昆明の中心を南北に流れる盤龍江脇で、繁盛する徳勝橋豆花米線店。
【豆花米線でつかんだ昆明ドリーム】
この店を経営する楊美準さんは、昆明精神(アメリカンドリームのようなものらしい・・。)の体現者として尊敬を集める昆明の有名人です。
若いころ、3人のわが子を育てるために豆花を三輪自転車で売り歩き、1980年代にこの場所に店を構えました。店は評判を呼び、今では3つの分店を出すほどになりました。
そこまではよくあるサクセスストーリーなのですが、ここからがすごい。その売り上げから数万元、数十万元の単位で雲南省に数多くある貧困県の子供たちに寄付し続けているというのです。この姿が、拝金主義が横行する現代において人々の胸を捉えているようです。
店内で豆花米線を頬張っていると、いやでも目に入るのが
「豆花米線の創始者にして民間芸術家・楊美準」という大きな赤い垂れ幕と、柱ごとに飾られた派手な舞台衣装に身を包んだ女性のプロマイドと、数カ所に設置されたテレビ画面。
その日は実際に昔の富豪の家でロケしたという、富豪でしいたげられた娘さんの京劇風の悲劇オペレッタが上映されていました。むちゃくちゃお金のかかっていそうな舞台のなかに一人、派手な服を着たおばさんがまじっているなあ、と思ったら、店内のプロマイドと同じ顔。つい最後までみてしまったら、画面に「警告、無断複製および勝手な上映を禁ず」と出て、のけぞりました。
これを複製したりする人がいるのだろうか、と。その画面の人こそが、言わずと知れた楊さんなのでした。彼女は雲南、四川、貴州省で民間の歌舞から発展した花灯劇の愛好家という一面もお持ちなのです。じつにバイタリティにあふれた人ですね。
帰りがけにレジの前で剥げたおじさんが楊さんのDVDを買っている姿を目撃し、深い感慨に耽ったのでした。
(いつもお読みくださり、ありがとうございます。次回は小鍋米線をご紹介します。)
【豆花米線でつかんだ昆明ドリーム】
この店を経営する楊美準さんは、昆明精神(アメリカンドリームのようなものらしい・・。)の体現者として尊敬を集める昆明の有名人です。
若いころ、3人のわが子を育てるために豆花を三輪自転車で売り歩き、1980年代にこの場所に店を構えました。店は評判を呼び、今では3つの分店を出すほどになりました。
そこまではよくあるサクセスストーリーなのですが、ここからがすごい。その売り上げから数万元、数十万元の単位で雲南省に数多くある貧困県の子供たちに寄付し続けているというのです。この姿が、拝金主義が横行する現代において人々の胸を捉えているようです。
店内で豆花米線を頬張っていると、いやでも目に入るのが
「豆花米線の創始者にして民間芸術家・楊美準」という大きな赤い垂れ幕と、柱ごとに飾られた派手な舞台衣装に身を包んだ女性のプロマイドと、数カ所に設置されたテレビ画面。
その日は実際に昔の富豪の家でロケしたという、富豪でしいたげられた娘さんの京劇風の悲劇オペレッタが上映されていました。むちゃくちゃお金のかかっていそうな舞台のなかに一人、派手な服を着たおばさんがまじっているなあ、と思ったら、店内のプロマイドと同じ顔。つい最後までみてしまったら、画面に「警告、無断複製および勝手な上映を禁ず」と出て、のけぞりました。
これを複製したりする人がいるのだろうか、と。その画面の人こそが、言わずと知れた楊さんなのでした。彼女は雲南、四川、貴州省で民間の歌舞から発展した花灯劇の愛好家という一面もお持ちなのです。じつにバイタリティにあふれた人ですね。
帰りがけにレジの前で剥げたおじさんが楊さんのDVDを買っている姿を目撃し、深い感慨に耽ったのでした。
(いつもお読みくださり、ありがとうございます。次回は小鍋米線をご紹介します。)