CubとSRと

ただの日記

今日中に何とか三つほど その3

2020年05月19日 | 重箱の隅
2016.07/09 (Sat)

 「月刊Hnada」8月号。連載の「蒟蒻問答」からの転載、その3

 ~~保守主義は漸進主義~~

 堤 
  安倍は第一次政権の失敗を振り返って、「ひとえに若気の至りで突っ走りすぎた」と言った。いまはどうか。自分では「漸進主義者」だと言っているそうだけど。
 政治とは、より多くの同意を調達する作業でもある。一人で突っ走っても結果は出ない。安倍の漸進主義に苛立つ人もいるだろうけど、じりじりと前へ前へと進むしかない。
 俺の大好きな言葉で、ヘーゲルの「理性的なるものは常に現実的であり、現実的であるものは常に理性的である」という言葉がある。
 いま存在しているものには、それなりの理由があるから存在する。仮にそれを変えるなら、よほどベターなものを持ってこなければいけない。そこをよく考えろという意味だね。これは保守主義の精髄を最もよく表している言葉だ。現実を踏まえて進むからこそ、漸進にしかならないんだよ。
                       (略)
 いま、野党が「安倍政治の暴走を止める」とキャッチフレーズで使っているけれど、三年半前、安倍の再登場がなければ、いまごろ日本はいったいどうなっていたか。この三年半、内政外交ともにしゃかりきになって進めている安倍を見れば、あれは暴走じゃない、疾走と言うべきだ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「政治とは、より多くの同意を調達する作業でもある。一人で突っ走っても結果は出ない。」

 多数決が民主主義の根本。なのに、我々はともすれば強いリーダーシップの発揮、カリスマ性に目を奪われます。
 それは独裁と見分けがつかないものです。好意を以て見ればリーダーシップに見え、嫌悪感を以て見れば独裁に見える。(「アベガー」とか「アベ政治を許さない!」とか、ですね) 
 民主主義は「一人一人が主人公」ということだから多数決を原理とするしかない。それで、決定するまでに時間がかかる。
 だから漸進するしか実行の形はない。一気呵成にした、と見えることがあっても、それはそこまでの(決定までの)時間が表立っていないだけのこと。
 更に、「より多くの同意を調達する作業」というのは、一般に言う「擦り合わせ」のことだから、全員が十分に納得、なんてこともないわけだし、その代わり、先での変更の余地も必ずある、ということです。言い換えれば「決まったらそれで終わり」、ということではない。常に完璧を目指すために、良く言えば擦り合わせ、悪く言えば軋轢が常に生じる。

 ならば例のヘイトスピーチ法だって、与党議員の考えるそれと、野党議員のそれとが、表向き同じようであっても、拠って立つ考え方が全く違うのだから、時間が経つにつれて与党の思い通りに変質させられたり、換骨奪胎されたりする、ということも十分にあり得る。
 「保守の本質」を守ろうとするのが保守主義であって、その本質とは「かくあるべし」という思いだから、外見はどんどん変わっても別に不思議ではないし、それは本質まで打ち捨ててしまう「革命」「革新」とは対極にあるものです。
 焦る気持ちを抑えて、今、何ができるかを考えることが大事なんだと思います。

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今日中に何とか三つほど その2

2020年05月19日 | 重箱の隅
2016.07/09 (Sat)

 「月刊Hnada」8月号。連載の「蒟蒻問答」からの転載、その2

 ~~政治家は保身との戦い~~


 安倍は岡田との党首討論で、こんなことを言っていた。
 「自民党で衆参それぞれで三分の二を取ることは不可能だ。国民の理解が深まることを期待したい。国民投票があるんですから。より多くの方々に賛同を得る。それには憲法審査会でお互いに改正案を出し合い、議論を深めることが大切です。自民党案は出していますが民進党は出していますか、出してないじゃありませんか。なぜ出さないんですか」
 対して岡田は言った。
 「出しません。今の憲法を変える必要がないからです」
 岡田は、改憲を党是とする自民党に入党することから政治活動を始めた。ということは改憲の必要を認め、それを政治活動の原点としていたはずだ。岡田は原理主義者を自称するが、いつ、なぜ原理を変えたのか。彼の本質は単なるオポチュニスト(ご都合主義者、日和見主義者)だよ。
 ところでその憲法審査会だけど、発足当初から民主党が議事妨害やサボタージュをして、一向に議論が前に進まない。これに絡んで阿比留瑠比さんが、俺が司会を務めるテレビ番組でこんなことを言っていた。
 「安倍さんが、いま自民党のなかで本気で憲法改正を考えているのは自分一人だ、と言っていた」
 そうかもしれない。自民党議員のなかで、憲法改正を本気で考えているのが、はたして何人いるのかねえ。
久保
 心情的にやりたいと考えているのはいっぱいいるでしょうが、具体的に動くのはほとんどいませんね。
 政治家は結局、保身との戦いなのです。せっかく当選したのに、国民が積極的に賛成していないものをわざわざ手がけて反感を買うよりは、何もせずにいて次の選挙に備えるのが得策だと考えるのが普通です。
 しかし、マックス・ウェーバーが
 「どんな事態に陥っても、それでも私はやると断言する人だけが政治の『ベルーフ(召命)・天職』を備えている」
 と言っているように憲法改正をするには、それをベルーフと考えるリーダーでなければできない。
 保身との戦いのなか、日々決断を求められているトップリーダーは大変でしょう。サッチャーが「首相とは孤独な職務である」と『回顧録』で書いていたのは、そういう意味でもあるのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「憲法審査会に改正案を出さないのは憲法を変える必要がないから」
 こんなこと、本当に言ったんですね。
 この考え方なら、憲法審査会は存在そのものが否定される。
 だから、「民主党が議事妨害やサボタージュをして、一向に議論が前に進まない」、ということになるわけですか。

 憲法は「法の中の法」「最高の権威を持つ法」、と学校で習った記憶があります。
 でも、人間が作ったものなんですから、完全無欠な筈はない。それどころか、もう前文からして「???」なことがある。
 「~平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した」
 、って「てにをは」が変なのはひとまず置くとしても、「われらの安全と生存」をわれらの手で保持するのではなく、「諸国民の公正と信義」に委ねる、ってことでしょう?自分は自分のために何もしません、ってことですよ。金を奪われようが土地を奪われようが、いやいや、命だって大切な血縁の者だって、みんな、「諸国民の公正と信義」にお任せします、って言ってる。
 
 人の作ったものなら、
 「完全無欠に見えてもどこかに瑕疵があるかもしれない」
 「もっと磨き上げることができるはずだ」
 と考えるのが普通だし、「法の中の法」「最高の権威を持つ法」ならば、猶更のこと、完璧に見えても更に上を目指すことが重要です。
 何よりも国会議員、代議士です、そのために国民から選ばれたはずです。
 だったら「議事妨害やサボタージュ」なんて以ての外だし、言うに事欠いて「今の憲法を変える必要がないからです」、なんて、「それなら議員を辞職しろ」、じゃないですか。

 そしてこれは意外に軽く見てしまいがちなことですが、
 「せっかく当選した」のだから「反感を買う」より「次の選挙に備える」。
 これを一言「保身にはしる」と言ってしまえばそこら中にいそうです。でも、これ、「保身」と一言で片づけるべきではないでしょう。
 一回の当選で多くの人の助けがあった。でも、それに何らかの形で感謝の気持ちを表すには、一期だけでは駄目だから、次回も当選しなければならない。
 そして、当選回数が多くなれば、議会、委員会、党内での発言力が段々に増してくる。一年生議員じゃ議員としての仕事などないに等しいんだから、せめて二期、三期と当選しなければ恩返しすらできない。つまり保身を図らなければ地元民の心はすぐ離れてしまう。
 これはこれで正論です。
 国会でいくら必死になってやってたって、地元に何らかの恩恵がなければ、「選挙の間はお願いしますと言ってるくせに、当選したら知らん顔だ」とあっさり切り捨てられる。帰りたくても帰れないんだ、と言ったって誰も分かっちゃくれない。地元民の心が離れたら、次の当選はない。なければ代議士として国政に参加できない。
 それでも、「反感を買っても国のためにやらねばならぬ」、というのが代議士。
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今日中に何とか三つほど

2020年05月19日 | 重箱の隅
2016.07/09 (Sat)

 先日、「月刊Hnada」8月号を買ってきて読み始めたんですが、連載の「蒟蒻問答」の中に、これは転載をしておかねば、ということがいくつもありました。
 でも、怠けものですからね、あれよあれよという間に日が過ぎて、明日は参院選投票日。
 これは何としてでも投票日までに転載しておかねばということで、泥縄そのものながら今から転載を始めます。

 では、転載、その1。

  ~~朝日を読むとバカになる~~

 編集部
  よく「政治の劣化」が話題になりますが、どうなのでしょう。
 久保(久保紘之)
  もっと具体的に、戦後民主主義的議会制度や構成員たる日本人の劣化、と言ったほうがわかりやすいんじゃないかな。
  折しも、中国海軍の艦艇が尖閣諸島付近の接続海域に初めて侵入してきた。目の前でこんな事態になっているのに、野党や国会前では依然として「安倍辞めろ」「戦争法廃棄」と騒いでいる。
  田中美知太郎の受け売りだけど、かつてアテネでは市民の観劇費(テオリコン)は税金で賄われていた。
  そんななか、マケドニアの軍事的脅威が迫ってきたので、明敏な政治家であるデモステネスが「もはや観劇にカネを使っている場合ではない。テオリコンを削って防衛費を充実させよう」と提案、警告した。
 ところがアテネ市民はすぐさま民会を開いて、「テオリコンを削ろうとする者は死刑に処す」という決定を下し、デモステネスを追放してしまう。これはプラトンが『国家論』で指摘している「衆愚論」の典型といえる事件です。
 マケドニアを中国や北朝鮮に、テオリコンを憲法九条に、デモステネスを安倍に、アテネ市民を野党やアホな憲法学者らの扇動する国会デモ参加者にそれぞれ置き換えてみれば、いまの日本の状況そのものでしょう。
編集部
 朝日新聞の報道が酷くて、中国の軍艦が現れたのは未明だから夕刊に間に合うのに、一面トップは寅さん。翌日の朝刊はというと、トップは来秋始まる仮想通貨の記事。

 だから何度も言ってるだろ、「朝日を読むとバカになる」と。(笑)

                  (以下略)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 とりあえず一つ目。

 接続海域に他国の艦艇(軍艦)が入ってきた。その後には別の艦艇が、接続海域ではなく領海自体を航行している。
 「接続海域の時には重大な懸念を表しながら、領海航行の件は何故黙っているのだ。これこそ及び腰なのではないか」
 などという言葉も聞こえましたが、「尖閣付近を露国軍艦の後を追うようにして航行した」件に関しては「自国の領海付近であるから(露国軍艦を監視するため)」というのが彼らの弁明(尖閣は我が国領土であると主張している通り)。
 「領海を航行した」のは、「ただの無害通航(日本に対して敵対行為を行っているわけではないの)であるから、全く問題はない」、だそうです。自国の領海を航行したのだから、文句を言われる筋合いではない、と強弁する筈のところ、何故か「無害通航」と言ってしまう。
 「尖閣は我が領土」というのなら、これまでだってこの時だって、領海まで入ってたっていいわけですが、そこまではやらない。ということはやっぱり様子見にちょっかい掛けているだけ、ということでしょう。
 数日後、今度は領海を通航した。「軍艦艇であってもただ通航するだけなら害はないのだから許可されることだ」と言い張るわけですが、これに関しては津軽海峡を露国、シナ共にこれまでにも通航していますから、確かに何も問題はない。
 ただし、数日前に大使が真夜中に呼び出され、抗議を受けたのだから、少しは大人しくして当たり前のところですからね、これも様子見の第二次作戦、と捉えるべきでしょう。上目づかいで隙を窺う、こすっからいというかケチな、というか、下衆な心根が透けて見えます。サラミ戦術そのもの。

 つまりこの二つは関連付けてとらえるのが当然の在り方で、報道はそれをすべきなのに、しなかった。
 それどころか、あろうことか、アサヒは接続水域侵入報道に関しても一日遅れている。
 また、それに応ずるように国民は、
 ⦅「テオリコンを削ろうとする者は死刑に処す」という決定を下し、デモステネスを追放してしまう。⦆

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なんか違ってると思うよ

2020年05月19日 | 心の持ち様
2016.07/06 (Wed)

 酒飲んでうたた寝。
目が覚めたらつけっ放しだったテレビから「金スマ」が流れていた。
 石井ふく子と関わりのあった俳優、歌手のことをやっていたのけれど、
 「石井ふく子、かぁ。よく見てたけど、最近全く見てないな。何か引っ掛かるところがあったんだよな」
 などと思いながら、何となく最後まで見てしまった。

 「女たちの忠臣蔵」のことが採り上げられて、女の立場から忠臣蔵を見る、という、これまでになかった視点が大変な評判になり、今に語り継がれる名作となっているとの紹介で、見なくなった頃のことを徐々に思い出してきた。
 そうだ、あの時だ、あの時から見なくなったのだ、「これは違う」、と。
 違和感、そのものだったんだと思う。

 石井ふく子は戦争を描かない。
 それは勤労動員の時、本来なら副班長である自分が居るべき場所に、班長が居て、身代わりのようにして米軍戦闘機による機銃掃射に遭い、死んでしまったからだ、という。
 「ん?」と思った。

 「戦争は、とてもドラマに描かれているようなものじゃない。本当の戦争を自分は勤労動員の時に知った」
 そんな内容の話をしていた。
 「だから戦争は描かない」。

 それで
 「ん?戦闘員でもない、それも女子『生徒』を米軍機が機銃掃射した、ということはどうなってんだ???」
 と思い、
 「兵器を作ってたんだから軍属?だから、機銃掃射?」「いや、やっぱりこれは抵抗の手段を持たない、ただの『一国民』に対して行ったことだから、ただの『虐殺』じゃないか」
 、などと思う。
 これを詰めなければ意味がない。

 大体がいつも思うんだけれど、「今になってみると」という視点が、反戦論者には大方の場合、抜けている。
 虫の目は経験で手に入れるものだけれど、鳥の目は経験を見詰めることで作る教養、「考え方」だ。
 社会に在って身に着くのは虫の目だけれど、身に着けるべきは鳥の目、「考え方」だ。
 幼少時の恐怖体験や食わず嫌いを大人になっても「全面肯定」することは、
 「あの時、ひどく叱られたけれど、今になってみれば自分が間違っていたんだ」
 「あの時、酷い親だと思ったけれど、今になってみると、その気持ちが能く分かる」
 という大反省を否定することになる。

 「班長が自分の身代わりのようになって、機銃掃射に遭い、死んだ。悪いのは戦争だ。罪もない者を殺すのだから」。
 「安らかに眠ってください あやまちは繰り返しませぬから」
 戦争を二度としない、というこの誓いの言葉には相手国のことが全く書かれてない。そして、
 「悪いのはアメリカ兵だ。でも、そう仕向けたのは日本だ。」
 つまり、日本が悪い。・・・・おかしい。

 「女たちの忠臣蔵」は「男たちは残された者のことをちっとも考えてない」、と「思い遣ることの大切さ」を気付かせたように言う。
 が、男は何で戦いに臨むのか。何で戦わなければならないのか。それは「残された者のために」、なのだということを、何故見ようとしないのだ。
 男だって死にたいわけではない。いや、男の方こそ死を恐れる。だからこそ「残された者を守るため」に代わりに死ぬのだ。
 「国のために死ぬ。天皇のために死ぬ」というけれど、「残された者を守るために」死ぬのだ。となれば、国も天皇も全てその間にある。
 だから、血縁に戦没者がなくとも、我々日本人は靖国神社に参るのではないか。「同じ日本人のために」「残された者を守るために」散華された先輩に対して、頭を下げるために。

 「吉良邸討ち入り」で守ろうとしたものは「武士の誇り」。そんなものは個々の配偶者、子供、一般の庶民には何の関係もない。
 けれど、これが称賛されることにより独特な日本人の精神性が規定されたことは間違いない。そしてそれは今の日本人の精神形成にも大きく関わっている。それを否定する、認めないということは日本人の精神性を否定することになる。いきなりの肯定はせぬまでも、まずは見詰めようとしなければ、「日本人」の歴史性、発展性に未来はない。

 先日来、花森安治について書かれた本を何冊か買い込んで読んでいる。
 「とと姉ちゃん」を見る気は今もないが、偶然、数分ほど目にした場面では、最近のNHKに共通する「女たちの忠臣蔵」と同じ思考停止を感じた。
 花森安治の文に対して持った違和感は、石井ふく子の「女たちの忠臣蔵」と同じように思う。
 もしかしたら、みんな花森安治を曲解しているのかもしれない。
 そしてそれは花森自身も、ではないか、と思う。

 花森安治について考えているうちに、この「金スマ」が「思考停止」の実例を挙げてくれたようだ。

 
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聞く気のない者に分からせるには。

2020年05月19日 | 心の持ち様
2015.07/22 (Wed)

 分かろうとしなければ分からない。
 分かろうとしても、その能力がなければ分からない。
 だから、まずは「聞くこと」だ。それで分かる力(理解能力)を身に着ける。

 では、聞く気のない者、分かろうとしない者、に、話して聞かせることで分からせることはできるか。
 「しっかり説明してみろ。聞いてやるから」といった態度で、本当に「聞いてくれる」のか。
 そういう態度の者は「聞かない気(?)満々」、で場に臨む。
 そして、説明が始まれば、果たしてやっぱり最後までは聞かないで反論を始める。
 先日の安倍総理の出演したフジテレビ系の夕方の番組でもそうだった。
 その前の「ヒゲの隊長」こと佐藤議員のテレビ朝日の番組でもそうだった。

 いきなり脱線しますけど。
 「アメリカに押し付けられた憲法だって、良いものは良い。」という人もいる。
 百歩譲って、それなら、
 「あの時は占領下だったんだから国民の意思は反映されていない。けど今は独立国家なんだから『良いものは良い』というのなら、全く同じものをもう一度採用したらいい」
 できるか?
 できませんよね。「そんなばかなこと」に「国会議員の三分の二が賛成する」、なんて有り得ない。
 (まず憲法を改正して、それから集団的自衛権とかやれば良い、なんてナンセンス。)
 こんなことだって、普通に考えたら分かりそうなのに、110時間も討議を続けて話し合われたことって一体何だったんでしょう。
 大概の国民は法案、読んでないんでしょ?私も読んでませんけど。
 えらい先生や顔なじみ(?)のコメンテーターの言ってることを鵜呑みにしてるんでしょ?自分なりに考えてます?
 いきなり
 「戦争はいけない。やっちゃいけない。関わるやつは悪」
 って、なってません?ノーベル賞取った人だって、考えなきゃ一緒ですよ。M川先生とか、O江氏とか。

 「戦争はいけない。やっちゃいけない」
 そんなの誰だって知ってますよ。
 でもそこから「関わるやつは悪」、までの長~い道程を丁寧に考えなきゃならないのに、一足飛びをするから。

 ということで、考えなきゃならないよ、と思ってるわけですが、これで初めに戻ります。
 昨日、今日、と宮崎正弘氏のメールマガジンの「読者の声」欄にこんな投書が。宮崎氏のコメントと併せて転載させていただきます。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 (読者の声2)
 貴誌前号にあった「安保法強行採決」ですが、情けないですね。国民全体の理解なんて得られるわけないし、このような、素人判断が出来ない事柄をちゃんと考えて判断してもらうために、我々よりも専門性や判断力に優れていると思われる人物を選出して議論してもらうのが議会制民主主義で、だからこそ「代議士」というわけです。

 しかし出て来る議論が、
「自衛隊がかわいそう」という感情論
「戦争法案」とかいう理屈のないアジテート
「徴兵制」などという、どこから出てきたかもわからない屁理屈(これは、もしかしたら、だああーい好きな中韓は徴兵制を敷いてますから、 日本が後れを取ってはいけないと、政権とったらやりたいと思っている事が、つい、出てしまったのかもしれませんが)とかで、「中卒程度の知識や判断力が無い人は、お願いですから国会で質問しないでください」というレベルです。
 こんな議論(?)をいくらしたところで、議事が進行するわけがないのですから、必ず採決はどこかで強行する事にならざるを得ません。こんな時間つぶしがいつまで続く事やら。
  (NS生、千葉)

 (宮崎正弘のコメント)
 あの反対する人々のプラカードや叫んでいる内容をみていると、完全にブレインウォッシュ(洗脳)されていますね。
 大学や大学院で専門知識を身につけながらもオウム真理教に走った若者等をみても判然とするように、これは治癒不能ですから、説得しても意味がないのです。
 ところで中国は徴兵制ではありません。以前は兵隊に行くのは農家の次男坊と決まっていましたが、いまや中国軍もサラリーマン化して待遇も良いので、むしろ兵隊も「就職難」です。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 (読者の声2)
 貴誌7月21日(火曜日)第4609号のNS生千葉市様のご意見のとおりだとおもいます。
 安倍総理は昨夕もテレビに出演され模型を使って「わかりやすく」と必死に説明されていましたが、もともと自分で考えようとしない人たちには無駄なのです。
 総理が本当にわかりやすく説明するためには 特定の国が実際どのような「戦争準備」をしてる(かという)実態を開陳し、脅威が迫っていることを緊張感を交えて「感情的に」示さねば、かえって「総理はクダクダと言い訳ばかり。自分のやりたい放題のことをしようとしている」と思わせてしまうに違いありません。

 自分で考えず感情で動く性質の人間には、筋道を立てての説明は逆効果で、彼らをわからせるには感情に訴えるしか方法はないことは歴史が嫌と言うほど示してきました。
 しかし一国の総理が特定の国を名指しするわけには行きませんから、本当はこのような時にこそ自民党の議員が率先してやらねばなりません。

 何も根拠はありませんが、私は孤軍奮闘の安倍総理は安保法制が参議院で最終的に成立したら、身を引かれるような気がします。

 ところでクイズです。以下の言葉の共通項は何でしょうか?
A.生徒が自殺すると発する教育関係者の「人の命の大切さを教える」
B.原爆慰霊碑の「間違いは繰り返しません」
C.繰り返される日本のデモ隊の「戦争反対!核武装反対!」

 答えは「主客転倒」。いずれも本来は危害を与える(与えた)側に対する言葉で在るはずなのが、日本では被害を受けた、または受ける側に対する言葉となってしまっていることです。
 いまもって如何に日本中が自虐史観に染まっているかを示しています。
  (SSA生)

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