写真上はらっきょうの唐辛子漬け「水晶らっきょう」、写真下は「香辣醤」と「湯池老醤」。いずれも宜良の市場にて(2010年夏撮影)。写真左はらっきょうの唐辛子漬け「水晶らっきょう」、写真右は「香辣醤」と「湯池老醤」。いずれも宜良の市場にて(2010年夏撮影)。
「醤」は豆板醤の雲南版。様々な「醤」があるが、なかでも「湯池老醤」は雲南でも人気が高い。宜良の近くにある陽宗海、別名「湯池」は文字通り、湯の沸く池。いまでは温泉ホテルとそれに隣接するゴルフ場もある観光地にもなっている。この池の熱水と清水の混ざる部分がとくに、地元の新鮮な唐辛子に合うとして地元の人がよく醤の原料に使っていた。なかでも明の崇禎年間(1628年から1644年・崇禎帝は明代最後の皇帝)に趙家に伝わる醤が有名だった。清朝になってこの趙家伝来の醤が宮廷献上品の調味料となり、一気に名を挙げ、現在まで続いている、という。
【「火鍋」店から入院?】
雲南では10年ほど前から四川や重慶などの激辛地区からやってきた唐辛子をベースにした真っ赤に煮えたぎる「火鍋」料理が人気で(日本にも上陸しており、予約でいっぱいという人気店も出ています。日本では居酒屋の上ランクのような店ですが、雲南ではファミレスのような位置でお手軽です。)、冷え込む季節が続くと、家族連れなどで大繁盛します。そんな時に新聞を飾るのが
「真っ赤な火鍋料理の食べ過ぎで胃腸がただれて、病院に駆け込む患者が急増!」
の記事。お年寄りが病院の廊下で点滴を受けている写真も添えられています。若いころから食べ慣れていないお年寄りを中心に、体が受け付けなくなるほど、日本の常識では考えられないはまり方をしてしまうのです。
前々回にご紹介した本『トウガラシ讃歌』によると、唐辛子の辛み成分カプサイシンには、適度の量なら体の発汗を促し、脂肪の蓄積を抑える効果がある一方で、多量に摂取すると胃粘膜がやられてしまう、ことが実証されています。また唐辛子を食べ付けると、より刺激を求めて多量に摂取したくなる「唐辛子中毒」ともいえる現象についても言及されています。どうやら、唐辛子の持つこれらの性質が、冬の雲南で病院へと人々を走らせてしまう、というわけです。
【辛さはお好みで、が雲南流】
ただ雲南では、四川省や湖南省のように辛さを追求する、というよりは、さわやかな香りをも楽しむ傾向がまだまだ強いように感じます。
臭豆腐の粉唐辛子和え、太刀魚や川魚を唐辛子でまぶしたもの(若干、酸味がある。)、粉唐辛子をまぶして発酵させた、真っ赤な味噌(市場でも10種類以上はタッパーや瓶に盛られている)、らっきょうのとうがらし浸け・・・など、雲南には数多くの唐辛子まぶし保存食があります。
唐辛子が雲南の食卓に欠かせないのは、今や常識ですが、いずれも、ごはんの友としてちょっとずつ使ったり、スープに一かけ混ぜたりする程度で、家によって使う程度も変わり、辛さの調節は自由自在。唐辛子は「旨み」を引き出すためのアイテム、という使われ方です。
また四川や重慶由来の「火鍋」店は別格として、普通の雲南の鍋店なら、スープは肉のガラや魚でとったコクのある白湯(バイタン)スープで刻み唐辛子や、唐辛子の油漬け、など店によって、それこそ秘伝のざまざまなものを取り皿に各々入れて、各自で味の調合ができるようになっています。
そう、まだまだ雲南では誰もが唐辛子味に慣れている、という前提での調理にはなっていないのです。だから、日本人の私でも違和感なく食べられるものが多いのです。
【唐辛子ロード】
『 唐辛子の文化誌』によると、中国では唐辛子を使った食事をよく食べるのは四川省と湖南省で、その地域で食べられている仮説の一つとして、次のように挙げています。
「これらの地域にはシルクロードとして知られるようになったビルマ(現ミャンマー・筆者注)国内の陸路を通じて、かつて絹をインドのトウガラシと、その他の香辛料とを交換していたということがある。」
雲南は、まさに四川―ビルマルートの通商路、この仮説から考えると唐辛子ロード上に位置します。唐辛子文化の半端ではない奥深さは、そのあたりの歴史にも潜んでいるのかもしれません。
(雲南のとうがらし、おわり)
*とうがらしの回、おわりです。最後は長めになりましたが、長文を最後までお読みくださり、ありがとうございます。