サウジアラビアの秘かな動き(2)
「前置き抜きで用件だけ手短に話す。」父親の声がいつもより重々しい。
「先日ワシントンから申し入れがあった。今日から3日後の月曜日早朝、イスラエル戦闘機3機がイランに向かって我が王国とイラクの国境線上空を飛行するそうだ。」
イスラエルがイランの核施設を攻撃すると言う噂が世界中のマスコミをにぎわせており、トルキ王子はこれまで半信半疑であった。それがついに現実のものとして彼の前に突きつけられ、彼は緊張した。
「彼らはナタンズを狙っている。米国政府はイスラエルの攻撃を認め、我が国に対して3機の飛行を黙認しろ、と言ってきた。」
国防相は息子の動揺を無視するかのように電話の向こうで淡々と話し続けた。
「それで我々にどうしろと言うのですか?」
「国王、内相と外務大臣と俺の4人で話し合った。」
国王は国防相と二つ違いの異母兄であり、内相は国防相の実の弟である。そして外務大臣はこれも異母兄である故第三代国王の遺児、つまり甥ということになる。国防相、内相、外相はいずれも30年以上も同じポストにおり、サウジアラビアの防衛と治安と外交を握っている。それはとりもなおさずサウド王家一族の体制を守ることでもあった。
「我々は米国の要請を受け入れることにした。3機は夜明けごろお前の基地の北方を通過するはずだ。そいつらは黙って見過ごせ。」
「イスラエル機が我が領空を侵犯するかもしれないと言うのにそれを見過ごせと言うのですか? どうして撃墜しないのですか?」トルキ王子は高ぶる気持ちを抑えきれずに父親に問い返した。
彼の肩に止まっていた愛鷹「スルタン号」が思いがけない主人の大声に驚いて羽をばたつかせた。王子は自分の鷹に父親の名前をつけていた。これは敬意の意味合いと同時に、日頃頭の上がらない父親に対する彼一流の茶目っ気の意味もあった。「スルタン号」が獲物を取り逃がした時など「スルタンの役立たずめ!」とか「このろくでなし!」などと罵詈雑言を浴びせては溜飲を下げるのであった。
(続く)
(この物語は現実をデフォルメしたフィクションです。)