3.今後懸念されるいくつかの問題
アブドルアジズ王子のエネルギー相としての力量はこれからの活躍次第であるが、彼の前には三つの大きな問題が立ちはだかっている。 それは(1)異母弟ムハンマド皇太子との関係、(2)OPEC及びロシアを含めたいわゆるOPEC+(プラス)の舵取り、そして(3)石油と政治が絡みあう国際政治力学の中での米国、ロシアあるいはイランとの駆け引き、の三つである。
アブドルアジズとムハンマドは異母兄弟であり25歳の年齢差がある。異母兄弟の関係は微妙でありサウド家でも第五代ファハド国王の子息の間で遺産相続を巡るお家騒動があり、また北朝鮮の金正恩体制では陰惨な義兄暗殺事件が発生していることで分かるように問題のないほうが珍しい。AbSとMbSの関係がいずれ破綻することはほぼ間違いないと思われる(義兄のAbSが義弟のMbSに完全に服従すれば話は別だが)。父親のサルマン国王はそのような事態を恐れてMbSに権力を集中させようとしている。エネルギー・鉱物資源省をエネルギー省に改編し、AbSの管掌を石油に限定し、さらにこれまで一体運営してきたアラムコをエネルギー省から切り離したのはその一つの表れであろう。
サルマンとしてはMbSに次期王位を継がせ、さらにはMbSの息子へと男子直系相続の道を開き、サウド王家(実質的にはサルマン家)の安定的な専制君主体制を維持することが悲願であろう。傲岸不遜、独裁的として内外から警戒されるMbSはむしろemotionalでpedanticと言われるAbSよりも体制維持の目的に適っている。サウド家の権力闘争の中で権謀術策により国王の地位を勝ち取ったサルマンだからこそMbSを皇太子に据えたはずである。そのような見方に立てば、エネルギー相は早晩MbSと気脈を通じる彼と同世代の石油テクノクラートに交替するであろう(あるいはMbSの実弟ハリド・ビン・サルマンの可能性もある)。いずれにしろ異母兄AbSに勝ち目のないことは明らかである。
次にOPEC及びロシアを含めたOPEC+(プラス)の舵取り問題を見ると、現在原油価格は60ドル/バレル前後(ブレント)で推移している。一般的にはOPEC+の生産調整が奏功していると考えられているが、OPEC各国の生産量を見ると、実際には米国の禁輸措置によりイランの生産が不振を極め、あるいはベネズエラに対する米国の経済制裁と同国の内政の混乱、そしてリビアの内戦が大きな要因でありOPEC+の協定による生産調整の結果ばかりとは言い切れない。実際、イラクは増産しており、非OPECのロシアもコミットした削減を引き延ばしてきたのが事実である。世界の需給関係を見ると、米国はシェールオイル・ガスの増産を続け、今や世界一の石油・天然ガスの生産国になっている(BPエネルギー統計による[1])。一方需要面では米中貿易摩擦により世界景気に後退の兆しが見え、石油価格は今後下落するとの予測が少なくない。このような環境下でサウジアラビアの真価が問われているが、AbSが強力な指導力を発揮できるのか疑問なしとしない。
石油と国際政治はこれまでも密接に絡みあっていたが、今やサウジアラビアは米国、ロシア、イランとの複雑な合従連衡の関係を解きほぐしつつ、唯一の財源である石油収入の最大化を図るという難しい課題を背負っている。米国の軍事支援なしではイエメンをめぐるイランとの代理戦争に勝てないサウジアラビア。ロシアとはOPEC+(プラス)で石油価格維持を目指しながらも、米国に気兼ねしてロシアとの距離感に悩むサウジアラビア。宗教国家イランを最大の脅威と見なし世俗絶対王制の維持に必死のサウジアラビア。産油国家としてロシア、イランと利害を共有する一方、米国の石油産業の動向に神経をとがらせるサウジアラビア。軍事外交面ではサウジアラビアは米国に唯々諾々と従い、イエメンで泥沼に陥っている。地域問題では対イラン制裁の旗振り役を担っているが、シリアではロシアとイランが地歩を固めるなど守勢一方である。このようにサウジアラビアは米国、ロシア及びイラン各国と時に応じて手を結び、一方では各国をけん制する綱渡り外交を強いられている。
エネルギー相のAbSもこれらのジレンマ、トリレンマから無関係ではいられない。国際会議の席上でpedanticな言動を弄するだけでは問題は解決せず、遅かれ早かれ馬脚を現す恐れが大きい。AbSがエネルギー相として君臨するのはさほど長期間とは思えないのである。
以上
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荒葉一也
Arehakazuya1@gmail.com
[1] レポート「石油・ガスの生産と消費で米国が四冠:BPエネルギー統計2019年版石油+天然ガス篇」参照。
http://mylibrary.maeda1.jp/0479BpOilGas2019.pdf