これは、傑作。
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『図書館の魔女(上)』
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『図書館の魔女(下)』
著者: 高田大介
出版社:講談社
あまり夢中になってしまって、子どもたちに「お母さんをしばらく一人にしておいて!!」と頼んで奥の部屋にこもるほど。
静けさの中で文字と言葉と物語に酔いたいと真剣に願った作品なんて、この数年では記憶にないぐらい久しぶり。
登場人物一人一人の深みある人間像・パズルのように完成していく練りこまれたストーリーはもちろんですが、作品の随所に表われる知的なやりとりが本と言葉を愛する人間にとってはたまらない物語です。
目が捉える文字から、自分のイメージ力・想像力の限りを尽くして物語の中に入り込んで、読み終えたころには疲労感と脱力感を感じるぐらい物語にのめりこんでしまいました。
珍しく「ああ」「うわ」「えぇっ」と声を上げ、ページを行ったり来たりしながら読み続ける妻を見て、夫もさぞかしビックリしたと思います。
書架でこの本を見つけた人は、まず本の厚さに驚くのじゃないでしょうか。
上巻のページ数は654ページ。下巻は、806ページ。つまり、1460ページもある大作です。
辞書と並べてみると、こんな感じ。ほぼ辞書と同じ厚みがあります。
普通の小説が「アナログ」の情報量だとしたら、この物語は「デジタルハイビジョン」。冒頭から、映像が頭の中で動き出すような気がするほど細やかに描写されています。だからこそ、このページ数になるのだと非常に納得。一旦読み始めてみれば「もっと長くてもいい、まだこの続きを知りたい」と思うぐらい物語に引き込まれてしまいますし、自分の語彙力と知識の不足で全てを読み切れていない気がして不安になるほどの情報量です。きっと、学生の頃と、30代の今と、10年後に読むのではまた理解が違うのではないかと思います。(退化していかないといいんですけれど)
できたら、『日本大辞典』『広辞苑』などの大きな辞典を手元に置いて読むことをおススメします。
花や植物の図鑑などもあると、なお良いと思います。
この本には、東西の文化が散りばめられています。
現実世界の西洋と東洋、そしてその合流地点である中東・アラビア・オリエントの文化・言葉が混在し、その混在ぶりが物語世界の独自の歴史背景を伝えようとしているようです。
舞台である地域の地図も、東西文化の交わる地中海東部・オリエント付近に似ているような気がしてなりません。
「図書館」と「高い塔」、そして「言語」と言えば、聖書の「バベルの塔」とボルヘスの『バベルの図書館(La biblioteca de Babel)』を連想した方も多いのではないでしょうか。バベルは、バビロニア。まさにオリエントです。
さらに、表紙はアラベスク模様で、イスラム文化圏・スペインのアルハンブラ宮殿やチュニジアのシディ・サハブ霊廟の壁面を思い起こさせます。物語の一番大切な建物の内壁はこんな感じなのでしょうね。ほのかな光は、出会いの日の蝋燭の灯りのイメージでしょうか。写真では細かい唐草模様も、独特の手触りも伝わらないと思いますが、装丁も本当に素敵です。
ところどころに日本語以外の言語(アルファベットや漢文)が出てくるのは、著者 高田大介さんの研究領域が「印欧語比較文法・対象言語学」だからもあるのでしょう。表紙タイトルにも『de sortiaria bibliothecae』とあります。もちろん、この物語を読むうえで外国語の辞書が必要になることはないのですが、ラテン語とフランス語などの辞書を見ながら「ふむふむ」と見比べるのも一興。文法はすっかり忘れてしまいましたが「大学時代に複数言語の講義を受けておいてよかった」とさえ思いました。久しぶりに対象言語学のテキストも読もうと思ったぐらいです。(たぶん、押し入れの中
)
この本を深く理解するためには、三国志や漢詩などの中国文学やオリエント文明の灌漑技術の本なども、面白いかもしれません。
そうそう、女性が物語の中で大きな役割を持つところも、同じ女性として嬉しいところです。
世界を武力ではなく言葉と知識で治めていけたら、本当にいいのですが。
今まさに戦の中にあるダマスカスの歴史文書館はどうなっているでしょうか。早く平和が訪れますように。
<追記>
『de sortiaria bibliothecae』の意味はもちろん『図書館の魔女』のようです。
ラテン語で、「de」は「~について(奪格支配の前置詞)」、「bibliothecae」は「図書館の」(=図書館= bibliotheca の属格)かな。
「sortiaria」 は、たぶん「sort(魔法・呪文)」+「aria(に関する女性)」ではないかと思うのですが……。ちょっと手元に羅和辞典や文法書がないので自信がありません。(例. libraria 女性司書)
本文中にも出てくるフランス語の「sorcier(ソルシエ・魔法使い)」「sorcière(ソルシエール・魔女)」には、「運命を引く人」という原義
※があったようなので、この物語にとても似合っている気がします。
※ジーニアス英和大辞典「sorcerer」の項によると。
<追記 2015.01.26.>
続編(第2作)の発売日は2015年01月27日。タイトルは
『図書館の魔女 烏の伝言』(トショカンノマジョ カラスノツテコト)です。
<関連記事>
・
『図書館の魔女』感想 つづき - MOONIE'S TEA ROOM
・
『図書館の魔女 烏の伝言』 - MOONIE'S TEA ROOM
<追記 2016.09.20.>
文庫化されて、特設ページができてました。
文庫版は全4巻なんですね。
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高田大介『図書館の魔女』特設ページ - 講談社文庫
第3作『図書館の魔女 霆ける塔』(トショカンノマジョ ハタタケルトウ)についても、「2016年刊行予定」と案内がありました。
とても楽しみです。