外国で一時的個人的無目的に暮らすということは

猫と酒とアルジャジーラな日々

イエメン旅行(1) 旅の下準備編

2011-08-21 16:38:53 | イエメン
サナア近郊の観光名所、ダール・ル・ハジャル(石の家)



思い返せば去年の8月後半、つまりちょうど今の時期、私はイエメン共和国の首都サナアに、2週間の観光旅行に行ったのだった。元来忘れっぽい性質なので、あれから一年のあいだに、旅の思い出は記憶の地層の奥深くに沈んでしまったのだが、完全に忘れてしまう前にちょいと頑張って、無理やり掘り起こしてみようと思う。

そもそもなんでイエメンに行くことにしたんだっけ・・・?

当時私はエジプトのカイロに住んでいた。
カイロの夏は暑い。しかもなぜか湿気がある。もちろん日本には遠く及ばないが、カイロも意外に蒸し暑くて、室内にいてもじんわり汗をかくのである。やることもなくアパートの自室に引きこもって退屈し、暑さにうんざりしていた私は、イエメンに避暑に行くことを思いついた。天気予報でみると、サナアの最高気温はせいぜい20度くらい。涼しそうじゃないですか!サナアには日本人の友人が留学して、アラビア語を勉強しているので、久しぶりに彼女に会うのも楽しみだった。

イエメンではアルコール類の製造・販売がご法度である。
そのせいで、今まで私はイエメンを敬遠していた。酒の飲めないところなんて、行きたくないもん!
しかし、おりしもラマダーンである。
カイロでは普段酒に困ることはないが、ラマダーンの間だけは酒屋が閉まるのだ(酒屋のおっちゃんたちによると、そういう法律があるらしい)。それに備えて、いちおう私はビールやアラク(アニス風味の蒸留酒)を買いだめしておいたのだが、とても1ヶ月もちそうにない。エジプトで禁酒もイエメンで禁酒も同じこと、2週間病院に入院したと思って我慢して、我慢できないこともなかろうよ。
というわけで、私は今回この問題には目をつぶって、思い切って出かけることにしたのだ。


イエメン旅行に必要なものはなんでしょう?

日本人がイエメン共和国に入国するには、ビザが必要である。
以前はサナア空港到着時に簡単に取れたらしいが、治安が悪化したせいか、それができなくなっており、出発前にカイロのイエメン大使館で取っておく必要があった。ビザ申請には日本大使館からのレターが必要なので、まず日本大使館に行く。
イエメンに観光旅行に行きたいので、ビザ申請に必要なレターをくださいな、と窓口で頼むと、「えっ、・・・イエメンですか?あの、外務省から注意勧告が出ているのはご存知ですよね?」と係りの男の人は微妙に顔を曇らせ、外務省危険情報ファイルのイエメン共和国のページを開き、私に差し出す。

もちろん私はご存知だった。
イエメンは日本と違って、治安の良さを自慢にしている国ではなく、どちらかというとその逆である。「十分に注意してください」という一番ゆるい注意勧告ですんでいるのは、首都サナアと南部の都市アデン周辺、それにソコトラ島だけで、残りの地域は「渡航の是非を検討してください」、「渡航の延期をお勧めします」など、より厳しい勧告が出されている。北部でシーア派の一派・ザイーディのホウシ軍と、政府の間で激しい戦闘が行われていたのは記憶に新しいし、それ以外にも、身代金目当ての外国人の誘拐、南部での独立運動、アルカイダの支部の活動(詳細は不明だが)など、不安材料が盛りだくさんなのである。

とはいえ、前述の友人によると、サナアにいる限り大丈夫らしいので、私はあまり心配していなかった。結局私は日本大使館で、「イエメン共和国に関して、外務省から注意勧告がいっぱい出ているのを承知のうえで、物好きにもわざわざ旅行します」という(ような趣旨の)文書にサインさせられたうえ、「サナア以外のところに足を踏み入れません」と一筆書いた。翌日ようやくレターを受け取って、その足でイエメン大使館に向かう。イエメン大使館では、意外に(失礼)効率よく事務が行われているようで、その翌日にはつつがなくビザを受け取ることができた。

その3日後、私はエジプト・エアでアラビア半島の南の果ての国、イエメンへ飛んだのだ。


今現在のイエメンに関する危険情報はというと・・・
イエメンでは今年の1月に反体制運動が始まり、日本領事館はサナアから撤退してしまったそうだ。カイロのイエメン大使館でも、今ではビザの発給を受け付けていない。
日本外務省の海外安全ホームページのイエメンの地図を見ると、全土がまっかっかに塗られており、渡航延期・退避勧告が出されている。どうやら去年行っておいて正解だったようだ。
ちなみにシリアの地図も今ではまっかっかで、全土に渡航延期・退避勧告が出されている。私が住んでいたころは平和そのものだったのに・・・。
中東で危険な国というと、アフガニスタンとイラクがまず思い浮かぶが、意外にイラクは全域が真っ赤ではなく、退避勧告や渡航延期勧告が出ていない地域が複数存在する。アフガニスタンのほうは完全にまっかっかだけどね。




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「けっこう嫌な思い出」の夏の効用

2011-08-14 17:20:31 | 日記
カイロのダハブ・ホステルで見つけた仔猫。ダハブ・ホステルは猫だらけであった。


毎日暑い日が続いている。これはアフリカより暑いんじゃなかろうか。
昼間外を歩こうものなら(特に3時頃が山場)、熱気とアスファルトの照り返しで蒸し焼きになりそうだし、夜もなかなか気温が下がらず、湿気をたっぷりと含んだなま暖かい空気のなかで、じっとり汗をかきながら、陸揚げされた魚のように、床に横たわって煩悶することになる。おそるべし、日本の夏!

先日図書館で借りて読んだ、川上弘美の「東京日記3 ナマズの幸運。」の28ページに、彼女の編み出した、オリジナルな「暑さ対策」が載っていた。それはこんな具合である。

「八月某日 晴れ 
暑いので、昔の嫌な経験を、できるだけたくさん思い出す。嫌な経験の反芻は、体表の熱を奪うからである・・・(以下略)」

ただし、いろいろある嫌な思い出の中でも、「真に嫌な思い出」は、体の中心をかっと燃え立たせるのでいけない、「けっこう嫌な思い出」だけを思い出すように注意深く努める、と筆者は但し書きをつけている。

昔の「けっこう嫌な経験」を思い出すだけで涼しくなるなんてステキ、ぜひ私も試してみたいと思い、ここに書き連ねてみることにした。

<真夏のサバ事件>
私がまだいたいけな少女だった頃(だと記憶している)。
ある日母が台所から、大声で私たち姉妹を呼んだ。何事かと思って行ってみると、サバの切り身が入った白い発砲スチロールのトレーが、食卓の上に置いてある。母が「よく見てごらん」と嬉しそうに言うので、近づいてラップ越しに観察すると、なにか動くものがある。それはサバの表面を出たり入ったりする、無数の小さなウジムシだった。買ったサバの切り身を冷蔵庫に入れるのを忘れて、放置していたらこうなった、と母は目を輝かせて語った。彼女は虫が大好きなのである。

<ハムスター共食い事件>
小学生の頃、私はハムスターを二匹飼っていた。
ハムスターは可愛いらしい小動物だが、毎日餌(ひまわりの種など)をやり、ケージを掃除するのは結構面倒である。生来の怠け者でいいかげんな私は、よく餌をやるのをさぼっていた。
そんなある日、朝起きたとき、なんとなく不吉な気配を感じて、ハムスターを見に行くと、片方のハムスターの頭がなく、首の辺りの赤い肉を露出させて横たわっていた。もう一方のハムスターは落ち着きがなくうろうろしている。その毛皮には血のような赤い染みがある。ハムスターという動物は、ときどき共食いをする習性がある、と後に知った。
頭のないハムスターの死体を、私は新聞紙にくるんで、自転車で近所の公園の片隅に埋めに行った。共食いした方のハムスターは案外長生きして、後に老衰で死んだ。

<歯医者と唾液事件>
これも子供の頃のこと。
近所の歯医者さんで、虫歯の治療をしてもらっているとき、先生が「この子、ツバすごいわ~」と助手の女の人に言った。

<ニンジン縦切り事件>
これは大人になってからのことだが、実家で料理をしていて、ニンジンをまな板の上に垂直に置いて、包丁で切ろうとしたら、包丁がずりっと滑って、人差し指を切ってしまい、血が吹き出たことがある。それを見た父親が、「あっほやなあ、ニンジンは横に寝かして切るもんやでえ」と馬鹿にした。もっともな話だが、怪我人に対してそんな言い方はないだろう、とむっとしていたら、父親は重ねて、「セロテープ貼っとけばいいんや。わしはいつもそうしてるでえ」と言った。ということは、父親もしょっちゅう指を切っているということになる。似たもの親子ということか?

この他にも、私の「かなり嫌な思い出」はたくさんある気がする。いまちょっと思い出せないけど。川上弘美も、「ほんとにまあ、ずいぶんたくさんの『けっこう嫌な思い出』にまみれて人は生きているのだなあと、感心する」と書いている。

反芻しているうちに、ホントに暑さが少しやわらぐ心地がした。つまり、これは実際に有効な暑さ対策なのである。ただし、涼しくなると同時に、気分がちょっとブルーになるという副作用があるのも否めない。人生ってむつかしいわね。
冬になったら、「真に嫌な思い出」を反芻して、寒さ対策に効果があるか、試してみたい。

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海外で作る、こだわりの和風料理

2011-08-08 01:37:02 | グルメ
記事に関係ないけど、アンマンのゴミ捨て場の猫


海外にいるとき、私は非常に限られた食材で、しかもそうとう手抜きをしながら和食まがいの料理を作って食べていた。外国でもしょうゆだけは簡単に、安く手に入るが、それ以外のものは手に入りにくいか、入っても割高なので(みりんの小瓶が1000円とか)、食費をけちっていた私には買えず、自分で買うのはしょうゆだけで、あとはときどき友人たちが分けてくれるもの(味噌とか、だしの素とか鰹節など)を使うくらいであった。

以下に、当時作っていた料理のレシピ(というほどのものでもないが)をいくつか挙げてみよう。「こだわりの」と書いたが、こだわっているのはもちろん味に、ではない。料理が美味しいか否かよりも、もっと大事な問題が世の中には存在する。それは、いかに手抜きして作るか、である。

(1) マグカップ味噌汁
これは友人にだし入り味噌をもらったとき飲んでいた。
味噌を少量マグカップにいれ、お湯を注いでかき混ぜる。これだけ。これは簡単すぎて料理とも呼べない。日本に住んでいるころは、味噌汁は鍋で作らなきゃいけないと信じ込んでいて、一人前だけ作るときでも、いちいち鍋にお湯を沸かして具をゆがき、そこに味噌を溶かしていた。でも具を入れなければ、別に鍋を使う必要はないのだ、と海外で暮らし始めてようやく悟ったのである。だし入り味噌がなければ、味噌にだしの素を加えればよい。
<バリエーション>
・酢を加える。こうすると、梅干を入れたときのようにさわやかな味になる。ホントよ。
・味噌を濃い目にとき、砂糖を少々入れると、「飲む味噌煮」っぽい味(?)になる。
・卵をおとす。小腹がすいたときに最適!
*卵以外の具は入れてはいけない。ネギを刻んだり、豆腐やワカメを入れたりすると、作るのにも食べるのにも手間がかかって、本来の道に外れる。
*味噌がないときは、コンソメスープの素で代用する。もちろん味は違うが、細かいことは気にせず、味噌汁を飲んでいるつもりで飲めばよい。代用品クッキングには、想像力が必要なのだ。

シリアに留学していた頃、留学生仲間の大学生がある日、「ごはんにしょうゆをたらして、これは納豆ご飯だ、と自分に言い聞かせながら食べたら、本当に納豆ご飯の味がするんですよ~!」と目を輝かせて報告してくれた。海外に住む日本人はこのようにして日々想像力を磨き、一種の超能力を身につけていくのだ。

(2) 塩たまごかけご飯
これも料理とは呼べないな。イタリアに住んでいた頃、しょうゆなしでどのくらい我慢できるか試してみようと考え、半年ほどしょうゆを買わずに暮らしていた時期がある。当時思いついたのがこれ。白いご飯に生卵をかけて、塩で味付けする。それだけだが、案外いけて、しょうゆをかけた時と似たような味になる。
<バリエーション>
塩の代わりにバルサミコ酢を使用する。あまりお勧めできないが。
イタリアに住んでいた頃、知り合いの日本人が、しょうゆが切れたときに「これ、しょうゆに似てるから」と言って、たまごかけご飯にバルサミコ酢をかけて食べているのを目撃した。味はどうだったか後で聞くと、あれ、だめです、と顔をしかめていた。そりゃあそうだろう、似てるのは色だけやん!

(3) 鶏の唐揚げ
鶏のムネ肉を一口大に切って、しょうゆ・砂糖・ニンニクの薄切り・オリーブオイル(サラダ油でも可)にしばらく漬け込んでから(一晩が望ましい)、小麦粉をまぶして油で揚げる。
私は砂糖を、酒やみりんの代用品として常用していた。少しくどくて下世話な感じの味に仕上がるが、慣れてしまえばどうってことない。
ムネ肉よりもモモ肉のほうが、脂肪分が多くておいしいが、海外では、モモ肉は骨付きでしか売ってないことが多くて、切り分けるのが面倒くさいので、私は常にムネ肉を使っていた。油分が少ないので、漬けだれにオイルを加える。ショウガが手に入れば、ニンニクではなくショウガを使ってもよい。
揚げ油をたくさん使うと、後の始末が面倒なので、少量の油で揚げ焼きすること。

知り合いの日本人は(バルサミコ酢の人とは別の人)、酒の代りに白ワインとしょうゆを使って、肉に下味をつけて焼いていた。白ワインとしょうゆが合うとはとても思えないが、試してみてもいいかもしれない。

(4) ゆかりスパゲッティ
ゆでたスパゲッティに、三島食品のふりかけ「ゆかり」を適量と、オリーブオイルをかけて和える。簡単なのに非常に美味。ゆかりはオリーブオイルやパスタになぜかとてもよく合う。ある友人が、「ゆかりって、ご飯にかけるよりもスパゲッティにかけたほうがおいしいと思う」と言っていたが、私も同感である。

(5) ゴルゴンゾーラの納豆ご飯(未実験)
イタリアにはゴルゴンゾーラという青かびチーズがある。このチーズは独特の匂いと風味で、好き嫌いが別れるが、私の大好物である。パスタに絡めたり、ピザにのせたりすると素晴らしく美味しいし、もちろんそのまま食べても、赤ワインのつまみとして最高である。このゴルゴンゾーラの匂いがどうも納豆の匂いに似ている気がしてならない。納豆はイタリアではあまり手に入らないが、このチーズを細かく切って白いご飯に混ぜ、しょうゆをたらしたら、納豆ご飯の代用品になるんじゃないだろうか、とよく思ったものだが、まだ試していない。だれか試してください。

(番外編)鍋でご飯を炊く
海外では、私はいつも鍋でご飯を炊いていた。日本にいた頃は知らなかったが、炊飯器がなくても米は炊けるのだね。
米を洗って(分量はお好みで。私はコップ1杯分を炊くことが多かった)鍋に入れ、その約1.2倍の水を加え、蓋をして強火にかける。沸騰したら弱火にして、7分後に火を止めて10分ほど蒸らす。
これが私の教わったやり方だが、人によってバリエーションがあり、米と水を同量で炊く人も多かったし、20分間火にかける、という人もいた。要するに、どうやっても炊けるかもしれない。
イタリアではローマ米、中東ではエジプト米が日本の米に近く、粒が丸くて粘り気がある。個人的には粒の細長い、さらっとした米のほうが好きだが、このタイプの米を炊くのは水加減が難しく、値段もやや高めなので、あまり買わなかった。
鍋はどんなものでもよいが、フッ素加工のものだと、後で洗うのが楽なことは言うまでもないですね。蓋がなければ、アルミホイルで代用できる!



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