(注)本レポートは｢マイライブラリー」で一括してご覧いただけます。
http://mylibrary.maeda1.jp/0542GhosnInBeirut2021.pdf
裁判で保釈中のカルロス・ゴーン元日産自動車CEOが2019年12月に中東のベイルートに逃亡してから2年近くが経った。その手口があまりにも鮮やかであり、世界中の耳目を集めたのは周知のとおりである。逃亡先のベイルートはかつてのフランス植民地であり、風光明媚な自然としゃれた町並みから「中東のパリ」と呼ばれている。うち続く内戦のためかつての賑わいはないが、今も人気の観光地である。
ゴーンはトルコのプライベートジェット機で関西空港から不法出国、イスタンブールを経て大晦日にベイルートに到着、正式パスポートで堂々と入国した。保釈中のためパスポートは裁判所に取り上げられていたが、フランスのパスポートとレバノンの身分証明書で入国したと伝えられている。
ゴーンはブラジル生まれベイルート育ち。レバノン人は商才に長け古くからフェニキア商人と言われて世界に雄飛しているが、ゴーンの祖父もブラジルに移住、そこで孫の彼が生まれた。フランスの大学を卒業後、仏ミシュランに入社、ブラジル工場で頭角を現し、1966年、自動車メーカー ルノーの上級副社長にヘッド・ハンティングされた。こうした経歴を通じてレバノン、ブラジル、フランスの3カ国の国籍とパスポートを所有することになるのである。
彼が逃亡先にベイルートを選んだのはもちろん父祖の地であったことが最大の理由であろうが、レバノンと日本との間に犯罪者引渡条約が無いことも大きかったであろう。フランスとブラジルは日本との間には引渡条約があるからである。世界最大級の日産・ルノー自動車グループのトップに躍り出たゴーンは祖国レバノンで人気が高く、若者に英雄扱いされている事実も指摘しておきたい。
彼は妻とともにベイルート市内にある警備厳重な自邸に入った。この豪邸ももとはと言えば日産CEO在任中に会社が彼に貸し与えたものであり、不正経理問題の一つとして会社側が明け渡し請求をしていた物件である。しかし日本の司法権が及ばず「盗人猛々しい」と歯ぎしりしても後の祭りである。
実力者ゴーンは帰国早々アウン大統領に面会、大統領から歓迎の言葉を受けたと言われる(但し大統領府は面会の事実を否定している)[1]。次に彼は逃亡を正当化する自己弁護を展開した。過酷な検察尋問や妻と面会できないことなど、日本での扱いがいかに非人道的であったかを声高に訴えたのである。日本における容疑者の扱いが厳しすぎるとの海外の評価は一部メディアでも報じられてきたが、彼はそれを逆手に取り、レバノンの大衆に訴えたのである。こうしたアピール作戦が一段落すると、彼はレバノン国内の活動に乗り出した。そのころ悪化しつつあったレバノン経済を復興するためとしてエグゼキュティブ・トレーニング事業を始める、と発表したことなどはその一つである[2]。
しかしゴーンの身辺も次第に暗雲がかかり始めた。日本からベイルートまで彼を送り込んだトルコのジェット機会社のパイロットが裁判にかけられた[3]。また彼の逃亡劇をサポートした元グリーンベレー隊員父子は米国から日本に引き渡され、現在裁判中である。フランス政府もベルサイユ宮殿での結婚式費用など会社経費不正流用の疑いで尋問官をベイルートに派遣している[4]。
(続く)
本件に関するコメント、ご意見をお聞かせください。
荒葉一也
[1] Ghosn met Lebanese president after fleeing Japan: sources
20201/1 The Peninsula
[2] ‘Make yourself invaluable’: Carlos Ghosn offers executive training in troubled Lebanon
2020/9/29 Arab News
https://www.arabnews.com/node/1741721/middle-east
[3] Turkey sentences three to jail over Ghosn escape
https://news.kuwaittimes.net/website/turkey-sentences-three-to-jail-over-ghosn-escape/
2021/2/24 Kuwait Times
[4] French judges question fugitive former Nissan exec Carlos Ghosn in Beirut
https://www.arabnews.com/node/1867781/middle-east
2021/5/31 Arab News
