みどりの野原

野原の便り

3月20日 曽我川から畝傍山

2007年03月20日 | Weblog
国道24号線の店に車を置いて、曽我川沿いに南へ、そして東へと、
なるべく車の通らない田んぼ道等を通って畝傍山へ登った。

曽我川のサクラも蕾がだいぶ丸くなって、早咲きの種類は少し咲い
ているのもあった。
そして、ボンボリも花見席も2箇所ほど準備してあった。



            曽我川のサクラ

とはいっても、この川沿いは満開の時でもさほど人は来ないので、
穴場だと思っている。
川の片側、又は両側が満開になるとすごくきれいだ。ずっと南まで
続いている。

今日は川を渡って、神社へ立ち寄る。石碑に読み取りにくいが
「川俣神社」とあった。

           川俣神社

ここは、子供がまだ小学生の頃、市民プールへ連れて行く途中立ち
寄り、「ブーン」と近くを飛んできた虫を手でサッと捕まえたら、
なんと「タマムシ」だった。という思い出がある。
(その頃から変なくせがあったらしい)
子供が「もしスズメバチだったらどうすんの!」といったのを思い
出す。

(こんなこと言ってたら畝傍山に着かないわ。)
先を急ごう。といっても、見るために歩いているんだもの。

中和消防署の東の池の枯れヨシの中にマガモ・コガモ・カワウ・
アオサギが見られ、
用水路ではセグロセキレイ・ハクセキレイ・ダイサギ。
耕された田んぼでヒヨドリやムクドリ・ケリも見た。

高取川も渡り、大谷町の神社への参道へ。ここで知り合いに会い、
国道から歩いてきたと言ったらびっくりされていた。

少し登ると畝火山口神社(おむねやまじんじゃ)だ。
2月にはお田植えまつりが行われる。去年見に来て、見物客も少
ない中、素朴なお田植え行事が行われ、すばらしいと思ったものだ。

            畝火山口神社

ここから畝傍山の登山口に入る。入ったすぐに大きい裏白の繁った
場所がある。
道は歩きやすく整備されているが、少し登ると自然な感じだ。

眼福地蔵のそばを通って、頂上へ向かう。

山裾はヒノキの植林地。それから上はアラカシ・シラカシや、
サカキ・クス・シロダモ・アオキ・ヒサカキ・ソヨゴ・ウバメガシ
・ツバキ・ヤマモモ・カナメモチらしいものなどの常緑樹が多い。
ヒサカキの花の匂いが漂っていた。
アカマツは頂上にひょろりと1本。まだ小さい。

他にはコウヤボウキ・ヤブコウジ・クサイチゴが少し・テイカカズ
ラ・サネカズラ・ミツバアケビ・ササなど。

それに、クヌギ・アベマキ・リョウブ。モチツツジはだいぶある。
シダは多い。ウラジロ・コシダ・カニクサの他は名前はわからない。
ヤブソテツやイノモトソウなどは見あたらなかった。


神社から約30分。山頂は標高199m。三角点もちゃんとある。
行きかう人はあったが、この時間頂上にはだれもいない。

頂上は開けていて明るく、神社跡の石組みが残っている。
山口神社は昔は頂上にあったが、神武天皇の御陵が作られ、
見下ろすことになるため山裾に移転させられたと聞く。
この時、中腹にあった集落も墓地ごと移転させられたらしい。
   
           三角点と私              トガの老木

頂上では尊敬する今は亡きI先生。それからこれも20年ぐらい前に
なるが、植物の本を出しておられる堺のS先生に偶然お会いしたこ
とも思い出す。

来る時も何人かウォーキングの人とすれ違ったが、手ごろなウォー
キング場所になっていて、毎日登るのを日課にしている人も多い。
頂上のサカキには時計が取り付けて合った。倒した枯れ木のも半割
竹を6本ぐらいく並べてくくりつけて長いすになっていて笑ってしまう。
まあそれだけ馴染まれているといえるのだろう。
ここもご多分にもれず、植樹がされていて、クチナシや花の咲く木
などがあるのが気がかりだ。
1メートルぐらいのドイツトウヒ?まであったよ。
クリスマスツリーにでもするつもり?


       北西に矢田山を望む


下りは急なところを少し降りて同じ道へでた。ここにはネジキが
何本かあった。
モチツツジも多かった。

同じ道でも違うものが見えることがある。ナツハゼらしきものも
1本見つけた。


草類はあまりなく、
頂上付近にススキ・メリケンカルカヤが少し。
他は、ナキリスゲ・ツルアリドオシ・スズメノヤリ・リュウノヒゲ。
山裾になってコナスビ・ニガナらしいものぐらい。春夏にはもっと
あるのかも。

前来た時、地元の人が「昔は畝傍山はアカマツの山だった」とおっ
しゃってた。
山裾にヒノキが植林され、「昔とはころっと変わってしまった」と
いわれた。
マツタケも採れたという。

大和三山の中でも家からは1番近い畝傍山。また時々登りに来よう。

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3月19日 飛鳥 上居(じょうご)

2007年03月19日 | Weblog
墓参りに行ったついでに、石舞台から周遊道路と書いてあるところを登ってみた。

石舞台を見下ろすあたりは観光客向けに紅梅が植えられていて今満開、棚田には菜の花が咲いて、ちょっと作りっぽいけど、観光客は喜ぶだろう景色を作り出していた。
もっと上に行くと、岡寺へも通じる道路となっている。昔はなかった道路だ。
もっと坂を上がると、どうやら上居(じょうご)の集落らしい。

昔、来たことはあるけれど、あまり覚えていない。
屋根の鬼瓦も立派なお屋敷は家族の名前は書いてあるが住んでいるようでもない。
その奥には、お寺がある。村の集会所っぽい建物があるだけだが、法要のお知らせが張ってあった。立派なお堂らしきものはないが、裏手やあたりにたくさんある灯篭や小さな石塔などを見ると、なかなか模様も凝っていて、昔は立派なお寺だったことをうかがわせる。
もう少し登っても、道路はまだまだ上へ続いている。
これぐらいで引き返そうかと思った時、畑仕事をしていたおじいさんが「この上に神社があるよ」と教えてくれた。
少し山道を登ると古い神社があった。いい雰囲気の山の神社。春日神社とあった。
さっきのお寺にしろ、よほど何かの時でないと人が来ないようなところだ。

飛鳥も知らない所がまだまだあるなあ。

そして、そんな所こそ本当の飛鳥の姿が見れるんだよね。
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3月18日 テーダマツの実

2007年03月18日 | Weblog
今日は夕方に集まりがあっただけでどこへも出かけず、
家で花を2.3スケッチしました。
来月の里山の表紙用です。絵は何回描いてもうまくはなりませんが、
描かないよりはそのものを見るので、少しは勉強になります。

さて、先日、高取の森林技術センターで拾ってきたテーダマツのマツボックリ。



種が入ってるのを見たいと思って、開いてないのを拾ってきたので、居間に
おいておいたところ、だんだん開いてきて、この間から種が下にこぼれてい
ます。
トンボの羽のような薄い羽を付け種が、うろこ(果鱗)の間にはさまってい
るのがわかりました。


テーダマツは北アメリカ原産の葉が3本あるマツで、隣片の先がトゲ状になっ
ています。
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3月17日(土) 十三街道~河内街道へ

2007年03月17日 | Weblog
フリーハイキングに参加
河内永和駅~八尾駅までの歴史ウォーク

横沼子守神社
明治期にはかなり規模の大きかったらしいこの神社も今は石碑のみ。

通りに面して、玄関の小屋根のあたりが楽しい民家があった。
1軒は玄関のガラス戸の桟は木製。
続いて建つ2棟は連棟で玄関の戸はアルミサッシになっているが、
玄関上の欄間のような飾りがそれぞれ形が違っておもしろい。

この1軒は端に独立している。大家さん? 木の桟の引き戸

    
                この2棟は連棟になっている。   

十三街道へ。
八幡神社を経て大和と河内を結ぶ街道で、聖徳太子が四天王寺へ通っ
たとされる。
といっても、市営住宅や大学関係の建物やグランドなど新しい建物ば
かりで、あまり昔の雰囲気は残っていない。

それよりも市営住宅の外構にナルトサワギクと思われるものが植栽さ
れていたことが気になった。
もう花が咲いていた。
ナルトサワギクは特定外来植物に指定されている外来植物で、移動や
植栽は禁止されている。



町の辻に。道標があった。すぐ八尾道 右十三越道 左大阪道 と3面
に彫られてあった。

若江鏡神社も延喜式神名町に載る歴史の古い神社だ。
葉を落としたエノキ?の大木。イスノキははじけた実をつけていた。
帰って本を見たら春に花をつける。と書いてあったが、それらしいもの
は気付かなかった。
葉に丸いムシコブが見えた。

第2寝屋川を渡る。川原にはセイヨウカラシナが満開だ。
この前、大阪城公園で合流点を見たばかりだ。


この前歩いた柏原あたりも大阪城を巡る戦いの地であったが、このあたり
も大阪夏の陣の戦場となったところで、豊臣方の武将木村重成、徳川方の
山口伊豆守重信の墓などがあり、激しかった戦を思わせる。

八尾駅へ向かう道は河内街道。枚方市から八尾市に至る生活道路だったと
いう。

楠根川を渡れば八尾駅前のショッピング街だ。

平地の8キロのらくらくコースだった。


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3月15日 くつな石~祝戸~炭焼き窯

2007年03月15日 | Weblog
里山クラブから、明日香村阪田にある「くつな石」を見に行く。

くつな石
都塚古墳までは何回も行っているが、そこから上は行く機会が
なかった。
都塚古墳から歩いて1キロと表示があり。
ずっと登り坂だ。

車道も尽きて、山道に入り、しばらく登って行ったところに
「くつな石」は、神明鳥居の後ろに鎮座していた。


「くつな」とはこのあたりで「ヘビ」のことをいう。
今はそんな言葉を使う人はいないと思う。
ヘビのことを「クチナワ」→「くつな」に変化したのかもしれない。

昔話
日照つづきの時、くつな石の前に集まり、雨乞いのためにお経
を唱えると、必ず、石の割れ目からヘビが現われて、雨を降ら
せてくれたという。
ある時、1人の男が、石を割ろうとノミを入れると、不思議なこと
に石の割れ目から真っ赤な血がでて、傷をおったヘビが出てきた。
そして、石を割ろうととした人は、急に体の具合が悪くなり、とう
とう死んでしまった。
それからは村人たちはこの不思議な石を神様の石としてお祭りする
ことになった。

山の中にあるのに、時々手入れされているようで、サカキもお供
えしてあった。 

飛鳥もまだまだ知らないところがある。
フキノトウやノビル・ツクシ・ヨモギ・レンゲ・タンポポ・スイバ
・ミツバ・ツバキの花などを採って、今日の晩御飯のおかずは山菜
料理に決まり。
食費が助かるわー。


祝戸の公園
弁当を食べた。
コゲラのドラミングが何回も聞こえたが、姿は見つからない。
この前見たユキワリソウをもう一度確認。今日もくもりで花はしぼ
んでいる。
開いてたらいいのにね、と言ってたらT.Aさん親切?にも、花びら
を少し開けてくれた。

そこから山の尾根へ登り西の展望台~東の展望台~石舞台近くへと
降りた。

今はこの祝戸公園は整理されて明るい里山のような風景だが、落葉が
積もって下草はほとんどない。
「もう少し前にはこの斜面にもササユリがあちこちに自生して、植生
も、もっと豊かだった。整備しすぎて、みんななくなってしまった」
と残念がっておられた。
もう少し細かい配慮があればいいのに。


尾根から稲渕方面を望む。やっぱり飛鳥っていいなー。

炭焼き窯その後、
「窯の火を止める時はぜひ見たらいいよ」といっておられ、
ひょっとしたら見れるかも。と期待していたが、昨夜8時にすでに
火止めをされたらしい。

           炭焼き窯 全景

火入れの後、煙の具合をみて、透明な煙になってきたら、(そのタ
イミングが難しいそうだ。親の死に目に会えないと言われるぐらい
目離しできない)焚き口に土管を入れ、他は空気が入らないように
煙突も、耳穴、天井穴も塞ぎ、水抜き穴も塞ぎ、すべて塞いでしまう。
ということだった。塞ぐ前には窯の中も真っ赤になっているのが覗
き穴から見ることができる、と聞いていたけれど、残念!
羽目板もはめられていた。

          
  窯の天井。天井や羽目板をさわったら暖かかった。    木酢液がバケツに溜まっていた。

この後は、このままで置いておき、秋のイベントで使うらしい。


















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3月14日 自然環境市民大学終了式 皆勤賞だよー

2007年03月14日 | Weblog
今日は、自然環境市民大学終了式

去年の4月より1年間。35回の講座と2回の自主活動 が終了した。


受講生26人の内、皆勤は4人 松笠賞で大きいダイオウショウの
マツボックリを、精勤賞は少し小さいマツボックリをもらった。
これも家族も自分も健康だったからこそ。感謝。


3人が代表で挨拶。
私もその1人だったけど、例のごとくむにゃむにゃ・・・
まあ、なんでも記念になるわ。

その後は記念講演
チョウの分布拡大・外来種の問題・里山を守る意味などのお話で、
自然の守り手になってくださいと言われた。

その後、終了記念パーティがあり、終わった後も名残尽きなくて、
みんなで大阪城公園へお花見に行くことになった。
ちょうどベニスモモとモモが満開だった。


先生、スタッフの皆さん、4期の仲間たち ありがとう。
再会を約して家路に着いた。


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3月13日 ②炭焼き 原木入れ~火入れ

2007年03月13日 | Weblog
取出しが終った炭窯に次の炭焼き準備

原木入れから火入れまで。

         炭を取り出した後 窯入れの前

前回は、釜を作りながら入れたので、天井がないときに原木を入れること
ができたが、今回は窯が出来上がっているので上からは入れられない。

だから、狭い入口から原木を運びいれ、中に並びなければならない。


  原木をリレーで入口まで運び窯の中に入れる。

窯の中で原木を受け取って、太さを調節しながら、縦にきっちり並べ、
原木の上には柴の束を乗せる。

入口まで積んだら、焚き口との間にブリキ板をはめる。

焚き口の前の土を掘る。埋めてある土管も掘り出す。
(前に焼いた時、密封するために土管を入れて土で埋めてあるので)

      焚き口の前を掘る

ブリキ板の前の、焚き口のすのこ(ロストル)の上に柴用の短い木を
水平に並べる。
並べながら前をレンガを積んでフタをしていく。
このレンガをひっつけるのはセメントではなくて、泥ダンゴ
 
    柴を積みレンガを積んでいく               泥ダンゴ

上まで柴を並べレンガを積む。そのとき上部に追い焚き口用に半割レ
ンガを針金を引っ張れば外せるようにしておく。


     これで準備完了

ロストルの前に小枝薪を置き、火をつける。


ウチワで仰ぎながら薪を追加しロストルの下へ火を送る。

ロストルの上の(レンガの内側)の柴に火がつき、ブリキ板を越して
熱が伝わり、原木の上の柴に火がつき、熱が原木の方へ伝わる。

耳穴・天井穴と呼ばれる天井のドームに空けた穴と、ケツ穴と呼ばれ
る後ろの煙突に続く穴から煙が出てくる。


原木は生木なので、水分が多く、煙は始めは黒い。底から前へ出てい
る水抜き穴からは水が出てくる。

どんどん焚いていくと、煙も盛んに出てくる。



だんだん熱で木が乾いてくると、煙も少し白っぽくなってくる。

「煙が長くなってきたなー」と指導してくれているTさん。
「煙が長く??」何のことか聞くと、水蒸気を含んだ煙は長く伸びずに
途中で消えるのだそうだ。
私にはそんな微妙なことはわからない。

どんどん焚いていくと、ロストルの上に積んだ柴が燃え尽きてなくなっ
てくるので、
柴の継ぎ足しが必要になってくる。

そのときに、さっき作っておいた追い焚き口用のレンガ半分を取りだし
て、そこから柴用の短い薪を投げ込む。

どんどん焚いて、窯の中に熱がいきわたり、真っ赤になるらしい。
それは目で見ることが出来ないので、煙を見て判断するという。

天井の3つの穴を塞いだり空けたりしながら調節する。むつかしい。

しっかり火が入るのを見届けてくれるという指導の方たちを残して、4時
過ぎ私たちは帰った。







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3月13日 ①炭の取り出し 釜の中に入ったよ

2007年03月13日 | Weblog
1月9日から13日に炭焼き窯を作り、14日に原木を入れ、火入れ。
16日に火を止めたままになっている炭窯 

(9日(1日目)・11日(3日目午前)・12日(4日目)・13日(5日目)はブログ参照) 

今日は炭を取り出し。2回目の炭焼きを行う予定。

先ずは炭の取り出し

朝の状態 炭窯は全部密封されている。

先ず、入口の羽目板を外し、その内側の土を取りだすと中のレンガが現れる。

 
泥粘土でつないであるそのレンガを、1枚1枚取り外すと、窯と焚き口との間
に入れてあるブリキ板が出てくる。


   
これを外すと、薪が炭になったのが見える。それを少しずつ取り出していく。

小さい入口から体をいれ、散らばった炭のかけらからだんだん取り出していく。
長い炭も取り出していく。
  
            炭の1部                  クヌギの炭 上出来

順番に釜の中へ入って取り出し作業をした。

ある程度取り出した後は、中に空間が出来、2人ぐらい入って作業が出来る。

割合に天井は高い。人が立てる。

中は天井に開けた直径5センチぐらいの3つの穴(耳穴2つと天井穴)からの光のみ。

立てた原木の上には、枝葉も入れてあるので、細かい炭、灰も上に乗っていて、
崩れて粉が舞い上がる。

窯から出てきた人は灰だらけ。


他人のことを笑っていられない。タオルで鼻と口を塞いでいたのに、鼻の中を拭
いてびっくり。真っ黒だ。友だちと大笑い。

出来上がった炭はいいのもあり、崩れたのはまたそれなりの使い道がありそう。
おみやげにもらって帰った。




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3月11日 飛鳥原風景を取り戻す仲間の会

2007年03月11日 | Weblog
飛鳥の炭焼き(1月9日・10日・11日・13日のブログ)でお世話になった
栢森のSさんに紹介してもらって、例の里山3人娘で「飛鳥原風景を
取り戻す仲間の会」に初参加。

橿原神宮から車に乗せてもらい、女渕の川原に着く。
このあたりは桜井から山越えのハイキングなどで通ったり、人を案内
したりする大好きな場所だ。

すでに人があふれ、カマドが3つに石のカマドもあり、料理の準備
中のようだ。

この会は、飛鳥川の源流に近い女渕周辺の整備を目的とした会で、活動
が始まっては8年になるとのこと。
活動は年5回ぐらいあるそうだ。

上記の炭焼きの時の地元栢森在住のSさんが会長さんだ。
三菱UFJの里山保全助成を受けておられ、最近も里山活動で表彰を受
けたことを報告しておられた。

今日の参加者は70名ほど。大阪や奈良など遠方からの参加者も多い。


挨拶の後、午前は、3班に分かれ、今日の主な仕事の「草刈り」と「ツバ
キ・ケヤキなどの植樹」

お昼の合図で集まると、すごいご馳走が並んでいた。

今日の献立は、地元食材の「炊き込みご飯」・地元で会員も関わって栽培
したこんにゃくイモで、昨日作ったという「手作りコンニャクのサシミ」
と「フキ味噌」・「ハコベの白和え」・「ヤブカンゾウとワケギのヌタ」
・「手作り漬物いろいろ」・「コンニャクの煮物」・「天ぷら(シイタケ
・ツバキ・ユキノシタ・フキノトウ)」・飛鳥鍋風の汁物(泥芋.アゲ・
ちくわ・カシワ・大根・ニンジンの牛乳味の鍋)。
それに差し入れのイチゴという趙デラックス手作り料理の数々。
  

立食パーティのように、思い思いのスタイルで食事。どれもおいしい!

昨日からコンニャクを作ったり、山菜を摘んだり準備してくださったとい
う。

生ゴミは掘った穴に捨てられていた。

午後からの作業は土手や山裾や川の斜面などのササや草刈り。
川の斜面に生えていた背の高いササも長い鎌で刈り取られ、山の斜面も道
端も溝の中も人海戦術ですっかりきれいになった。



作業が終って戻ると、ぜんざいやコーヒーの用意があった。
ぜんざいのお餅は「今朝つきました」

仕事量に対して食べる量がつり合ってない様に思うが・・

他に感心したのは、
参加者にはエコマネーという木の札が渡され、帰り
に地元のお年寄りが作った野菜と交換する、というシステム。
働いた対価というわけ。
今日は、泥芋(コイモ)、シイタケ、菜花、ブロッコリー。が準備されて
いた。
  
       エコマネー表                       エコマネー裏

もう1つは、おがくず利用のトイレが作ってあったこと。
ここは栢森の集落からも離れているのでトイレはない。
そこで、穴が掘って用の後、おがくずをかけておく。
こんな方法もあるのかと感激した。
  
  トイレのテント 前に使用中の札          トイレの中 奥におがくずの箱 匂いはない

よっぽどの用事がない限りは休まず来る。元気をもらえるから。と、大阪
から来た女性が言っておられたが、
長く活動が続き、人が大勢集まる。その秘訣は・・・
地元に密着し、準備にも手間ひまかけて、心がこもっていて、おみやげも
あり、楽しめる。ということか。
大勢集まれば作業は大変でも負担にならない。

雨でも50人ぐらいは集まるという。

    草刈した斜面にあった キチジョウソウの実

帰り時間にすごし雪がちらつく。
いただいたハッサクとエコマネーと交換したカリフラワーも入れて、パン
パンのリュックをしょって、帰りの車を祝戸で降ろしてもらい、ユキワリ
イチゲを探す。斜面の落葉の中にあるというので探しに探して、Tさんがやっ
と見つけた。花は夕方のせいか閉じていたが、確かにあった。

   やっと見つけたユキワリイチゲ(ピンボケ)


帰りが遅くなってしまったが、途中ツクシも取って満足の1日。






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3月10日 栢森~高取 町家の雛めぐり

2007年03月10日 | Weblog
栢森の雌綱のところから高取城址へのコースをTAさんに案内してもらった。
初めての道だ。

このコース入口にある勧請縄(雌綱)は、今日のもう1人の同行者Tさんと作
るのを手伝い、今掛かっているシンボルの横に垂れた細い縄は私とTさんの作
だ。
今のところ無事に落ちずに川に掛かっている。

この道、靜かでなかなかいい道だ。迷うことなく一時間ほどで猿石のところま
で出た。ここまで誰にも会わなかった。
  
         猿石                  ニワトコの蕾
ここからは来たことがある。
高取城址まで登り。国見櫓跡で景色を眺めたりして、又一時間ほどで高取城址。
石垣が山の中にあちこち残って、かっての規模を偲ばせる。

石垣の石の中にはノミ跡がくっきり残っているものもあちこちにある。
石を集めるのに苦労したらしく、石棺なども利用したようだ。
こんな山の中に城を作るのはどんなにか困難だったことだろう。
    
         高取城の石垣                       ノミ跡

今日は穏やかな春日。木々の芽もだいぶ動いてきた。
ニワトコも日当たりの良い所では蕾をつけている。
コジュケイやウグイスの鳴き声も聞こえた。

高取城址から五百羅漢へ。
岩に彫られた石仏が、冥救地蔵・11面観音・来迎如来・千仏如来・阿羅漢など
と名づけられ、周辺に散在する。
  
            阿羅漢                      五社大神

壺阪寺から下ると高取城の城下町だ。

「土佐の町家のひなめぐり」
餅花を飾った町家が雛人形を公開している。

娘に買ったもの、実家から贈られた物、時代を経ているもの、手作りのもの、
素朴なものさまざま。
玄関を入ったところや座敷や窓から見られるように飾ってある。
   
               餅花                   菜の花雛
      
それぞれ雛人形を買った時の思いなどが書かれている。
豊かな暮らしを反映して、雛人形も立派なものが多かったが、菜の花雛や竹
に飾った今風の雛人形の飾り方もあった。
   
         昭和2年のお雛様                    貝合わせ

このイベントで何十年もしまわれていた雛がようやく箱から出されたことが
書いてあるお家もあった。

ハイキングと雛めぐり。「1日で2度おいしい」日だった。


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