年末まで後一ヶ月、少し早いが時間を見つけては大掃除に取り掛かることにした。
今年は、例年と違って掃除と言うよりは不要物の処分が中心。数年前「断捨離」と言う言葉が話題になった時期、不要な衣類などかなり処分したつもりだが、良く見ると未だ不用品だらけ。屋根裏に収納している物など、何故しまっているのだろうと自分自身不思議に思ってしまうものまである。
そして屋外には物置が二つも。どう見ても一つに収まりそうな気配。
こんな状態である日ポックリなんて事になると、遺族に申し訳ない。そこで最近耳にするようになった言葉が「生前整理」。読んで字のごとく、遺品整理に遺族の手を煩わすことなく、生きてる内に自ら整理整頓を心がける事。
一方、不用品の片付けも体力と気力が充実している内にやっておかないと、あまり歳をとってからでは出来ない。体力的な問題もさることながら、歳をとるにつれ愛着心が強くなって、捨てる気が起きなくなって来るだろうし、捨てるための決断力も萎えてくる。
そして、遺族は業者に金を払って処分依頼、これでは物に対して申し訳ない。
自分が持ち続けて来た物くらいは自分で整理しておきたい。
「生前」とつくと少し早いような気もするが、早いに越したことはない。と言う訳で、今年の12月は「生前整理」月間になりそうだ。
今年は、例年と違って掃除と言うよりは不要物の処分が中心。数年前「断捨離」と言う言葉が話題になった時期、不要な衣類などかなり処分したつもりだが、良く見ると未だ不用品だらけ。屋根裏に収納している物など、何故しまっているのだろうと自分自身不思議に思ってしまうものまである。
そして屋外には物置が二つも。どう見ても一つに収まりそうな気配。
こんな状態である日ポックリなんて事になると、遺族に申し訳ない。そこで最近耳にするようになった言葉が「生前整理」。読んで字のごとく、遺品整理に遺族の手を煩わすことなく、生きてる内に自ら整理整頓を心がける事。
一方、不用品の片付けも体力と気力が充実している内にやっておかないと、あまり歳をとってからでは出来ない。体力的な問題もさることながら、歳をとるにつれ愛着心が強くなって、捨てる気が起きなくなって来るだろうし、捨てるための決断力も萎えてくる。
そして、遺族は業者に金を払って処分依頼、これでは物に対して申し訳ない。
自分が持ち続けて来た物くらいは自分で整理しておきたい。
「生前」とつくと少し早いような気もするが、早いに越したことはない。と言う訳で、今年の12月は「生前整理」月間になりそうだ。