藻谷浩介 「デフレの正体」読了
昨今は日銀のインフレ誘導で物価が少しずつ上がってきている(燃料だけのような気がするが・・・)ようだが、去年まではデフレの時代が長く続いていた。
このデフレ、景気循環の流れではなく、団塊の世代の高齢化が引き起こしているのだというのがこの本の趣旨だ。
バブル崩壊後も団塊の世代はまだ現役だったから消費は伸びていた、その後、団塊の世代を含め、高度経済成長の恩恵を一番受けた世代が現役を引退しだした直後から不景気の波が押し寄せてきたのがその証拠だと論破している。
合理化によって消費財の生産効率はどんどん上がっているが、消費は伸びないから余った商品がダンピングされデフレの元凶になる。これがデフレの正体だ。
今後も人口、特に生産年齢人口と呼ばれる15歳から65歳の人口はどう考えてもふけることがないから、このままでは日本の経済はシュリンクしていくしかない。
それを回避するには、高齢者から若者世代への所得移転、女性の就労と経営参加、インバウンドの受け入れ、を挙げている。
インバウンドはなるほどと思うが、高齢者の所得移転はどうだろう、著者の理想的な提案として、年金制度から共済制度による相互扶助が語れているがそのような性善説が今の日本でまかり通るのかははなはだ疑問だ、女性の経営参加についても、自分の会社の方々を見ているとそんなことをしたらどんどん会社が潰れていってしまうぞと思える、海外とはまったく違う能力差ではないのだろうか。(ウチの会社だけなのかもしれないが・・)
だから著者もそれをしっかり認識しているから、里山資本主義という考えを生み出したのではないだろうか。
生きてゆくいくつかの部分は地元での地産地消でまかない生活を維持してゆく。経済成長はマイナスしてもかまわない。
僕もそれが理想だと思う。
山や海、その恵みから生きてゆく糧を得る。僕もそうありたいと願っているからだ。
しかし、今の資本主義はそれを許さない。マスコミもそうだろう。スポンサーは消費をしてもらうのが前提の企業ばかりだ。そんな社会が著者の意見を大きく取り上げるわけがない。
実現しようとすれば、宮崎駿が総理大臣になって、風の谷のような生き方をしようではないかとでも唱えないとムリだろう。
そういう意味では、これからの日本は経済成長に無縁の社会とひたすら消費による快楽を求める社会との二極化がもっと進むのだろう。わずかにその二極が接しながら国のバランスを保つ社会だ。
そのとき、僕は前者のほうで余生をまっとうしたいものだ。
昨今は日銀のインフレ誘導で物価が少しずつ上がってきている(燃料だけのような気がするが・・・)ようだが、去年まではデフレの時代が長く続いていた。
このデフレ、景気循環の流れではなく、団塊の世代の高齢化が引き起こしているのだというのがこの本の趣旨だ。
バブル崩壊後も団塊の世代はまだ現役だったから消費は伸びていた、その後、団塊の世代を含め、高度経済成長の恩恵を一番受けた世代が現役を引退しだした直後から不景気の波が押し寄せてきたのがその証拠だと論破している。
合理化によって消費財の生産効率はどんどん上がっているが、消費は伸びないから余った商品がダンピングされデフレの元凶になる。これがデフレの正体だ。
今後も人口、特に生産年齢人口と呼ばれる15歳から65歳の人口はどう考えてもふけることがないから、このままでは日本の経済はシュリンクしていくしかない。
それを回避するには、高齢者から若者世代への所得移転、女性の就労と経営参加、インバウンドの受け入れ、を挙げている。
インバウンドはなるほどと思うが、高齢者の所得移転はどうだろう、著者の理想的な提案として、年金制度から共済制度による相互扶助が語れているがそのような性善説が今の日本でまかり通るのかははなはだ疑問だ、女性の経営参加についても、自分の会社の方々を見ているとそんなことをしたらどんどん会社が潰れていってしまうぞと思える、海外とはまったく違う能力差ではないのだろうか。(ウチの会社だけなのかもしれないが・・)
だから著者もそれをしっかり認識しているから、里山資本主義という考えを生み出したのではないだろうか。
生きてゆくいくつかの部分は地元での地産地消でまかない生活を維持してゆく。経済成長はマイナスしてもかまわない。
僕もそれが理想だと思う。
山や海、その恵みから生きてゆく糧を得る。僕もそうありたいと願っているからだ。
しかし、今の資本主義はそれを許さない。マスコミもそうだろう。スポンサーは消費をしてもらうのが前提の企業ばかりだ。そんな社会が著者の意見を大きく取り上げるわけがない。
実現しようとすれば、宮崎駿が総理大臣になって、風の谷のような生き方をしようではないかとでも唱えないとムリだろう。
そういう意味では、これからの日本は経済成長に無縁の社会とひたすら消費による快楽を求める社会との二極化がもっと進むのだろう。わずかにその二極が接しながら国のバランスを保つ社会だ。
そのとき、僕は前者のほうで余生をまっとうしたいものだ。