CubとSRと

ただの日記

左翼戦術

2020年05月21日 | 心の持ち様
2016.08/01 (Mon)

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成28年(2016)8月1日(月曜日)
          通算第4975号 <臨時増刊>
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 レーニンの連立政府戦術の敗退
  毛沢東もボルシェビキに学び、天下を取ったが。。。。。
****************************************

 都知事選挙の結果は日本人特有の判官贔屓が鮮明にでたためである。
無党派の勝利などと単純明快な説明は耳に凧(胼胝)。それより鳥越惨敗の背景を政治的にさぐる必要がある。

 改憲阻止、野党結集を呼びかけて、野党四党が結束したにもかかわらず敗退してしまった。公約なし、出遅れ、週刊誌などと敗因が語られているが、肝心のことを忘れていないか。

 すなわちレーニン以来の左翼戦術が敗退したことである。
共産党の鉄壁の組織票さえ、二割前後が小池候補に流れたというのは、組織的締め付けが弛緩し、革命組織の規律が破裂している事実を示唆してあまりある。

 レーニンは少数派ボルシェビキを率いて、「野党共闘」により革命を成功に導く。メンシェビキ(多数派)の壁を破り、かれらが実権を握るには、議会を長引かせ、徹夜も厭わず、議論に疲れた多数派が退場したと見るや、採決を強行し、主導権を握る。これがレーニンの組織論であり、のちに毛沢東が援用する。

 日本でも左翼暴力団といわれた全学連が自治会選挙で、よく使った手段である。
 自治会の一割にも満たなくても「組織された」党員が、多数派と連立を組んだかに見せ、議会を出席議員数でクリアし、多数派が退場したところで、居残った「組織された」メンバーが投票を行い、トンデモナイ議案も突如成立する。
その決議は合法となる。

 鉄の組織は、日本では弱体化した。野党四党の連立パターンは化けの皮が剥がれ、ついに左翼退潮の明確な兆しをしめしたのではないのか。
 レーニンの戦術は死に絶えつつあり、トルコのクーデタ失敗や米国のトランプ現象のように、新しい武器はツィッター。このハッカー戦争を主導できる者が、これからの政治の中枢に躍り出てくるだろう。

 第四位の上杉、五位に食い込んだ桜井各候補も、組織票の宗教団体を超える得票を示している。何かが壊れ、従来になかった政治手法が、これから本格的に登場する契機となったのが、こんかいの都知事選挙だったように思える。

               (転載了)

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 〈少数派ボルシェビキを率いて~メンシェビキ(多数派)の壁を破る〉方法とは。
 「議会を長引かせ、徹夜も厭わず、議論に疲れた多数派が退場したと見るや、採決を強行し、主導権を握る」。
 これがレーニンの組織論であり、のちに毛沢東が援用する。

 ・・・・徹夜も厭わず議論を続ける。議論が終結しないように、焦点をぼかしたり、論点をすり替えたり、話を逸らしたり、とにかく議論をしている風を装いながら、ああでもないこうでもないと小田原評定を続ける。
 そうしておいて、相手が疲れてしまって、いい加減うんざりしてきて
 「これでは埒が明かんな、ちょっと休憩だ、頭を冷やして出直そう」
 と席を外した時を見計らって、少数の仲間で採決を成立させる。
 そして言う。
 「民主主義だ。出席者の過半数の賛成があったから、決定したのだ。勝手に中座していた君たちは職場を放棄していたのだ。職権を放棄していた責任を取って、辞職しろ」

 きたないやり方ですね。とても卑怯だ。
 でも、「革命」という大目的達成のためには何だってやる。ウソだって平気で吐くし、野合なんかお手の物。革命のためなら、天皇に頭も下げるし、国歌斉唱時、起立だってする。「民主主義を否定するわけではない」、って。
 そうやって議席を取れば今度は
 〈議論に疲れた多数派が退場したと見るや、採決を強行し、主導権を~〉。
 それが彼らのやり方。「それなのに。ああ、それなのに・・・」というのが今回の都知事選挙だった、と。
 これで、小池氏に流れた共産党票は処分対象にならず、敗北の責任は共産党はとらない。宇都宮氏の立場はどうなる。共産党に梯子を外されたわけでしょ?

 随分だな。こんな党を支持するんだ、都民は。
 でも。↓

 《日本でも左翼暴力団といわれた全学連が自治会選挙で、よく使った手段である。
 自治会の一割にも満たなくても「組織された」党員が、多数派と連立を組んだかに見せ、議会を出席議員数でクリアし、多数派が退場したところで、居残った「組織された」メンバーが投票を行い、トンデモナイ議案も突如成立する。その決議は合法となる。》

 「明日は会議は開かれない」
 と言っといて、議員がみんな地元に帰って、もう来ないと確認してから開会の招集をする。
 議論は既に終わっているから、と、話し合いはなく、いきなり、
 「採否をはかります」。
 五分ほどで
 「出席者の多数の賛成により、本案は可決されました」
 と閉会。
 慌てて各地から議員が戻ってきたときは、既に閉会となっており、騙し討ちで法案決定。
 こんなこと、ありませんでしたか? 

 レーニンがやり、毛沢東が真似た、社会主義者のやり方。「目的のためには手段を択ばない」。
 それを先日の参院選からやってたわけですね。今回の都知事選も。
 でも、彼らは敗れた。

 そして
 「新しい武器はツィッター。このハッカー戦争を主導できる者が、これからの政治の中枢に躍り出てくるだろう。」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

初めての定石(たった8分、か?長い長い8分か?)

2020年05月21日 | 心の持ち様
2016.08/13 (Sat)

 先日来、シナの漁船が大挙して押し寄せたこと、併せて海警の艦船も常時2、3隻だったのが13隻までに激増したこと、などを花森安治の言う、「眼高手低」でみればどうなるか、と書きかけていました。
 その続きです。

 あれ、小笠原諸島の近海に、同じくシナの「漁船群」が襲来した時と同じですよね。
 敢えて「漁船団」と書かないのは、表向きは各船が「勝手にやってきた」となっているからです。
 そんなバカな話はありません。シナ漁民は他人の心が読めるのか?少なくとも漁民同士なら以心伝心?そんなことはないでしょう。 何らかの重要な情報、確実な儲け話、があったからに違いないし、そんな情報は普通の漁民に入ってくるものじゃない。
 第一、あんな遠くまで漁に出る、なんて、下手すりゃ燃料切れで漂流、ですよ?一か八か、の大勝負なんだから。

 言うまでもない、上層部から信用できる情報が流されたんだし、普通の漁民でないからこそ、その情報に合わせて行動できた。
 「戦場では、略奪・強姦は恣(ほしいまま)にしてよい」というのが太古からの戦争の在り方です。日本だけが、ちょっと、じゃない「随分と変な軍隊」だったんでしょう。即刻軍法会議にかけられて重罰、となる。
 今の時代、さすがに強姦は世界中が非難しますが、略奪は未だに「戦争=略奪」。
 ということは、あの時珊瑚は取り放題。
 「その上前を共産党が取る、ということはないから安心しろ。お前らは漁に出るだけなんだから」
 と共産党から確約されていた、かどうかは知りませんけどね。
 「戦争じゃない。危険なことのないよう、海警が守ってやる。それで収穫はお前たちのものだ。どうだ、「国のためと大儲け」。一挙両得だぞ?」って。

 「あの時はそうだったかもしれないけど、今回は違う」
 なんてこと言ったって、誰も信用しませんよ。
 「あの時も今回も違う。偶然、そうなっただけだ。今回は、『いい魚』が取れるから行っただけ」
 なんてこと言ったって、もっと信用しません。

 海軍じゃない、海上保安庁に相当する「海警」の艦船だ、と言ったって多くは退役した軍の艦船で、機関砲を積んでいるものもある。
 それが三隻ほどが尖閣近辺の海をうろつくのが常態化していたけど、今回三隻追加で「六隻になった。異例のことだ」、と言ってたら、更に追加で「七隻になった!」
 半日もせず、「十三隻になっている!」
 彼の国の得意な「人海戦術」できたわけだ。海上人海戦術。
 前回書いたように駐日大使を呼びつけて8分待たせて抗議をしたが、蛙の面に何とやら、で海警艦船倍増。
 (だから8分なんか、意味がない?いやいやなかなか。以前、日本の大使が真夜中に呼びつけられたでしょう?いやがらせ、なんてものじゃない。日本が畏れ入るだろうと思ったからに決まっている。まさか日本国民が腹を立てるとは思ってもいない。それをやり返した。慌てたはずです。これまでにない対応だったから。応対のマニュアルがないから、二階幹事長が収めに入る)

 それがいきなりみんな引き上げた。アメリカ、日本、共産党、武装漁民(民兵)、それぞれの思惑が複雑に絡み合っている。
 
 始まりは言うまでもない。これは小笠原諸島近海の時と同じく、習近平の「意」を汲んで、の作戦だ。
 「日本には九条がある。だから絶対に日本が手を出すことはない。安心して徹底的に挑発しながら、実効支配してしまえ」
 「万が一、日本が手を出したらしめたものだ。我が軍の前には自衛隊なんぞ多勢に無勢、だから殲滅してしまえばよい」
 「とにかく、アメリカの儲けにはならないから、アメリカは傍観しているだけだ」

 「日本には九条があるから外国と戦うことはできない。九条は『外国とは戦わない』という宣言なのだから、日本から手を出したら、世界中の国が日本を『約束破りの卑怯な国』と非難することになる」
 日本はこんな安心保険を世界中に発行している。これは最強のカードだ。(日本にとっては最悪のカード、です。勿論)

 「日本には海底ケーブルセンサー網がある!」
 あったとしたら?それで?
 「これを使えば一瞬にして敵軍を壊滅させることができる」
 壊滅させた後は?
 「日本は九条を破った。卑怯者国家だ」、となる。
 世界は一瞬にして日本の敵になる。

 日本が後からやり返すか、同じほどの被害を受けるかすれば、世界は納得する。
 でも、その時は自衛隊は壊滅し、戦力をなくした日本は彼の国に蹂躙されている。そう考えるのが自然だろう。
 つまり、日本の戦力は「使えない」。
 だからまずは戦争となる前に、世界を日本側につくよう、工作するしかない。その主となるものが外交、だ。

 外交の裏付けとなるのが、武力の誇示で、「離島奪還作戦」演習なんか、伊達や酔狂でやってるわけじゃない。あれがなければ武装漁民は既に何百人も尖閣に上陸していただろう。
 「上陸したらこうなるぞ」と見せつけ、「実は最終兵器(海底ケーブルセンサー)を本当に持っているかもしれない」と共産党軍ではなくシナ全国民を疑心暗鬼に陥らせる。

 いつも書いていること。
 「伝家の宝刀はよく研ぎ上げ、鞘に納めて決して抜かぬもの」だが「いつでも抜いて遣えるよう、点検し、自身も常に技を磨いておくこと」。
 間違っても三尺余りの大太刀をこれ見よがしにひけらかすものではない。

 世界最強の潜水艦は噂だけで実行動は決して見せない。
 「あれは空母ではありません。戦闘機の離着陸はできませんから」と言いつつ、いつの間にか垂直離着陸機なら使えるようにしておいて知らん顔をしておく。
 「ケーブルセンサー?『少なくとも私は知りません』と上級幹部がすっとぼけて言い続ける。その裏で、深々度魚雷、自走式機雷を開発する。
 「尖閣に上陸したらこうするよ」、とシナが震え上がるような奪還演習を何度も行い、あとは素知らぬ顔をしていることの怖さ。
 無言の重圧。しゃべった方が負けだ。反対に大声で威嚇すればするほど、それは恐怖となって自身に跳ね返ってくる。

 これもまた、花森安治言うところの「眼高手低」。「『美しい』暮らしの手帖」。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「眼高手低」

2020年05月21日 | 心の持ち様
2016.08/11 (Thu)

 花森安治をモデルにした花山伊佐治が登場するようになってから、朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」を見ているのだが、やっぱり変だと思う。
 「装丁」を「装釘」と言い切る男だ。ちゃんと自分の考え(考え方)があって、の強弁をする。「眼高手低」の「講義」も、妙に説得力がある。少なくとも私はその理屈に全面的に同意する。

 装釘に関してはこんなことを言っていたという。
 ~~
 (「そうてい」には「装丁」「装幀」「装訂」「装釘」がある。辞典には「装訂」が正しい表記、とあるらしい)
 「幀という字の本来の意味は掛け物だ。掛け物を仕立てることを装幀という。本は掛け物ではない。訂という字はあやまりを正すという意味だ。ページが抜け落ちていたり乱れているのを落丁乱丁というが、それを正しくするだけなら装訂でいい。しかし、本の内容にふさわしい表紙を描き、扉をつけて、きちんと体裁をととのえるのは装訂ではない。作った人間が釘でしっかりとめなくてはいけない。書物はことばでつくられた建築なんだ。だから装釘でなくては魂がこもらないんだ。装丁など論外だ。ことばや文章にいのちをかける人間がつかう字ではない。本を大切に考えるなら、釘のひとつもおろそかにしてはいけない」

      ~「花森安治の編集室」 唐澤平吉著~

 ~~
 「眼高手低」を、「現実をしっかりと把握することで遠くが見えるようになる。地面に手を付け、しっかりと感じ取ることをしなければ、理想なんかただの夢物語だ」
 と言い張る。
 勿論、「眼高手低」とは、読んだまま、本当は「遠くばかりに目が向けられていて、現実を直視しようとしない状態」、「理想ばかりを追い求め、具体策がない」、といったような批判的な意味の四字熟語なのだけれど、考えてみれば「それで?」としかならない。ただの知識が一つ増えた、だけの話だ。
 こういうものは道歌と同じで、具体的な作業、修業、修錬、と並行して思い続けなければ、ただの雑学で終わってしまう。「座学ではなく実学が大事」という見方も、ここを誤解しているが故に起こるのだろう。

 花森安治は奇を衒うのではなく、直感したことを瞬時に理屈立て(屁理屈でもなんでも)、直感を正当化して猪突猛進する。正中線を外さない。だから、当然、大失敗はしない。というより、ちゃんと理屈立て、正当化しているから、大失敗は小さな失敗に、小さな失敗はとるに足りないことと衆人に思わせることができる。

 こんな風だから、初めは「暮らしの手帖」ではなく「美しい暮らしの手帖」、だったのだ。
 「現実を見詰めて、(明日の)最良の暮らしを実現させる」。
 確かに「手を地に着け」、その実力で「遠くを見通す」。眼高手低。

 「現実を否定して新しい世界をつくる」、という社会革命思想とは根っこから全く違う。

 こうやって理屈立て、正当化して怒鳴られるのに対して、「その解釈、間違ってる。眼高手低というのは・・・」と思った者は、そこから何も入手できない。本来の意味はただの状況説明でしかない四字熟語だ。
 「だから、手を低く地面にまで下げて感触を知り(現実としっかり向き合い)、それを以て遠くを見る目を養うべきなのだ」
 、と読み解くことを普通の人はしない。ましてや仕事の場でこうやって教えることはない。

 花森安治は、だから決して人権運動家ではない。社会主義者でもない。
 ということは、今の「暮らしの手帖」は「最良の暮らしを実現する」という花森安治の思う雑誌ではない。簡単に理想社会主義に転落するおそれのある人権運動の色を濃く持っている。

 さて、先日来、シナの漁船、230隻が大挙して尖閣諸島近辺の海に押し寄せてきていた。翌日には400隻ほどにも膨れ上がったらしい。
 外務省は何度も抗議をし、さらに改めて駐日大使も呼び出して抗議したということだけれど、翌日には海警の艦船が倍増したとか。全く効き目がない。
 11日の早朝、その中の漁船一隻が通航中のギリシャ籍の大型貨物船と衝突、沈没して、乗組員が海保の船に救助された。
 それに前後して、今、海警の艦船は付近に一隻もいなくなった、という。
 バツが悪くなって引き上げた?そんなわけはない。
 昨日、漁船から海警の艦船に漁民が乗り移ったという情報があったから、その時、全船撤収の指令が出たに違いない。

 花森安治の言う「眼高手低」で、この一連の事件を見るとどうなるか。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

伊藤祐靖氏

2020年05月21日 | 心の持ち様
2016.07/30 (Sat)

伊藤佑靖著「国のために死ねるか」に注目せよ

平成28年7月29日(金)

 参議院選挙が終わった数日後の夜、
 一九九九年(平成十一年)の能登半島沖不審船事件を切っ掛けにして創設された
 海上自衛隊の特殊部隊である特別警備隊の創設に関与し、創設時から特別警備隊の先任小隊長を八年間勤め、四十二歳の時、中佐(二佐)で海上自衛隊を退官した伊藤祐靖氏がぶらりと堺市の堺東駅に来た。

 伊藤佑靖氏が海上自衛隊を退官した理由は、自分が創設して育て上げている特別警備隊という特殊部隊から、艦艇部隊への転勤を命じられ、「日本は本気で特殊部隊を使う気がない」と確信したからである。
 
 その伊藤佑靖氏と話すようになったのは、二年半前の東京都知事選挙の時であった。
 伊藤氏は、立候補した田母神俊雄元航空幕僚長の警護を引き受けて常に候補者の側にいて、私も、応援で候補者と行動を共にしていたからだ。
 その時、警視庁の警備担当の元警官が、私に伊藤氏を指さして話しかけてきて、
「あいつは、強いですよ、危険ですよ我々警官は逮捕術を習得していますが、あいつのは殺人術ですよ」と言った。
 フランス大統領ドゴール殺害を目指す暗殺者の映画「ジャッカルの日」を思い出した。
 この映画の主人公が素手で簡単に手刀の一発で人を殺したからである。
 後に、伊藤氏に「ジャッカルの日」の如く、簡単に素手で殺せるのか、と尋ねると、
 彼は、できます、と簡単に答えた。

 さて、この伊藤佑靖氏が、何故、東京から堺に来たのか。
 彼は、ぶらりと西村の顔を見たくなったから、と秘書に話した。
 そして、私には、彼の近著「国のために死ねるか」(副題 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動)文春新書を本屋の店頭に並ぶ前に私に手渡したかったからだ、とビールを飲みながら言った。

 この「国のために死ねるか」を読み始めて、直ちに、強い印象を受けたのは、伊藤氏が、「日本は本気で特殊部隊を使う気がない」と確信した、ということだ。
 また、そうだったのか、と襟を正したことは、平成十一年三月二十三日の初の海上警備行動発令となった能登半島沖不審船事件におけるイージス艦「みょうこう」が直面していた事態と不審船追跡目的が明確になったことである。
 「みょうこう」の伊藤祐靖航海長と不審船に拳銃を持って飛び移ろうと覚悟を決めた彼の部下達は、不審船に閉じこめられているかもしれない拉致された日本人を救出しようとしていたのだ。

 まず、伊藤氏は、十年前に、自ら育成した特別警備隊を離れて艦隊勤務を命じられたときに、「日本は本気で特殊部隊を使う気はない」と確信して自衛隊を辞めた。
 そして、私は、三年前に、衆議院予算委員会で、自衛隊を北朝鮮に送り込んで拉致被害者を救出することを考えないのか、と安倍総理に質問したところ、「日本にはその能力がありません」と答えられて愕然とした。
 「能力がない」のではなく、「使う気がない」のである。
 この答弁は、国家の為に、あの苛酷な訓練をしている自衛官に対する侮辱である。

 次ぎに、不審船事件、海上警備行動が発令されて、イージス艦「みょうこう」は三〇ノットの猛スピードで北上する不審船を追尾して警告のために一二七ミリ炸裂砲弾を連続発射していた。
 その激しさは、「一つ間違えれば、拉致された日本人もろとも工作船を吹き飛ばしかねない」ものだった。
 その結果、不審船は停止した。
 次は、止まった不審船内に立ち入り検査をすることになる。
 そして、航海長の頭が「真っ白」になった。
 「無理だ。なぜなら、一回も訓練をしたことがない・・・
 高度な軍事訓練を受けているに違いない北朝鮮工作員らと、銃撃戦をする。
 銃撃戦で犠牲者がでることは避けられない。
 それどころか、工作母船には必ず、自爆装置が装備されている。
 ごく普通に考えて、立入検査隊は全滅する。」
 その時、立入検査隊に決まった手旗士が伊藤航海長に質問した。
  「私の任務は手旗です。私が行く意味があるんでしょうか」
 以下、本書をそのまま引用する。

 私は答えた。
 「つべこべ言うな。
 今、日本は国家としての意志を示そうとしている。
 あの船には拉致された日本人のいる可能性がある。
 国家は、その人たちを何が何でも取り返そうとしている。
 だから我々が行く。
 国家がその意志を発揮する時、誰かが犠牲にならなければならないのなら、
 それは我々がやることになっている。
 その時のために自衛官の生命は存在する。
 行って、できることをやれ。」
 彼は、一瞬目を大きく見開いてから、なぜかホッとした表情を見せた。
 「ですよね、そうですよね。判りました。」
 ・・・
 そして、一旦解散した検査員たちが、食堂に帰ってきて再集合した。
 驚いたことに、彼らの表情は一変していた・・・
 悲壮感の欠片もなく、ニコニコはしていないが、清々しく、自信に満ちて、
 どこか余裕さえ感じさせる、美しいとしか言いようのない表情だった。
 特攻隊で飛び立っていった先輩たちも、きっとこの表情で行ったに違いない・・・
 彼は私の前で立ち止まり、挙手の敬礼をした。
 「航海長、お世話になりました。行って参ります。」
 ・・・
 彼は言い終えると、吹っ切れたように再び正面を向いて進み始めた。
 そして、五、六歩行ったところで急に振り向いた。
 「航海長、あとはよろしくお願いします」
 ・・・
 彼らの表情はなぜ美しかったのか。
 それは、彼らが”わたくし”というものを捨てきっていたからだ。
 若い立入検査員たちは、短い時間の内に出撃を覚悟し、多くの欲求を諦めていった。そして、最後の最後に残った彼らの願いは、公への奉仕だった。

                 (略)

    http://www.n-shingo.com/jiji/?page=1222

              ~西村眞悟の時事通信より~

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 感謝感激でした!一水会40周年大会

                 (略)

 最後に挨拶した伊藤祐靖さんだが、挨拶を聞いて、ビックリした。
 今出ている月刊『文芸春秋』(10月号)に、「独占手記。元自衛官、尖閣に日の丸を掲げるの記」を書いている。

 この40周年大会の2日前、文化放送に出た私は、『文芸春秋』の島田真編集長と対談した。「この人は凄い人ですよ」と島田さんは絶讃していた。「じゃ、ぜひ会ってみたいですね。紹介して下さいよ」と言った。
 その当人の伊藤さんが、挨拶していた。挨拶が終わった時に、声をかけた。「初めまして。おとといの文化放送で伊藤さんの話をしてたんですよ」と。

 「あっ、鈴木さん。久しぶり」と言う。
 エッ? 前に会ってたっけ。「一昨年の世界愛国者平和大会の時に会ってますよ」と言う。「ルペンさん(フランスの国民戦線代表)のボディガードをしてました」と言う。
 アッ、あの時の人か、と思い出した。ルペンさんは世界的に有名だ。何かあったら大変だ。さらに、靖国神社にも参拝した。
 その時、何人かでガードし、それを指揮していたのが伊藤祐靖さんだった。

 伊藤さんは、二次会にも来てくれたので、ボディガードの苦労話、又、尖閣に泳いで渡り、日の丸を掲げた時の話などを詳しく聞きました。
 元海上自衛隊・特別警備隊先任小隊長だった。「特殊部隊」だと言う。尖閣の上陸も、時間を計り、タイムリーに計画を実行している。
 本を読んでも、さすがはプロだ、と思った。ルペンさんのガードでは、銃は持てない。そんな中で、どうやって守るのか。相手が銃なら、どう対応するのか。などについても聞いた。

                   (以下略)

    http://kunyon.com/shucho/120924.html

                   ~鈴木邦男をぶっとばせ!より~


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 写真を探してみてください。一見「この人が?」といった顔相だけど、眉間に意識が集中したとき、何とも言えぬおそろし気な顔になりそうです。
 こういった顔の人が周りにいませんか?
 普段から深刻そうな顔で、眉間にしわ寄せて(左巻きの人にはたくさんいます)、という人は、緊急時、顔はそのままです。
 ということは緊急時も平時の事しかできないということです。



 追記
 今朝(7月31日)、偶然「報道2001」に氏が出演されているのを見ました。
 「緊急時の対応法」について説明されたのですが、ナイフであろうがスマートフォン、丸めた雑誌等、何であっても、とにかく順手で持たず、必ず逆手に持つということを示されたのには感激しました。
 また、折り畳み傘を伸ばして棍棒のように使う場合。
 普通に柄を引くのではなく、敢えて片手で傘のしずくを切るように振って伸ばす。
 「効果に差はなくとも、それを見た相手は同じならもっと容易に倒せる対象を、と探して目が泳ぐ(この僅かな隙が生死を決する)。」
 
 「やられない」ことが目的だからこそ、相手を必ず倒すという気勢をつくる。
 テロリストに限らず、外交、政敵相手でも同じでしょうね。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする