕
〔発車致します。お掴まりください〕

 バスはJRバスなどの高速バスが発着している方に合流すると、八重洲通りに出る信号機に向かった。

〔毎度、都営バスをご利用頂きまして、ありがとうございます。このバスは住友ツインビル前、月島駅前、豊洲駅前経由、深川車庫前行きでございます。次は通り3丁目、通り3丁目でございます。……〕

 今では『歌って踊れるアンドロイド』を越え、演技もできるほどになったボーカロイド達。
 敷島にとっては、そもそもボーカロイドの開発経緯を聞いていなかった。
 別に、聞かなくても良かった。
 ただ、デイライト社のアルバート常務の言葉が、どうしても引っ掛かってしまったのだ。
 『ボーカロイドがその持ち前の機能を存分に発揮したその力は、マルチタイプをも凌駕する』とは一体どういうことなのか。
 明らかにアルバート常務は、敷島の目から見て、それを悪用しようとしていた。
 悪用されるとマズいのであるなら、それを防止しなければならないが、そもそも悪用されるとマズい機能が何なのかが分からないようでは、手の施しようが無かった。

 バスは眩い朝の陽ざしの中、江東区へ向かって進んだ。
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“Gynoid Multitype Cindy” 「帰国後の経路」

2016-06-16 21:46:18 | アンドロイドマスターシリーズ
[5月27日06:00.天候:晴 東京都江東区豊洲・敷島エージェンシー]

 平賀は敷島の計らいで、敷島エージェンシー内部にある仮眠室で夜を明かした。
 今は洗面所で洗顔や髭剃りをしている。
 エミリーはその間、平賀が寝ていたベッドを整えている。
 どうしてこの時間の起床なのかというと、豊洲駅前から始発の東京駅行きのバスに乗り、そこから新幹線に乗り換える為であった。
「おはようございます」
 仮眠室にMEIKOがやってきた。
「ん?ああ、MEIKOか。お前も早いな。どうしたんだ?」
「事務所は朝7時から開けるので、皆1時間前から起動することになっているんですよ」
 と、赤のバドスーツを着たMEIKOが説明した。
「そうなのか」
 赤はMEIKOのイメージカラーである。
 ボーカロイドはイメージカラーを持つことが慣例になっており、KAITOは青で、初音ミクは緑、鏡音リン・レンは黄色がベタである。
 ところが、段々とボカロが増産されてくると1色だけでは足りなくなってきた。
 量産型とされるLilyは、コンポジットの衣装から黄色と黒とされ、専用のマイクスタンドなど、まるで踏切の遮断棒のようである。
「要はそこで自己診断を行ったり、ウィルスチェックなどを行うのです」
「ああ、そうか」

「それじゃ。自分達はもう仙台に戻る。敷島さん達によろしくな」
 平賀達はその言葉を残して、豊洲駅に向かった。
 見送ったのはMEIKOと初音ミク。
 まだこの時間、豊洲アルカディアビルの正面エントランスは開いていない。
 防災センター受付のある夜間通用口から出なければならない。
 仮眠明けなのか、眠そうな顔をしている警備員の前で入館証の貸し出し簿に返却の記入を行う。
「あ、金探はロボット専用ですから……」
 警備員が、自ら率先して金属探知機の装置の中を通るエミリーに言った。
「ええ。彼女は“ロボット”です」
 平賀はニヤッと笑った。
「ええっ!?」
「特に・何も・出ませんでした」
「は、はい。それなら結構です。あちらが、出口となっておりますので……」
 平賀達が去って行った方向を見送った警備員は、
「本当、見分けがつかないな……」
 と、呟いた。

[同日06:35.天候:晴 豊洲駅前バスターミナル→都営バス東16系統車内]

 朝日の差すバスターミナル。
 そこでバスを待っていると、始発のバスがやってきた。
「よくまあ、敷島さんはああいうので体当たりできるものだ。なあ?」
「イエス」
 前扉が開いてバスに乗り込む。
 この時間はまだそんなに混んでおらず、平賀は真ん中の1人席に腰掛けた。
 その横にエミリーが大きな荷物を持って立つ。

〔発車致します。お掴まりください〕

 バスは朝の陽ざしを浴びて、豊洲駅前バスターミナルを発車した。

〔毎度、都営バスをご利用頂きまして、ありがとうございます。このバスは月島駅前、リバーシティ21、住友ツインビル前経由、東京駅八重洲口行きです。次は豊洲2丁目、豊洲2丁目。……〕

 車内はそんなに混んではいないが、しかしガラ空きというわけでもない。
 既に車内は、通勤途上のサラリーマンの姿が見受けられる。
 バスの車内表示版を見ると、途中に『IHI前』とか『日本ユニシス本社前』とかあるところを見ると、ビジネス路線と言える。
 尚、豊洲駅からは勝どき経由の路線もあり、こちらはやや遠回りである。
 聖路加国際病院へは15系統が良い。
 シンディなら多弁で色々と話し掛けてくるのだろうが、それと比べて寡黙なエミリーは話し掛けてはこない。
 それでも必要なことがあれば、話し掛けて来る。
 例えば……。

[同日06:55.天候:晴 都営バス東16系統車内→東京駅]

〔毎度、都営バスをご利用頂きまして、ありがとうございました。次は東京駅八重洲口、東京駅八重洲口。終点でございます。……〕

「プロフェッサー平賀。まもなく・終点です」
 うつらうつらして、窓に体をもたらせている平賀の左肩に手を置いて、エミリーが起こしてきた。
 既に車内は立ち客が目立つほどの混雑ぶりになっていた。
「お……そうか。つい、うたた寝してしまった」
 バスはJRバスも発着するバスターミナルの一画に進入し、都営バス降車場の前で止まった。
 降車用の中扉が開くと、一気に乗っていた乗客が吐き出されて行く。
 既に運賃は払っているので、降りる時はフリーである。
 これもまた都営バスの定時運行に一役買っているのだろう。
 遅延の原因の1つに客扱い遅れがあり、これは降車時に乗客が運賃の支払いに手間取ることがあるからだ。
 大きな荷物はエミリーが軽々と持っており、その後に続いてバスを降りると、既に駅前の歩道は多くの通勤客が行き交っていた。
「プロフェッサー平賀。御朝食は・どうされますか?」
「駅弁でも買うよ。それより、早いとこ新幹線に乗ろう」
「イエス」
 平賀達は朝ラッシュでごった返す東京駅構内に入り、すぐ近くにある『JR全線きっぷ売り場』に入った。
 これはJR東海版“みどりの窓口”で、東海道新幹線のキップを率先して販売しているが、もちろん、東北新幹線のキップも売っている。
 窓口だけではなく、ちゃんと券売機もあった。
 平賀は先日、デイライト・コーポレーションの鳥柴からもらったグリーン車の回数券を手にしていた。
 これで座席指定を受ければ、あとはそのグリーン車に乗れる。
「おっ、“はやて”があるな」
 “はやて”の普通車指定席は虫食い状態で空席がある程度だったが、グリーン車は余裕があった。
 普通車は全て指定席なので、そもそも自由席が無い。

 回数券で座席指定を受けたキップを手に、JR東日本の改札口に入る。
 そのまま横の青いフラッパーの改札機を通ろうとするのはミスリード。
 そこは東海道新幹線専用改札口である。
 JR東日本としての緑色のフラッパーゲートを通るべし。
 ……え?JR東海のコーポレートカラーはオレンジなのに、どうして青なのかって?
 葛西名誉会長に聞いてくれ。

「エミリー。俺は一服するから、弁当とお茶買ってきてくれ」
「イエス」
 平賀はエミリーに財布から2000円を出して渡した。
 駅構内禁煙の東京駅だが、新幹線ホームには喫煙所がある。
 最近になって、ホーム最南端にも喫煙所ができたらしい。

〔まもなく20番線に、“なすの”252号が10両編成で参ります。この電車は折り返し、7時16分発、“はやて”111号、盛岡行きとなります。黄色い線まで、お下がりください。……〕

 エミリーにお使いを頼み、自分はホーム北部の喫煙所でタバコに火を点けた。
 手持ちのスマホで、仙台で留守を預かる家族に、これから新幹線に乗る旨の連絡を行う。

〔「20番線、ご注意ください。7時16分発、東北新幹線“はやて”111号、盛岡行きの到着です。黄色い線まで、お下がりください。到着後、車内整備・清掃の為、一旦ドア閉めを行います。再度ドアが開くまで、乗車位置でお待ちください。……」〕

 エミリーが売店で駅弁とお茶を買っていると、
「おはようございます」
 と、エミリーに挨拶をする者がいた。
「!?」
 それは紺色のスーツを着用した若い男。
 すぐにスキャンすると、『Human』ではなく、『Loid』と出た。
「『東京弁当』と冷たいお茶を……」
 男もまた駅弁とお茶を買っていた。
「……マスターに・頼まれた……のか?」
「そうです」
 男はそれだけ答えると、足早に平賀達が乗る列車とは反対側のホーム(21番線)の方を歩いて行った。
 21番線には上越新幹線が発着するようだ。
(執事ロイド・か……。久しぶりに・見たな)
 エミリーはそう思って、自分は平賀の待つ20番線の9号車に向かった。
 シンディからは、2度とオトコに絆されることの無いようにと釘を刺されているが……。
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本日の雑感 0615

2016-06-15 22:54:28 | 日記
 今日は日勤の遅番だったので、帰宅も22時台となり、ブログの更新もこの時間となってしまった。
 昨日は休みだったので、御登山の疲れを癒していたのだが、ほとんどは部屋に籠もってネット三昧だったり、御山で購入してきた機関紙や機関誌を読み漁ったりしていた。
 大白法に小説のネタにできそうなものがあったのだが、実際に使うかどうかは分からない。
 一応、ネタ帳に記載だけしておいた。
 あと、溜飲の下がる思いに至れたのが“慧妙”。
 愛国 清澄さんオススメの5月1日号だったのだが、あいにくとそこの一面記事トップに出ていた元顕正会員に興味は持てなかった。
 “ベタな元・顕正会員の法則”通りだなと思っただけである。
 顔つきや通名のような名前からして、在日朝鮮人のように見えたが、写真に何の脈絡も無く韓国で撮影したという写真が掲載されていたことから、その確率は高いだろうとも思った。
 ま、私の見方なんてそんなもんである。
 私が妙に納得した話というのが、同じ5月1日号の3面に載っていた『法華講員の弁えたい信条 第46回』である。
 “法統相続は厳格に”と題されたこのコラム、やっと私が探していた「自身の法統相続について、どのように考えれば良いのか?」という答えが書いてあった。
 他の資料を読んでも、まず結婚して子供を産むことが当たり前の前提で書かれているため、それ以前の問題である私はどうすれば良いのかと答えが書かれていなかったのだ。
 いや、正直このコラムも明確な答えが書いてあるわけではない。
 ただ、読んでみてフッと溜飲が下がったのである。
 私は半ばヤケクソで、「一代法華で良い」と言っていたが、本来それは違う。
 ああ、分かっている。
 実はちゃんと日有上人の化儀抄にあるんだよね。
 何でも、両親が強い信心を保っていたとしても、子供がそれに反して謗法を犯すようなことがあって、それを全く改めることが無かったら勘当しろということなんだな。
「勘当するも何も、俺には子供すらいないぞ」
 と思って、ふと気づいた。
「ああ、そうか。法統相続というのは、既に結婚して子供もいる信徒達が対象であって、自分ら生涯独身内定(または決定)の信徒は除外される」
 と。
 一代法華で悪いというのは、家族持ちでありながら、信心を家族に継がせないことなのだ。
 つまり、私ら独り者が一代法華になってしまうのは仕方の無いことであるということが分かった。
 そもそも信心を継がせる子供がいないのだから、どうしようもない。
 ようやくスッキリできた。
 というわけで、法統相続のできない人達は私を含めて、他人を折伏して行くしかないということだね。
 それならマイペースだが、一応やっているつもり。
 結婚できる境涯になる頃には、私も年寄りになっているだろうから、結局は一代法華のままであろう。
 何年か前の初夢が、私が80歳になってからモテ期が来るというものだったからね。
 ま、私の今生は、何の生産性も無い人生のようですな。

 閑話休題。
 昨日は休みということもあって、ネット三昧だったと先述した。
 ネットで何を見ていたのかというと、私があまりプレイしていなかった“バイオハザード”シリーズのプレイ動画である。
 私は武器を持って化け物に立ち向かうホラーアクションや、武器を殆ど持たずに化け物などから逃げ回るホラーアドベンチャーが好きで、それが高じて、私の作品“ユタと愉快な仲間たち”シリーズや“アンドロイドマスター”シリーズでも、それを参考にしたアクションシーンを盛り込んでいる。
 “バイオハザード”シリーズは全てやり込んだわけではなく、興味がありながら、プレイする機会を逸してしまったシリーズもある。
 そういうわけで、そのプレイできなかったものに関しては、ネットのプレイ動画を見て、やった気分になるのである。

 初期の“バイオハザード”シリーズで、切っても切れない化け物がゾンビである。
 ここでのゾンビは人間などがウィルスに感染して、生きたままゾンビ化したものである。
 もっとも、医学的にはゾンビ化した状態は死体と同じであるという(『3』辺りで舞台になったラクーンシティ病院の医者がそんなことを書いていたような……?)。
 このゾンビ達、ザコ敵でありながら、確かにゲームの恐怖感を煽る存在として大きい。
 だが、シリーズによって、その怖さに格差がある。
 実は“バイオハザード・アウトブレイク”シリーズを視聴していた時のことだ。
 これはウィルスが蔓延してゾンビの町と化したラクーンシティ市内の、色々な施設をステージとするゲームであり、外伝である。
 本編である『2』『3』の主人公達(猛者である)がバイオハザードたけなわの市内を走り回っている中、猛者ではない普通の一般市民達は何をしていたのかを語ったゲームである。
 なので、時系列は『2』『3』とほぼ一緒。
 本編のゾンビ達はザコ敵でありながら、恐怖を煽る存在として欠かせないものとなっている。
 一方、アウトブレイクの方はというと、確かにムービーシーンなどで、恐怖の演出を行っているのだが、実際ゲームをしてみると……。
 窓ガラスをブチ破って侵入してきたり、ドアをガンガン叩いてこじ開けて侵入してくるなど、確かにその部分は怖いかもしれない。
 だが、半分くらいのゾンビは同じ画面に映っているのにも関わらず、主人公達が少し離れていると、襲ってこないのである。
 ボーッと突っ立っているか、酔っ払いの千鳥足みたいに、あっちへヨタヨタ、そっちへモタモタと適当に歩いているだけ。
 で、呻き声を上げながら近づいてきたと思うと、明後日の方向に向かって行ったりと、はっきり言って、
「オマエは何をしたいんだ?」
 と突っ込みたい、コミカルな動きをするゾンビもいたりする。
 1番面白かったのが、警察署のステージだ。
 ラクーンシティ警察署の中を探索するステージがあり、『2』や『3』に出てきた警察署と全く同じ建物である。
 なので、館内の構造も基本一緒。
 ここも既に一般市民達が入った時にはゾンビの巣窟と化しているし、先述したような怖い演出を行うゾンビ達もいる。
 ところが、その分、面白いヤツもいた。
 是非、私の小説で使いたいくらいだ。
 警察署の1階だったかな。
 そこの廊下に出ると、ドアをドンドン叩いている音がする。
 それは大抵、ゾンビが主人公達の接近に気づいて、潜んでいた部屋の中から廊下に出ようとしているのである。
 で、私は、『主人公達がそのドアの前に差し掛かると、いきなりバァーン!とドアが開けられ、ゾンビ達が飛び掛かって来るシーン』でもあるのだろうと思っていた。
 ところが、違った。
 主人公達がその廊下の突き当りまで行くと、そのドアをドンドン叩いている女ゾンビがいた。
 主人公達が接近しているにも関わらず、その女ゾンビは襲ってこようともせず、何故がドアをドンドン叩いていたのである。
「何やってんだ、オマエは?」
 と、私は全力で突っ込んだ。
 主人公達がかなり接近したところでようやく気づいたのか、そこで呻き声を上げて襲ってこようとしたが、もう後の祭り。
 主人公格3人に、フルボッコにされましたとさw
 で、そんな女ゾンビがドンドン叩く部屋に何かあるのだろうと思って、中に入ってみたが、何にも無かった。
 きっとこの女、ゾンビ化する前から天然だったのだろうなぁと思った次第である。

 怖いながらも、コミカルな演出をしてくれる敵キャラは結構好きです。
 “私立探偵 愛原学”バイオハザードに巻き込まれるなんてやってみようかな……?
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“大魔道師の弟子” 「新人魔女は二重人格?」

2016-06-14 20:15:39 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[6月1日09:00.天候:晴 長野県北部の山間部 マリアの屋敷]

「東京では5月から暑い日が続いていて、もう夏みたいだと藤谷班長からメールがありました」
 稲生は朝食後、大食堂でマリアと話をしていた。
「そうか。師匠の予言では、今後、関東ではダムの貯水量が減って、取水制限が行われるだろうとのことだ」
 マリアが微笑を浮かべて答えた。
「そうですか。今年は空梅雨なんですかね?」
「どうだろうな」
 マリアは首を傾げた。
 マリア自身も予言を行う力は持っているはずなのだが、イリーナと違って、意図的に予言を行うのではなく、予知夢を見るタイプの方である。
 もっとも、イリーナの場合も、人の生き死にに関する予知は夢で見ることの方が多い。
「それより、今日は来客があるから」
「来客?マリアさんにですか?」
「表向きは私だけども、ユウタにも紹介したいってさ」
「ん?誰ですか?」
「エレーナだ」
「エレーナが今さら?」
「ポーリン組に新しい弟子が入ったんだって」
「ええっ、マジですか!?」
「珍しい話だな」
「それより、エレーナの無期限登用休止を解除してあげてもらいたいものですよね」
「まあ、大師匠様がお決めになったことだから。それに……」
「それに?」
「要は、ポーリン師に新たに弟子を取らせる為の出来レースじゃないかとも言われてる」
「? どういうことですか?」
「ポーリン組も、今のところはエレーナしか弟子がいない状態でしょ?」
「ええ」
「ジルコニア達のせいで破門者や無期限謹慎者を何人も出したもんだから、ダンテ一門としては、それに代わる新しい弟子を入れたいそうなんだ。そして入れるとしたら、人数の少ない組の所を優先して……ということだな」
「なるほど……」
「既にアナスタシア組は、何人も新弟子を入れたらしいんだけど……」
「アナスタシア組は、むしろあれ以上増えない方がいいんじゃないでしょうか?」
「……と、アナスタシア組以外のほぼ全員がそう思っている」
 マリアは喉の奥で笑った。
 抑え殺した笑い方ではあるが、そもそも笑う事すらしなかった(できなかった)当初と比べれば、驚くほどの進歩だ。
「やっばり……」
 稲生も笑みを浮かべた。

「で、いつ来るんですか?エレーナ達は?」
「長野方面に配達のついでに来るらしい。『午前中指定』の便があるから、その後で来るってさ」
「正しく、“魔女の宅急便”ですね。その新弟子さんも、ホウキで空を飛ぶのでしょうか?」
「ポーリン組のオリジナル魔法の1つだからなぁ……」
 イリーナ組はホウキには跨らない。
 イリーナ組は、まずは瞬間移動魔法を修得することを旨とする。
 と、そこへ、玄関のベルが鳴らされた。
「おっ、噂をすれば……」
 稲生とマリアは、屋敷のエントランスホールへ向かった。
 2階吹き抜けのホールへ向かうと、既にメイド人形のミカエラが人間形態になっていて、玄関のドアを開けていた。
「こんにちはー」
 入ってきたのはホウキを手にしたエレーナ。
 相変わらず、いつもの魔女の姿をしている。
 魔女と言っても、着ているのは黒いスモッグではなく、エレーナの場合は黒いブレザーに黒いスカート、黒いベストを羽織っているだけで、その下のブラウスは白だし、首に着けているリボンは赤である。
 黒い帽子を被っているが、とんがり帽子ではなく、普通のハットである。
「やっと来たか」
「あれ?エレーナ1人?」
「エヘヘ……そうじゃなくて……」
 エレーナはホウキでトントンと、自分の足元を叩いた。
 すると、エレーナの影に隠れていたらしく、ズズズと上半身が出て来る。
「わっ!?」
 稲生はビックリしたが、マリアはその魔法を知っているせいか、やっぱりといった顔をしただけだった。
 エレーナの影の中から出てきたのは、小柄な少女であった。
 この中では1番背が低い。
「恥ずかしがり屋さんなんだ。ほら、自己紹介して」
 先輩のエレーナにポンと背中を叩かれた少女。
「!」
 薄紫色の髪は腰まで伸びているが、あまり手入れしていないのか、ボサっとしている。
 黒いスモッグを着ているが、やはり性格は明るい感じじゃなさそう。
 下を向きながら、ボソボソと喋る。
「あ、え……私の名前は………リリアンナ・ハーン、です……。り、リリィ……と、呼んでください……。歳は、15歳で、えっと………しゅ、趣味は……薬草栽培と調合……フヒヒヒ……。よ、よろしく………です……」
「わ、私はイリーナ組のマリアンナ・ベルフェ・スカーレット。18歳で魔道師になったのでこの姿だが、実年齢は25だ」
「同じく稲生勇太です。ダンテ一門で、唯一の日本人です。歳は23歳で、宗教は日蓮正宗です。よろしく」
 互いに自己紹介したが、リリィの根暗さに、さすがのマリアもヒいたらしい。
(私が魔道師になった時も、こんな感じだったかなぁ……?)
 と、首を傾げ、稲生は、
(悪いコではなさそうだけど、やっぱり人間時代に何かしら口にできない辛い目に遭ってきたんだろうなぁ……)
 と、思った。

[6月6日14:00.天候:雨 マリアの屋敷1Fリビングルーム]

「6月6日に雨ザァザァ降ってきて♪ですね」
 と、稲生。
「何それ?」
「絵描き歌ですよ。『かわいいコックさん』の」
「そんなのが日本にあるのか」
「まあ……。それより、今日は何かあるんですか?」
「師匠が何かあるそうだ」
 1Fのリビングルームと言えば、マリアが屋敷内で1日の大半を過ごす場所である。
 ここで人形作りをしたり、魔道書を読み漁ったりしている。
 稲生は稲生で東側の自室に籠もることが多いので、実は1つ屋根の下であっても、食事の時以外は顔を合わせることが無いということもある。
 が、今日は違った。
 師匠イリーナが久しぶりにこの屋敷に訪れ、ポーリン組で儀式があるから、それを見学するようにとの指示があった。
 といっても、ポーリン組がわざわざここに来てそれを行うわけではない。
 彼女らは彼女らの拠点があるので、そこで行われる儀式を中継で見せてくれるらしい。
 魔法の回線でもって、リビングルーム内の40インチテレビに映るという。
 どういう回線で、何のチャンネルに合わせられるのかは、あえて聞かない稲生であった。

「……というわけでね、ポーリンが拾ったコ、物凄い魔法薬作りの才能があるってんで、これは久しぶりに不老不死の妙薬ができるかもしれないんだって」
 イリーナが目を細めたまま稲生達に説明する。
「そうなんですか」
「できたら、稲生君にも分けてくれるってよ。本当は弟子入りしたら、それを飲むしきたりなんだけど、ポーリンもヤキが回って、なかなか作れないらしいからw」

〔「こらっ!聞こえてるぞ!イリーナ!」〕

 画面の向こうから、ポーリンがこちらに向かって抗議の声を上げた。
「あーら、ゴメンナサーイ!w」
「それより、例の子……リリィってコは?」
「今、準備してるみたいだぞ」
「そうなんですか」
 と、そこへ、エレーナが画面に出てきた。
「皆さーん!お待たせしましたー!それでは、これより、ポーリン組の不老不死の妙薬作りの儀式を始めたいと思いまーす!期待の新人、リリィが特別にお送りしますよー!それでは、準備ができたみたいですので、どうぞ!」
 大きな釜の前にボンッと煙が巻き起こって、その中から現れたのは……。
「!!!」
「!?」
「おぉ?おでましだねぃ……」

〔「ヒャアッハァーッ!フヒヒヒヒヒヒヒ!アーッハハハハハハハハーッ!」〕

 一瞬、ポーリン組にはもう1人弟子が入ったのかと思うほどに別人の姿をしていた。
 だが、よく見ると、狂った笑いを浮かべて出てきたそのコは、間違い無く、先日こちらに根暗な自己紹介をしてきたリリィに他ならなかった。
 違うのは、地味な黒いスモッグから、デスメタルの衣装のようなものに着替え、メイクもそれをイメージしたド派手のものに変わっていた。
 目つきも、本当に新弟子かと思うくらい、もうそれは“魔女の目つき”になっていた。

〔「マッシュルーム・マジックゥゥゥゥゥゥッ!!」〕

 煮立った釜の中、様々な材料を入れ、メタルでパンクなノリでかき混ぜるリリィ。
 稲生はもちろん、マリアでさえ唖然とした様子で見ていた。
 さすがのイリーナも、目は細めたままだが、
「あー……こりゃまた面白いコが入ったねぇ……」

〔「友達、放り投げてやったぜぇぇぇぇっ!ヒャーハァーッ!そう!これ!これだぜぇーっ!!」〕

「……イリーナ先生、人間時代にやっぱり何かやらかしたコなんでしょうか?」
「あー、そうだねぇ……。ま、ダンテ一門の魔女なんて、人間時代に何もやらかさなかったコの方が珍しいから」

[6月8日15:00.天候:晴 マリアの屋敷・エントラスホール]

「……え、あ、その……私が作った……例の妙法……もとい、妙薬……です」
「あ、ありがとう……」
 薬を届けに来たリリィは、最初の根暗魔女のままだった。
 当然、あのド派手メイクはしていない。
 マリアは瓶に入ったその薬を受け取った。
「報酬は後でうちの師匠から、直接ポーリン師に渡るようになっているから」
「フヒヒ……。それじゃ……また……。よろしく……です」
(二重人格か何かなのかなぁ、あのコ……)
 稲生が近づいても嫌がらないところを見ると、何か性的暴行を受けたとか、そんな感じではないようだが……。
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