また、妙なものを撮ったなと思ってる方もいらっしゃるかな? 昨日、親戚の農家から頂いたトマトです。前にも、りんごの写真なんか撮ったことがありますが、あれがわたしの最大傑作! 惜しいことに、元の画像はパソコンとともに消えてしまいましたが、ブログに残した小さいのだけは残ってます。ほんと、データはもっと大切に保存しとかないといけないですね。
何の変哲もないトマトの写真に見えますが、見ていると、やさしいなって感じるでしょう? 愛の響きを、感じるでしょう。トマトが、わたしたちに、やさしいことをしたいなって思ってること、わかるでしょう。
ほんとうに、人間は、こんなふうに、たくさんの愛に助けられているんです。トマトやイチゴは、ほんとうにやさしい食べ物。いいんだよ。全部食べなさい。いっぱいいいことしてあげるからね。いつもそう言っている。だから、スーパーなどで、赤いトマトやイチゴの山を見ると、ほっとするでしょう。なんだか、荒れていた気持ちが、すっとなおってくるような気がするでしょう。
愛の響きに、耳を澄ませてみましょう。心を開いてみましょう。
目を閉じて、自分の魂の感覚に集中してみましょう。自分がここにいる、ということを感じて、その奥から聞こえるものを、探ってみましょう。愛がそこに聞こえるはずだ。なんでもしてあげたい。みんなあげたい。いっぱい、いっぱい、愛してあげたい。そういう声が聞こえるはずです。
その感覚に、慣れ親しんでみましょう。
たとえば、スーパーで、A商品と、B商品のどちらを買うか、迷うことがありますね。そんなときね、自分の心の響きに耳を澄ませてみるのです。それでね、愛の響きの世界があると信じて、見えない愛の存在に、尋ねてみるのです。
「これとこれ、どちらを買えばいいでしょう?」
するとね、親切なことをしてあげたいと思う、見えない愛が、すっとあなたの魂にささやくんですよ。するとね、声は聞こえないけれど、なんとなく、A商品がちょっと嫌な感じがしたり、重く感じたりします。そして、B商品が、なんとなくいい感じにみえたり、軽く感じたりするのです。
微妙な感じなんですけどね。そんな小さな感じを、馬鹿にしたりせずに、大事にしていくのです。すると、少しずつ、自分の中に、愛の響きが流れ込んでくるんですよ。B商品を買って帰って、使っていると、あら、なんだかいい感じがするなってことを、見つけていくのです。これを使うと、いいことがあるみたいって。
そうやって、愛の響きに親しんでいくと、いつの間にか、自分のまわりに、いいものやすてきなものが、たくさん集まってくるようになるんですよ。
ほんとよ。要は、信じることです。
このトマトもね、その愛の響きから来たのです。
スーパーで一個のトマトを買ったとき、わたしは思わず言ったのです。トマトやいちごは、とってもやさしい食べ物だよって。そしたらね、親戚の人が山ほどトマトをくれたのです。つまりね、わたしがトマトを心からほめたので、トマトがとてもそれをよろこんで、わたしに、親切にしてあげたいと、思ったのです。そのトマトの愛を感じた、見えない愛の響きが、ふっと、親戚の人の心にささやいたのです。
トマトを、あの人に、あげましょうよ。
そしてね、その人は、なんとなく、トマトをわたしにあげたくなったのです。
ほら、すてきでしょう。あるんですよ、こんなこと。
愛は、いつも、こんなことを、見えないところで、いっぱいしてるんですよ。