「国境の南」作戦(3)
「最初に我々が見逃した3機はどうなるのでしょう。」
誰しも薄々わかっているはずのドラマの結末を聞きたがった。
「イスラエル空軍はイラン空軍より格段に優れている。戦闘機もパイロットもだ。だから彼らは目標を爆撃しイランの領空を無事脱出するだろう。」
「しかしその時彼らは親鳥が迎えに来られないことを知る。彼らには帰投するだけの燃料は無い。燃料が底をつき次第に弱る仔鳥たちの運命がどうなるのか。それはアラーのみがご存じであろう。インシャッラー。」
司令官の言葉に笑う者は誰もいなかった。イスラエルが自分たちの作戦の罠にはまったことに快哉を叫びたい気持だった。しかしその一方で敵とは言え彼らも自分たちと同じパイロットである。任務を遂行したにもかかわらず燃料切れで帰投できず、アラビア上空をさまよった挙句、砂漠か海に不時着することは間違いない。それを想像すると笑ってすますことなどできなかった。パイロットとしての奇妙な仲間意識とでも言うのであろう。
トルキ王子は椅子に座ったまま腕を組んで目を閉じた。突然目の前の電話の呼び出し音が室内に響きわたり全員に緊張感が走る。王子が受話器を取り上げると、タブーク空軍基地司令官の声が飛び込んできた。サウジアラビアの北西にあるタブーク基地はイスラエルを監視する要衝の地にあり、最新鋭のレーダーとコンピューターを積み込んだ早期警戒機AWACSが配備されている。タブーク基地司令官が早口気味に状況を伝えてきた。
「午前7時○○分、イスラエル空軍給油機1機と護衛の2機がヨルダン領空を通過中。○○分後にわが国とイラクの国境上空に達する見込み。3機の高度○○フィート、速度○○kmh。以上。」
「了解」
「作戦の成功を祈る。」
二人の司令官の間で短いやりとりが交わされた。
受話器を握りしめながらトルキ王子は目の前の副司令官に目配せした。それに応えて副司令官が軽くうなずく。王子は受話器を置くと立ちあがって言った。
「直ちに作戦行動に移れ。」
飛行服に身を固めた攻撃隊長以下9名のパイロットが椅子から反射的に身を起こすと王子に最敬礼し、ドアに向かって走った。彼らの背中に力強い王子の声がとぶ。
「任せたぞ!」
パイロット達は後ろ向きのまま右手を上げて部屋から駆けだして行った。
(続く)
(この物語は現実をデフォルメしたフィクションです。)