「信じられるか? あの、まだ風に描かれる風紋のようなものたちが、いずれ世界中に風紋を描く風になるのだということが」
声は厳かに言った。それは胸に深く染み入って来る。得体のしれない、だが不思議になつかしい心が伝わってくる。アシメックは胸の深くに微かな痛みを感じた。眼下の沼では、人々は忙しく働き、どんどん沼に稲を植えていく。声はまた言った。
「この事業はいずれケセン川に広がる。北の沃野にも浅い沼が広がる。赤米の稲から突然白米が見つかる。そこからが本格的な農耕の始まりだ」
アシメックはわけがわからなくなった。だがそこで、突然気付いた。これは、夢だ。アシメックはミコルが言っていたことを思い出した。人間は夢を見ている時、アルカラを思い出してそのまま死んでしまうことがあるということを。
まずい。これはアルカラからの風だ。そう思ったアシメックは焦って目を覚まそうとした。今死ぬわけにはいかないのだ。
ひとしきり、砂の中を泳ぐようにあがいて、アシメックはようやく夢から帰ってきた。重い瞼を開けると、家の天井の木組みが見える。汗が流れていた。危ないところだった。あのままアルカラを思い出していたら、今頃自分はこの寝床で死んでいたかもしれない。この時代、そういう死に方をするものは多かった。
寝床から身を起こして見回すと、家の中にはソミナもコルもいなかった。外からコルがはしゃぐ声が聞こえる。ソミナと何かをして遊んでいるのだ。今日は目を覚ますのが遅かったようだ。しばらくすると、コルがソミナに命じられ、アシメックを起こしに来た。小さなコルは家の中に入ってくると、アシメックに近づいて、もう起きて、とおずおずと言った。コルはソミナにはなついているものの、まだアシメックは怖いのだ。