[7月26日10:30.東京都内某所 愛原学探偵事務所]
霧生市の事件の後、私達はまず病院に入院した。
霧生市があった県の県庁所在地にある、大きな総合病院だ。
既にその病院にあっては、霧生市の大惨事が未知のウィルス蔓延によるバイオハザードが原因だと分かっていたらしい。
私達はすぐに検査され、ゾンビ化の傾向が無いかどうかを何度も確認された。
だが不思議なことに、感染していた形跡はあったものの、ウィルスが見事に死滅していることに病院関係者は驚愕とした。
そして、あの研究所から持ち出したワクチンの製造方法を病院に引き渡したのである。
1週間の検査入院の後で退院できたが、その後、警察やら公安やらの事情聴取がたまらなかった。
何だ何だ、これじゃゾンビ化しちゃった方が楽だったのかと思うくらい。
さすがに最後にはマシンガンだのショットガンだの撃ちまくっていたなんて証言しようものなら、間違い無く捕まると思った。
だけど、嘘はついちゃいけないなと思い、私は正直に話した。
警察は困ったような顔をしていたが、こういうことも証拠が無いと銃刀法違反とかで逮捕できない。
何しろ、マシンガンなどは持っていなかったのだから。
恐らく警察も、丸腰ではあの町からの脱出は不可能だということは知っていたようだ。
地元の霧生警察が全滅したくらいだからな。
ただ、あの町からの生存者は私達の他にもいて、そんな彼らは私達のように銃を手に入れ、それでゾンビを倒しながらやっと町を出られた人達ばかりだった。
多くの生存者がそれで生還したものだから、私達を含めて全員逮捕できるわけがない。
さすがにここまで来ると、政府も黙ってはいられなくなり、官房長官がテレビで、
「霧生市から脱出してきた者に限り、そこで銃を使ったことに対する罪は問わない」
なんて言い出した。
この事件を受けて、せっかくアメリカ本国から生き残ったアンブレラ・ジャパンも新宿の超高層ビルに入居する本社に家宅捜索が入ったり、業務停止命令を受けたりと社会的信用を失い、そこの株券は紙くず同然となった。
その為、後押しをしていた他の製薬会社も慌てて逃げ出して、アジアで唯一生き残っていたアンブレラはアジアからその存在を消すことになった。
尚、霧生市は今、自衛隊と米軍が共同作戦で化け物達の掃討作戦に当たっている。
当然、町への入口である県道は旧道・新道共に封鎖されている。
実際にバイオハザードの対応に当たったことのある米軍が主導で行っているらしい。
さすがに核兵器で持って焦土と化させるというようなことは、いくら何でも日本で行われることはない。
因みに高木巡査長が追い掛けていた事件だが、一家惨殺事件だったらしい。
忽然と一家全員が行方不明になって、全員が白骨死体となって見つかったそうだから、死後かなり経っているわけだ。
そして、その一家の娘だけが今でも見つかっていない。
調べてみると、その一家が行方不明になった日と仮面の少女が拉致された日がほぼ一致する。
ということは、もしや……。
因みに仮面の少女も一緒に病院に担ぎ込まれたはずたが、いつの間にか病院からいなくなっていた。
さすがに彼女にあっては、民間の総合病院ではダメだと判断されたか。
国家ぐるみで研究対象となったりしてな。
もちろん、私が関係者に彼女の行方を聞いても教えてくれなかった。
どこかで生きていてくれれば良いが……。
曲がりなりにも、人間の少女の姿をしているのだから、政府のモルモットになることだけは避けてもらいたいものだ。
高野氏は自分が所属する新聞社が消滅してしまったものだから、そこと資本関係のあった一般紙の新聞社に自分が溜めておいた取材内容を持ち込んだ。
それは瞬く間に大きく取り上げられ、一般紙だけでなく、スポーツ新聞、更にそこと関係のあるテレビ局やネットニュースにまでなった。
私達もしばらくはマスコミの取材などに追われ、通常営業ができなくなっていた。
それもようやく一段落し、再び事務所で依頼者が来るのを待っていたのだが……。
「先生、ボスから電話です」
高橋はあの事件があっても尚、変わる様子は無かった。
ただ、時折夢の中でゾンビ無双しているような寝言を聞くことはある。
「はい、もしもし。お電話替わりました。愛原です」
{「私だ」}
「仕事の依頼が入りましたか?」
{「うむ。依頼人がまもなくそちらに向かうから、よく話を聞いてやってくれ。以上だ」}
「分かりました」
どうでもいいけど、別にボスからの電話が無くても、クライアントがそのままうちの事務所に来ればいいだけの話じゃ?
そう思っていると、ガラス戸の外側に人影が写った。
「こんにちはー」
「あれ!?」
そこにいたのは高野氏だった。
「お久しぶりー。1ヶ月ぶりかな?」
「それくらいだね」
私は彼女にソファを進めた。
「どこかの新聞社に転職したの?」
「うーん……それなんだけど、なかなかいい所無くって……」
「産経新聞は?一応、自分の愛読紙なんだけど……」
「いや、ちょっとね……。ってことで、まだ無職なの」
「あらま」
「でね、依頼ってのが……」
高野氏は鞄の中から書類を出した。
それは履歴書と職務経歴書。
「お願い!ここで働かせて!事務員でいいからっ!」
「へ!?」
「キサマ……!先生をたらしこんで、骨抜きにするつもりか!そうはイカンぞ!」
高橋は体を震わせ、持っていた湯呑み茶碗を乱暴にテーブルの上に置いた。
「あら?私なら、立派に先生の秘書を務める自信がありますわよ?」
確かに高野氏の履歴書の資格欄には、秘書検定の文字が書かれているが……。
そういう問題じゃない。
人を雇うほど、うちの事務所は儲かっているわけではないのだ。
だが、高野氏のコバンザメのような食い付きぶりに、私は追い返すことができなかった。
そして、それが功を奏した。
何故なら、8月の予定表に、私や高橋の休みが無くなっていたからだ。
マスコミの取材に追われたことで、私の元には依頼が殺到した。
事務所の留守役を雇う必要が出て来て、それに大きく手を挙げたのが高野だった。
今では立派なうちの事務員だ。
そうそう。
そして今、私は大きな依頼を受けている。
それは仮面の少女の肉親を捜してあげること。
調査の過程で彼女の本名も明らかになったし、肉親がどうなったかも分かった。
そして、彼女の居場所についても……。
私は調査結果を自分の机の引き出しにしまい、依頼人である彼女が来るまで、ずっとここに保管することにした。
因みに連絡先や事務所の場所については、既に彼女に自分の名刺を渡しているので、それで分かるはずだ。
彼女はきっと来る。
私は新たな依頼を受け、再び地方に向かいながらそう確信していた。
尚、高橋はゾンビ無双する夢を今でも見るそうだが、私は仮面を着けたあの少女が目の前に現れる夢を見る。
完
霧生市の事件の後、私達はまず病院に入院した。
霧生市があった県の県庁所在地にある、大きな総合病院だ。
既にその病院にあっては、霧生市の大惨事が未知のウィルス蔓延によるバイオハザードが原因だと分かっていたらしい。
私達はすぐに検査され、ゾンビ化の傾向が無いかどうかを何度も確認された。
だが不思議なことに、感染していた形跡はあったものの、ウィルスが見事に死滅していることに病院関係者は驚愕とした。
そして、あの研究所から持ち出したワクチンの製造方法を病院に引き渡したのである。
1週間の検査入院の後で退院できたが、その後、警察やら公安やらの事情聴取がたまらなかった。
何だ何だ、これじゃゾンビ化しちゃった方が楽だったのかと思うくらい。
さすがに最後にはマシンガンだのショットガンだの撃ちまくっていたなんて証言しようものなら、間違い無く捕まると思った。
だけど、嘘はついちゃいけないなと思い、私は正直に話した。
警察は困ったような顔をしていたが、こういうことも証拠が無いと銃刀法違反とかで逮捕できない。
何しろ、マシンガンなどは持っていなかったのだから。
恐らく警察も、丸腰ではあの町からの脱出は不可能だということは知っていたようだ。
地元の霧生警察が全滅したくらいだからな。
ただ、あの町からの生存者は私達の他にもいて、そんな彼らは私達のように銃を手に入れ、それでゾンビを倒しながらやっと町を出られた人達ばかりだった。
多くの生存者がそれで生還したものだから、私達を含めて全員逮捕できるわけがない。
さすがにここまで来ると、政府も黙ってはいられなくなり、官房長官がテレビで、
「霧生市から脱出してきた者に限り、そこで銃を使ったことに対する罪は問わない」
なんて言い出した。
この事件を受けて、せっかくアメリカ本国から生き残ったアンブレラ・ジャパンも新宿の超高層ビルに入居する本社に家宅捜索が入ったり、業務停止命令を受けたりと社会的信用を失い、そこの株券は紙くず同然となった。
その為、後押しをしていた他の製薬会社も慌てて逃げ出して、アジアで唯一生き残っていたアンブレラはアジアからその存在を消すことになった。
尚、霧生市は今、自衛隊と米軍が共同作戦で化け物達の掃討作戦に当たっている。
当然、町への入口である県道は旧道・新道共に封鎖されている。
実際にバイオハザードの対応に当たったことのある米軍が主導で行っているらしい。
さすがに核兵器で持って焦土と化させるというようなことは、いくら何でも日本で行われることはない。
因みに高木巡査長が追い掛けていた事件だが、一家惨殺事件だったらしい。
忽然と一家全員が行方不明になって、全員が白骨死体となって見つかったそうだから、死後かなり経っているわけだ。
そして、その一家の娘だけが今でも見つかっていない。
調べてみると、その一家が行方不明になった日と仮面の少女が拉致された日がほぼ一致する。
ということは、もしや……。
因みに仮面の少女も一緒に病院に担ぎ込まれたはずたが、いつの間にか病院からいなくなっていた。
さすがに彼女にあっては、民間の総合病院ではダメだと判断されたか。
国家ぐるみで研究対象となったりしてな。
もちろん、私が関係者に彼女の行方を聞いても教えてくれなかった。
どこかで生きていてくれれば良いが……。
曲がりなりにも、人間の少女の姿をしているのだから、政府のモルモットになることだけは避けてもらいたいものだ。
高野氏は自分が所属する新聞社が消滅してしまったものだから、そこと資本関係のあった一般紙の新聞社に自分が溜めておいた取材内容を持ち込んだ。
それは瞬く間に大きく取り上げられ、一般紙だけでなく、スポーツ新聞、更にそこと関係のあるテレビ局やネットニュースにまでなった。
私達もしばらくはマスコミの取材などに追われ、通常営業ができなくなっていた。
それもようやく一段落し、再び事務所で依頼者が来るのを待っていたのだが……。
「先生、ボスから電話です」
高橋はあの事件があっても尚、変わる様子は無かった。
ただ、時折夢の中でゾンビ無双しているような寝言を聞くことはある。
「はい、もしもし。お電話替わりました。愛原です」
{「私だ」}
「仕事の依頼が入りましたか?」
{「うむ。依頼人がまもなくそちらに向かうから、よく話を聞いてやってくれ。以上だ」}
「分かりました」
どうでもいいけど、別にボスからの電話が無くても、クライアントがそのままうちの事務所に来ればいいだけの話じゃ?
そう思っていると、ガラス戸の外側に人影が写った。
「こんにちはー」
「あれ!?」
そこにいたのは高野氏だった。
「お久しぶりー。1ヶ月ぶりかな?」
「それくらいだね」
私は彼女にソファを進めた。
「どこかの新聞社に転職したの?」
「うーん……それなんだけど、なかなかいい所無くって……」
「産経新聞は?一応、自分の愛読紙なんだけど……」
「いや、ちょっとね……。ってことで、まだ無職なの」
「あらま」
「でね、依頼ってのが……」
高野氏は鞄の中から書類を出した。
それは履歴書と職務経歴書。
「お願い!ここで働かせて!事務員でいいからっ!」
「へ!?」
「キサマ……!先生をたらしこんで、骨抜きにするつもりか!そうはイカンぞ!」
高橋は体を震わせ、持っていた湯呑み茶碗を乱暴にテーブルの上に置いた。
「あら?私なら、立派に先生の秘書を務める自信がありますわよ?」
確かに高野氏の履歴書の資格欄には、秘書検定の文字が書かれているが……。
そういう問題じゃない。
人を雇うほど、うちの事務所は儲かっているわけではないのだ。
だが、高野氏のコバンザメのような食い付きぶりに、私は追い返すことができなかった。
そして、それが功を奏した。
何故なら、8月の予定表に、私や高橋の休みが無くなっていたからだ。
マスコミの取材に追われたことで、私の元には依頼が殺到した。
事務所の留守役を雇う必要が出て来て、それに大きく手を挙げたのが高野だった。
今では立派なうちの事務員だ。
そうそう。
そして今、私は大きな依頼を受けている。
それは仮面の少女の肉親を捜してあげること。
調査の過程で彼女の本名も明らかになったし、肉親がどうなったかも分かった。
そして、彼女の居場所についても……。
私は調査結果を自分の机の引き出しにしまい、依頼人である彼女が来るまで、ずっとここに保管することにした。
因みに連絡先や事務所の場所については、既に彼女に自分の名刺を渡しているので、それで分かるはずだ。
彼女はきっと来る。
私は新たな依頼を受け、再び地方に向かいながらそう確信していた。
尚、高橋はゾンビ無双する夢を今でも見るそうだが、私は仮面を着けたあの少女が目の前に現れる夢を見る。
完