赤米の稲は、白米と違い、ほとんど世話をしなくていい。植えれば、勝手に育っていく。
タモロ沼に植えた稲は、それから見る間に茂っていった。どんどん丈が高くなり、見晴らしのいい静かな広い風景は、あっという間に稲の群生で埋まった。赤米の稲は丈が高いのだ。人間がかかわり出してから、微妙に姿を変えているが、野生のものに近い。
広い沼があきれるほど豊かな稲の林になるのに、さほど間はかからなかった。赤米の稲はすごい。まるで神を見るような目で、村人は毎日のようにタモロ沼に向かい、稲が茂っていくのを見た。
「今年の収穫は多くなるな。いいぞ」
「でもこれ、どうやって収穫するんだ。タモロは浅くて舟が出せない」
「足で入ればいいんだよ。そんなことくらい何とかなるんだ」
「そうとも、難しいことはない」
新しい沼を見ながら、みんなは口々に言った。やってみるさ、というアシメックの言葉が、響いていた。オラブが引き起こしたこの苦しい難を、アシメックはこんなことで乗り超えようとしている。それが村のみんなの心にかける影響は大きかった。
楽師たちが新しい歌をいくつもこしらえた。母親たちが子供に話す話も増えた。神話ができようとしていた。神カシワナカの神話に、雄々しい族長の話がつながり始めている。
だがアシメック自身は、そういう村人たちの心の変化には、あまり気付いていなかった。少し自分に変調を感じ始めていたからだ。