「よし、わかった、いい子だな」
アシメックはコルの頭をなでながら、言ってやった。コルはほめてやると喜ぶ。いいところを見て、いいやつに育ててやらねばならない。
間もなくソミナが糠だんごを持って来たので、アシメックは囲炉裏の前に座ってそれを食べた。夢のことはもう半分忘れていた。だが、はるか上から沼を見下ろし、みなが沼に稲を植えていた風景は、鮮やかに脳裏にあった。
アシメックは自分の年を考えた。四十を過ぎてから、自分の年を数えるのが面倒になってきたから、正確には今わからない。だが、この時代の平均寿命から考えれば随分と長く生きていることは確かだ。体力もそう衰えてはいない。だが、昨日まで元気だった男がとつぜん死ぬことなども珍しくはなかった。アシメックもいつそうなるかわからない。不安を払いのけるように、アシメックは首を振った。死ぬわけにはいかない。まだやらねばならないことがある。
化粧をすると、アシメックは外に出た。ここ最近は、ミコルの占いを聞きもせず、真っ先に沼に向かうようになっている。
季節は秋に近づいていた。もうすぐまたコクリが咲く。イタカの側から見た沼の稲も、重く実り始めていた。今年も去年と同じくらいの収穫が見込めそうだ。だが今も、ヤルスベ側からたびたび米の要求が来ている。そのたびに、身を切るような思いをして、米を分けている。まだ村人が飢えるほどではないが、確実に食糧は少なくなっていた。山からとる栗や林檎だけでは、とられる米の量を補うことはできない。鹿の肉にも限界がある。
オロソ沼を広げ、稲の量を増やすしかないのだ。
岸に立つと、広がった沼の水面を風が撫でていた。美しい水紋が現れる。ふと、夢で聴いた言葉を思い出した。
あれらは、風で動いている風紋のようなものなのだ。あなたが起こす風がなければ動かない。
そうなのか。確かにおれはみんなの先頭に立ってやる。だがそれは族長なら当たり前のことだ。