外国で一時的個人的無目的に暮らすということは

猫と酒とアルジャジーラな日々

イエメン旅行(4)カートとこぶとり爺さん

2011-09-21 00:06:57 | イエメン


イエメンと聞いて、カートを思い浮かべる人は多いと思う。

出発前にカイロの酒屋で、これからイエメン旅行に出ると告げたとき、酒屋のおっちゃんは、「おっ、じゃあカートが試せるね!」と目を輝かせ、片頬をぷうっと膨らませて、カートを噛む真似をしてくれた。
以前読んだ、イギリス人作家Paul Tordayのイエメンをテーマにした愉快な小説「Salmon Fishing in the Yemen」の裏表紙にも、「No Qat, No party」というキャッチフレーズが入っていた。どうもイエメンとカートは切っても切れない関係らしい。

では、カートって、一体なんでしょう?

カートというのは、一見お茶の木みたいな、なんの変哲もない緑色の植物で、葉っぱが枝付きのまま束ねられ、ビニール袋に入れて売られている。カート専門のカート市場もあるが、普通のスーク(市場)や、その辺の道ばたの売人からも買える。
この生葉のエキスには、麻薬のような、緩い覚醒作用があるといわれていて、噛みつづけていると、だんだん効果が現れるらしい。意識が覚醒してハイになるということだが、逆にうっとりと気だるくなって眠たくなる、という説も聞いた。アルコール類の手に入らないイエメンにあって、男たちの日々の気晴らしのための、重要な嗜好品なのである。前述の古いロンリー・プラネット(齢14歳)によると、その昔、イエメン男たちは寄り集まって、カートを噛みながら商談を交わしたり、大事な話をしたりするのが慣わしで、地域や部族における重要な社交行為であったようだ。今ではもうその習慣はすたれ、個人で、または親しい友人たちと、娯楽として楽しむようになったと聞いた。イエメンといえども、時代の流れに沿って、社会の変容がみられるのだね。田舎のほうではまだカート・社交が行われているのかもしれないけど。

私がサナアから乗り合いバス(というか、乗り合いトラック)に乗って、タイズという街に旅をしたとき、運転手が途中で車を止め、路上のカート売りのお兄ちゃんからカートを買っていた。カートは新鮮さが命なので、吟味する目が真剣である。じっと観察する私の視線に気づくと、運転手は「This is yemen whiskey!」と言って、にやっと笑った。

私もイエメンに来たからには、ぜひこのカートを試してみなければ!という義務感(?)に駆られ、着いた翌日さっそく買いに行った。カート売りの男たちはサナア旧市街のそこら中にいて、道ばたにカートの入ったビニール袋を広げ、道行く人に声をかけている。私が物欲しそうにじろじろ見ていると、「500リアルだよ」と値段を教えてくれる。500リアルというと、現在のレートで180円くらいだが、去年はもっと円安だったような気がする。イエメンの物価水準を考えると、けっして安くはない。初めて買うモノについては、まず値段の相場を調査することにしているので、とりあえず買わずに、もう少し見まわったが、値段はどこもあまり変わらないようだった。結局最初から2人目の売人のところで購入、小さめの袋で400リアルした。値切ってみたけど、「これは上等の品だから」とまけてくれなかった。ち。

カートの売り買いは男だけの世界なので、女で、外国人で、ジーパンとTシャツ姿、と三拍子揃っている私がカートを買うのは、周囲の人々の注目の的だったが、あまり気にならなかった。中東で一人旅をしていると、じろじろ見られるのにも慣れてきて、なんとも思わなくなるものだ。

話題はそれるが、私はイエメンに来る前、「イエメンに行くんなら、ヒジャーブで髪を覆って、アバヤ(体の線をすべて隠す、ゆったりとした女性用上着)を着たほうがいいよ、そのほうが嫌な思いをしなくてすむから」と、複数の人から忠告を受けた。それについて少し考えたが、普段と違う格好をするのは、自分を偽るようでなんだか不本意だし、それにいつもと同じ格好で出歩いたらどんな目に遭うのか確かめたい!という好奇心もあったので、結局ヒジャーブもアバヤも着用しないことにした。2週間の滞在中、一度もセクハラに遭わず、せいぜいじろじろ見られるだけだったので、なんだ、やっぱり必要なかったんじゃん、心配して損した(大して心配してなかったくせに)!と自信を持ったが、同じような格好をしていてセクハラに遭った人もいるようなので(後ろからオシリを触られるとか)、単に運がよかっただけかもしれない。もともと私はセクハラに遭いにくいタイプ、のような気がするが。

サナアで、私は友人の学校の寮に滞在していた。共有スペースの台所で友人と二人で夕食をとった後、いそいそと冷蔵庫からカートの袋を取り出し、枝から1枚葉っぱをちぎって噛んでみる。……ニガイ。あおくさい。なんだか、青虫みたいな味(青虫を食べたことはないが)。顔をゆがませながら、我慢してひたすら葉っぱをちぎっては噛み、ちぎっては噛み……しかしなんの効果も感じられない。どうも沢山噛まないと効果がないらしい。噛んだ葉っぱは吐き出さず、頬の内側に溜めることになっているが、慣れていない身には、これが結構難しい。頬を膨らませた妙な顔で、ひたすらカートを噛むのである。やがて歯とあごが疲れてきたので、終わりにした。結局イイキモチにはならなかった。1日だけではだめで、2,3日続けて噛まないと効果が出ないそうなので、翌日も念のため試してみたが、やはり苦いばかりでなんの効果も感じられなかったので、あきらめて残りは捨ててしまった。もったいないことだが、しょうがない。私はやっぱり、酒のほうがいいぞ。




夜、外を出歩くと、カートで片頬を膨らましたイエメン男たちの姿が見られる。頬をぷっくり膨らませた、時代劇の男たちが闊歩する、イエメンの夜。

「そうなのよ、夜になるとこぶとり爺さんたちが現れるのよ」と友人はしたり顔でうなずく。実際彼らの頬袋は、溜め込んだカートでぽっこりと膨れていて、まるでこぶとり爺さんのようなのだ。あのこぶが大きければ大きいほど偉いらしい。毎日膨らませているせいで、頬の皮膚が伸びてしまい、中にカートを入れていないときは、たるんで皺になっている。この頬袋はイエメン男の遺伝形質に入っちゃったのかも。ラマダーン中なので、日没以降しかカートをやらないが、それ以外の時期は昼間もやっているらしい。

カートの栽培には多量の水を必要とするので、水不足に苦しむイエメンにとって、深刻な問題となっているようだ。ウィキペディアによると、なんとイエメンの農業用水の40%がカート栽培に使用されているらしい。
そしてカートの価格の高さは、農家を潤す一方で、貧しい一般家庭の家計を圧迫している。男たちは普段昼過ぎから延々とカートをやっているので、当然労働効率も落ちる。それに気づいた政府が、テレビなどで反カート・キャンペーンをはったりして、カート消費量を減らそうと努力していたようだが、あまり効果はなかったのは明らかである。そりゃそうだ。失業率が30%とか40%とかいうこの国で、しかもアルコールがないのに、他になにで気晴らしをすればいいというのか?私がイエメン男なら一日中カートを噛んでるぞ、きっと。女の人はどうやって気晴らしをしているのかしら?やっぱり普遍的な女性の気晴らしである、「おしゃべりと甘いもの」かしら?

私が今興味を持っているのは、今年1月から始まったイエメンの革命運動は、この国のカートの生産・流通・消費状況にどのような変化をもたらしたか、である。案外全然変化がなかったりして。カートを噛みながら反政府デモ、カートを噛みながら弾圧、カートを噛みながらテロ活動、そして何事も起こらなかったのごとく、カートを生産する農民たちを思い描いてうっとりする…。ああ、愛しのイエメン。
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イエメン旅行(3)ジャンビーヤという名の三日月刀

2011-09-15 01:43:46 | イエメン


イエメン男たちが腰に差している三日月刀は、ジャンビーヤという名前である。
ガイドブック(1996年版のロンリープラネット)によると、ジャンビーヤはイエメンだけでなく、アラビア半島の他の地域でもみられる伝統的な男性用装身具であり、本人の職業や出身部族での地位などによって、形の曲がり具合や、腰に差す位置が微妙に異なるらしい。つまり社会的機能を備えているのだ。

腰に刀を差してる人がいっぱいいる!江戸時代みたい!「切捨て御免」だったらどうしよう!と、最初私はびくびくしていたが、友達の話では、鞘の中の刀には実は刃が付いておらず(または付いていても研がれていない)、トマトさえ切れない、ということなので安心した。豆腐くらいなら無理やり切れるだろうけどね。要するにこれは、純粋な飾りなのである。後にジャンビーヤ屋さんで、実際に確かめる機会を得たが、やっぱり刃がなかった。値段は忘れたが、帯とセットで購入しても、数千円だったと記憶している。お土産に手ごろな値段である。そりゃそうよね、すごく高かったら、イエメン人に買えるわけないもんね。

しかし腰にこんなものをぶら下げていたら、重いんじゃないだろうか。それに、短刀とはいえ、用を足すときに邪魔にならないのか?
気になったので、帯刀者にさりげなく質問してみたが、「別に重くないし、トイレでもぜんぜん邪魔じゃない」との返事であった。まあ毎日のことで慣れているから、気にならないのだろう。

先端がくいっと曲がった、どこかコミカルな形状といい、体の正面にぶら下げるところといい、ジャンビーヤは「男根の象徴」以外の何者でもないと思うのだが、さすがにそれについてイエメン人に質問するのもはばかられ、そのままになってしまったのが、少し心残りである。
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イエメン旅行(2)時代劇の男たち、黒子の女たち

2011-09-07 00:33:08 | イエメン
サナアの国立博物館(だったと思う)の係員たち。無理に頼み込んで写真を撮らせてもらったが、一人はうつむいてしまった。


イエメンは時代劇の国である。
それが証拠に、男たちが腰に刀を差している。

サナア空港に降り立ち、空港の出口を出ようとしたとき、そこに集まった出迎えの人々の姿を見て、私はウッとひるんで、その場でしばらくかたまってしまった。ちょっとちょっと、この人たち腰に刀を差してるよ!ここはどこ?今は何時代?

その刀は短めで、先っぽがひょいと一方に折れ曲がった、アンティークな三日月刀だった。幅広の革のベルトに挟んで、体の正面にぶら下げられている。薄汚れた白いワンピースのような長衣の上に、濃い色のブレザーを羽織り、肩に刺繍入りのスカーフを掛けている男が多い。長衣ではなく、ワイシャツにズボン姿の男もいるし、格子柄の薄い布を腰に巻きつけた、「巻きスカート男」も大勢いる。スコットランド人みたいでなかなかラブリーだ。シリアやエジプトなどの他のアラブ諸国では、刀を腰に差した男などみたことがなかったので、最初は心底驚いたが、見慣れてくると、これが当たり前のように思えてくるから不思議である。2週間後にエジプトに戻ったとき、エジプト男性がTシャツとジーパンなどという、ありきたりの服装をしているのを見てつまらなくなり、イエメンに逆戻りしたくなったくらいだ。

出迎えの人だかりの中には、もちろん女性たちの姿もあった。彼女たちはゆったりした、体のラインを隠す黒い上着で全身を覆い、同じく黒い布で頭部や顔を覆っていて、外に露出しているのは、目の部分だけである。イエメン女性はほぼ例外なくこの格好で外を歩いていて、誰が誰か区別がつかない。人形浄瑠璃の黒子がいっぱい道を歩いてる、というかんじである。こう書くと、不気味そうに聞こえるかもしれないが、実際にはそんなことは全然ない。伝統社会のルールに従って、こういう保守的な格好をしているものの、中身はあけっぴろげで活発な女性たちで、外国人にも積極的に話しかけてくるし、うちにご飯を食べにいらっしゃいと気軽に誘ってくれるのだ。

男たちも女たちも、みんな小柄で痩せている。ビンボウで発育が悪いのだろうか。女たちは顔が見えないからよくわからないが、男たちは肌がかなり浅黒く、髪の毛がくりくりとカールしていて、エチオピア人やエリトリア人などの、東アフリカの人々に近い印象を受ける。考えてみたら地理的に言って、イエメンはあの地域にすごく近いのだった。海を隔ててはいるけれど。イエメン人に比べたら、シリア人などはずっと肌が白く、背も高い。アラブ人と一言で言っても、多様なのである。

悪いけど、イエメンでは、ハリウッド映画の主役級を演じられそうな人は一人も見かけなかった。人生の「勝ち組」になれそうな要素が、彼等の遺伝子にはひとつも組み込まれていないかのよう。強引な遺伝子操作でもしないかぎり、イエメン人はこの世界の「その他大勢」「負け組み」であり続けるのだろうか、と思ったが、そこまで言ったら失礼かしら・・・?でも実は、私はこういう外見が好みなので、眼の保養(?)が出来てご満悦だった。イエメンには、小さい人たちがいっぱいいて、ちょこまかと動き回っていて、非常に愛くるしい!

そして、イエメンでは子供の姿がやたらに目立つ。石を投げたら必ず子供に当たる気がするくらいだ。人口の約50%は15歳以下の子供だという統計を、新聞で読んだことがある。発展途上国なので出生率が高く、子供の数が多いのだろうが、それにしても人口の半分というのは相当である。そんなわけで、イエメンの路上はどこも、遊んでいる子供たちで満ちあふれているのだった。



子供も多いが、猫も多い。猫達の多くは、イエメン人と同じく、やせっぽちである。ゴミ漁りに精を出したり、日向ぼっこをしたり、片隅で猫会議を開いたりして、いつも忙しそう。子供だらけで猫だらけ。これ以上なにを望むものがあろうか?(あえて言えば酒かな・・・)

このように、時代劇の男たちと黒子の女達と子供と猫の国は、私のハートの、かなり狭いストライクゾーンを直撃したのであった。イエメンを訪れた人の多くは、帰った後、イエメン病にかかるという。私も例外ではなく、カイロに戻った後も、しばらくは軽い恋わずらい状態が続いた。忘れっぽい性質なので、2週間くらいでけろりと治っちゃったけどね。

コメント (2)
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