雲南、見たり聞いたり感じたり

雲南が中心だった記事から、世界放浪へと拡大中

中国の酒・パイチュウ編8 「東方見聞録」2

2016-11-25 17:22:18 | Weblog
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写真上はイタリアの水の都・ヴェネチアの有名なリアルト橋。この近くにマルコ・ポーロの生家があると『地球の歩き方』に記されているので必死に探す。だが、迷路のような街で、すぐ運河で行き止まりに。写真下はおそらく、地図上のマルコ・ポーロの生家のはずなのだが。

【ブドウ酒は「飲むとすぐに酔う」か】
「東方見聞録」は、イタリアのジェノバで戦争捕虜となったヴェネチア出身のマルコ・ポーロが1298年同じ牢屋にいた騎士道物語作家のルスケッロ・ダ・ピーサに語り聞かせたもの。1271年に一家で東方へと旅立ち、1295年に帰国。当時のイタリア各市の争いの中で捕らえられたのだった。

ところで東方見聞録は、書かれた13世紀当初からたいへん人気があり、すぐにイタリア各地の言葉のみならずラテン語、フランス語に翻訳され写本も多く作られました。

前回のものは最初期のオリジナルと見られる写本(A)の翻訳です。もう一つ、1932年にトレドで発見されたセラダ稿本(B)と呼ばれる写本があります。
 
セラダ稿本(B)は(A)とほぼ同じながら、いろいろな箇所がより具体的で、他の写本には見られない記事を大量に含み、その分量は全体の3分の1以上に及びました。しかもその後の検証で独自記事は、どれも当時の歴史に照らして信頼できるたしかなものであるとされたのです。(※1)
大発見でした。こちらの方が、よりオリジナルに近いのではないだろうか、いや、後世の筆が書き加えられたところもある、と言われる本です。

この二つの稿本を見比べると、このお酒の酔わせ方の描写が違っています。セラド稿本では次のように描写されています。

「米を食べ、米からとてもおいしく透明な飲み物を作る。これは飲むとすぐ人を酔わす。」

前回の写本(A)の「『葡萄酒と同じように』人を酔わす」に比べて、セラド稿本(B)のほうが強いお酒のように思えます。葡萄酒で「飲むとすぐに酔う」という書き方は少しへんですね。

セラド稿本この部分は、後世の筆の箇所なのでしょうか。それともオリジナルなのでしょうか。

※1マルコ・ポーロ/ルスティケッロ・ダ・ピーサ『世界の記 「東方見聞録」対校訳』高田
英樹訳(名古屋大学出版会、2013年)より。本文の「東方見聞録」の引用はすべて上記の書籍に基づく。

(つづく)
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中国の酒・パイチュウ編7 「東方見聞録から1

2016-11-19 13:39:51 | Weblog
写真は、シーサンパンナの蒸留装置の大筒のような樽の底部。このように下側は緩く編んだざるのようになっていて、一ヶ月ほど発酵させた穀物が落ちないように、かつ、下からの熱気と蒸気は通す構造となっている。

【蒸留酒? 醸造酒?】
現在でこそ、雲南の農村部での主流は蒸留酒ですが、以前はどうだったのでしょう? 
元のフビライハーンの時代の中国を語ったマルコ・ポーロの『東方見聞録』には現地の飲食物がかなり具体的に描かれています。
じつは通説では、マルコ・ポーロは雲南には立ち寄っていないので、又聞きで信用できない(たとえば、「日本は黄金の国・ジパング」として描写されたように)と、いわれていますが、近年の時代考証では、雲南については相当数、当時の実情を踏まえていることがわかってきたので、取り上げます。

さて、今の四川省西昌市
(雲南省の北部は、馬の鞍の背のようにたわんでいて中央部が南側にへこんでいるが、そこに四川省が突き出た部分にある:原文は「Gaindu」建都)
の記述には、

「(建都は)葡萄酒も葡萄畑もないが、多くの香味料で小麦や米の酒を造る。とても美味しい飲み物だ

と書かれています。

昆明(原文は「Iaci」)での描写でも、酒を飲んだ感想が出ています。
現在の昆明の様子とも重なるので、少し長めに引用します。

「商人や職人がたくさんいる。[人々は]何種類もおり、マホメットを崇拝する者、偶像崇拝者、それにわずかだがネストリンのキリスト教徒がいる。麦と米が豊富にあるが麦のパンは食べない、この地方では体によくないからである。米を食べ、香味料とで米の飲み物を造り、とても美味しく澄んでいて、葡萄酒と同じように人を酔わす。今から言うようなお金を持っている、白いタカラ貝、海中に見付かり、犬の首につけるあれ、を使い(以下略)」

昆明では米と何らかの香味料で酒を造り、建都では小麦や米に多くの香味料で、澄んだお酒をつくっているようです。
 たとえば日本でも人気のある(私の大好きな)ベルギービールの「ヒューガルデンホワイト」がコリアンダーやオレンジピールを入れることで口当たりをフルーティーでさわやかに仕上げているように「香味料」で風味を出している、ということでしょう。

 いずれ大都、昆明、いずれの記述からも美味しいお酒だったということはわかります。ですが、この記述だけでは焼酎のような蒸留酒か、日本酒やビールのような醸造酒か断定
はできません。
 ですが、とっかかりはありそうです。

 たとえば「葡萄酒と同じように」酔う。ここから考えられるのは醸造酒ではないかということ。

もし蒸留酒だったらアルコール度数がまったく違うので、比較するお酒の種類が違ってくるか、たとえば「ピリピリしたり、口の中が熱くなったり」といった反応や酔い方について驚きの記述が入ってくると思うのです。

また「澄んだお酒」という記述からはどぶろく(濁り酒)ではなく、ちゃんと漉した醸造酒なのでしょう。日本酒や紹興酒と違って、香味料が入っているところが華やかですね。
次回以降、数回にわたって、より歴史の真実にせまっていきます。細かいお話になりますが、よろしかったらおつきあいください。
(つづく)
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中国の酒・パイチュウ編6

2016-11-05 16:15:22 | Weblog


写真上は景洪の市場の片隅で見かけたトウモロコシ主体の酒の蒸留器。濃厚なトウモロコシの甘い香りが漂っていた。下はその市場に買い物に来ていたタイ族仏教寺院のお坊さん。子ども達は一度は出家させられるらしい。

【雲南各地に小さな蒸留酒メーカーあり。だが・・】
景洪の市場にいっても、パイチュウを醸造していました。
たまたま見かけたのはトウモロコシが主体でした。

ほかにソバ、ヒエ、粟、甘藷、コウリャン、大麦、ハダカ麦など、様々な雑穀からパイチュウが作られていました。それを竹筒に入れて、長い間、貯蔵する民族もいます。

パイチュウは理論上では何度も蒸留を繰り返すと最終的に純度100%のアルコールになりますが、その代わり風味はなくなり、どの原料から作っても同じ酒にたどり着きます。

このあたりの蒸留は1,2回なので度数は20数%から50%ほどです。

できたてのパイチュウをおじいさんからいただいたのですが、ピリッと辛くて、舌がしびれてしまい、いかにもアルコール、というお味。香りは、独特の軽さがあって、なんとも気持ちがよくなるものでした。

雲南ではパイチュウは、このように農村の家庭でも作られるほか、雲南各地の中小の酒造会社でも数多く作られています。

大きいところでは、大理の鶴慶乾酒が、かつて乾隆帝も喜んだ酒として知名度を保っていますが、ただ、雲南省のどこに持って行っても手みやげで喜ばれるのは、雲南産の酒より、四川の有名メーカーのもの。

五粮液 剣南春 水井坊 瀘州老窖などは、入れる箱も赤に金や銀が入った中国好みのきらびやかな装丁で、値段も雲南産の5~10倍違いました。

ここぞというところにうかがうときに、それらの専属販売店で購入し(ニセモノも出回っているのでこれは重要)、差し上げると目の色が明らかに違っておりました。
もちろん、ふところは痛みます。
(つづく)

※次回の更新はお休みします。
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