産後約6週間たった7月下旬のある日、ファーティハがまた行動を起こした。
子猫を全員連れてどこかへ引っ越してしまったのだ。
毎日むくむく育っていく子猫たちの姿を見るのは楽しかったが、同時に悩ましくもあった。
猫6匹を飼う甲斐性は、私には確実にない。
エサ代も相当かかるだろうし、まだまだ子猫だから手間だってかかる。
彼ら(彼女ら)が成長したら子供を産んで、その子供がまた子供を産んで、そのまた子供が・・・
とか考えだしたら、くらくらと気が遠くなってくる。
ううむ、これからどうしよう・・・?
そんな私の悩みは、ファーティハの取った決断(英断?)により、あっさり解消してしまった。
あるお天気のいい休日、私はドアを開け放して家の掃除をしていた。
ドアを開けておくと子猫が外に出るかもしれないが、それはそれでいいんじゃないかと考えたのだ。
もうだいぶ大きくなったのだし、そろそろ外の世界を知る頃合だろう。
案の定、なかでも好奇心が旺盛な子猫が2匹、おそるおそる外に出て家の前をうろちょろしだした。
雑草の匂いを嗅いだり、落ちているゴミに触ったりしている。
子猫の新世界発見である。
しばらく掃除に専念し、終わってから居間にいる子猫を数えたら4匹しかいなかった。
あれ、4匹?
ドアの外に子猫の姿はない。
最後の1匹ちゃんは一体どこへ行ったのか。
ファーティハは子猫の不在に気がついて、玄関口で騒ぎ出した。
家の周りをぐるぐる歩いてみたが、子猫の姿は見つからない。
まだそんなに遠くに行けるわけもないし、うちの庭にいるはずなのだが・・・。
念のため家の中も探し回ってみたが、いくら探しても見つからなかった。
ファーティハは残りの子猫たちのそばに戻って、不穏な面持ちをしていた。
その30分ほど後のことだった、ファーティハが引越しを開始したのは。
引越しの流れは出産直後のときと同じ。
子猫を1匹くわえて窓から出ていき、数分後に戻ってきて次の子猫を運んでいく、これの繰り返しである。
ただ以前と違ったのは、今回は昼間だったことだ。
外が明るいので、今回は私も庭に出て様子を観察することができた。
ファーティハは1匹目を連れ去ったあと、少ししてから戻ってきて、庭から窓の中の子猫たちに向かって「まああ~」と妙にくっきりした声で号令をかけた。
そして、まるで催眠術にかかったかのように大人しくなった子猫をくわえ、お引越しの続きを遂行する。
最後の1匹を運び去るファーティハを、私は尾行した。
庭に出入りする白猫「しろさん」も、もう一匹の茶トラ「ひめさん」(このどちらかが子猫たちの父親ではないか、と私は疑っている)も、事の成り行きを見守っている。
すでにかなり成長した子猫を引きずるようにしながら、ファーティハは庭の塀をなんとか飛び越え、隣のアパートの二階のバルコニーへ入っていった。
そこが最終的な落ち着き先なのか、そのあと別の場所へ移動したのかは不明である。
とにかく彼女の行き先は、以前出産後に1週間過ごした場所だろうと、私は想像した。
全員運び終わったあとしばらくして、ファーティハはひとりで戻ってきて、何事もなかったかのようにエサをねだった。
これが、私が子猫たちの姿を見た最後である(たぶん)。
最後の1匹の行方も結局不明なままだ。
どこか安全な場所で無事に成長し、元気に暮らしていればいいのだが・・・。
数日後の朝方、夢うつつで猫の声を聞いた気がした。
ぼんやりした頭で起き上がり、窓から覗いてみたら、あの子猫たちのうち2匹が家の前にいた。
しばし眺めてから、ふと我に返って玄関へ出てドアを開けたが、もう彼らの姿はない。
仕方ないので二度寝した。
再び起きてから思い返すに、記憶が靄に包まれていてはっきりしない。
あれは夢だったのだろうか?
連れ去られる前の子猫 何かを予感してるかのように怯えている
目撃猫1・ひめさん
窓の外から、居間にいる子猫たちに号令をかける
すっかり従順になった子猫をくわえて移動する
目撃猫2・しろさん
決意に満ちた目で重荷を運ぶ姿に惚れ直した
隣りの建物へ向かって、塀をジャンプする直前