イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

舵の修理と庭木の剪定と悪天候

2017年11月11日 | Weblog
このひと月、休みのたびに天気が悪い。10月の4連休は全滅だったし、今日も雨は降っていないけれども北西の風が強く吹いている。一昨々日の休みは風はなかったものの、朝から雨が降っていた。次の休みもまた雨が降るらしい・・・。
とりあえずそれでも港には行ってみる。
昨日、やっと船の舵を診てもらえることができたのだ。僕はステムポンプが寿命を迎えしまったと思っていたが、梶棒の周辺のどこかが錆びついてしまっているとのことだった。いつも修理をお願いしているタカシさんからの電話では一度梶棒を抜かないといけないので工場のそばの岸壁まで船を運んで来いとのことで、これは大事だと思っていたら、10分ほど後に再び電話があり、なんか軽くなってきたから一度感触を見てくれとのこと、どこをどうしてくれたのかがわからないのだが、ものすごく軽くなっていた。中古で買った船だがその当初よりも軽くなっている。これでスパンカーを立てた時でも椅子に座ったまま片手で舵輪を回すことができる。



重い時の写真と見比べてもどこが変わったのかがわからない。これはもう、タカシさんマジックというほかはない。

タカシさんは今年、御年77歳だそうだ。ご本人は引退をしたくて仕方がないそうだが、修理の依頼が引きも切らないので辞められないのだそうだ。だから今回の修理も依頼をしてからひと月後になってしまった。僕だけではなく、みんな修理の依頼は工場に電話をするのではなく、直接タカシさんの携帯に電話をする。この人の腕を見込んでのことだが、こんな歳までたくさんの人たちに必要とされているというのは羨ましいとしか言いようがない。だから修理がこんなに遅れても誰も文句を言わない。ご本人は体力的にも相当きついと思うがあと10年は頑張ってもらいたいところだ。

午後は庭の植木の選定作業。
毎年、植木屋さんに頼んで剪定をしてもらってはいるが、それがもったいない。ウチの家族は僕を含めて庭の木を眺めてまったりするものなど誰一人としていない。そんなものに1万5千円もかけるのは無駄だ。いっそのことすべて伐採してハーブでも植えておいた方がいいのではないかと思うのだが、40年ほど前というとそれがどんな家であろうとも庭らしきものがあった。それにどれだけの意味やステイタスがあったかどうかは別にして庭には木が植わっていた。多分ウチと一緒で庭を見て癒されている人などほとんどいなかっただろうけれでどもやっぱり庭があった。高齢化が進んで、ウチの近所でも剪定をしないので森のようになった庭の家が少なからずある。しかしまあ、無駄ではあるのだが、それに疑問を持たなかった時代のほうが暮らしやすかったのではないかと思いながら述べ3日をかけてバッサリやってやった。



もう、無茶苦茶な切り方だが誰も真剣に見ることもないのだからどうでもいい。特に松は叔父さんが言うように、素人が切ってはいけないというのは本当だ。切れば切るほど変な形になっていく。おまけに松は切っちゃうとあまり枝が伸びて来るものではないので不格好なままになってしまうし、知らない間に枝が枯れてしまっていたりする。
ただ、光が入ってなんとなく庭が明るくなった。これからも森化しないようにだけのために伐採し続けるだけだ・・・。
コメント
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