リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

市立美術館

2005年06月06日 08時36分34秒 | 日記
今日は第一日曜日ということで、市立美術館に行って来ました。第一日曜日は無料開放日です。
駅を通り抜けて、エリサベーテン通りに出て、しばらく行くと大きな交差点に出ます。そこから2,3分歩くともう世界で最も古い公共美術館の1つらしいバーゼル市立美術館です。(なんでも1671年に公開されたらしい。)
今までにも何回か入ったことがあるんですが、なかなかのコレクションで、タダで見られるのも今日が最後なので、見納めに行ってきました。(笑)
1400年代以降の宗教画コレクションはなかなかの質と量です。こういう古い絵を見ると、いつも年代をチェックして、「なるほど、この絵が描かれた頃に、アグリコラの音楽が流れていたんだな」という風に音楽と合わせてみるのが、なんか習性みたいになっています。(あと、リュートが描かれている絵をさがすとか(笑))

ときどきNHKのなんとか美術館というような番組のBGMが全然ずれていたりするときがありまして、そういうのはすごく気になりますね。ハンス・ホルバイン(16世紀前半)の絵の紹介なのに、コレルリが流れていたりして・・・
ホルバインと言えば、(強引に持っていきますが(笑))市立美術館でたぶん一番有名な(と誰かから聞いた)「墓の中の死せるキリストの亡骸(1521)」もしっかり見てきました。キリストの亡骸が横たわっているのをまるで墓の中にいるような視点で描いた作品で、超横長の特異な形の作品です。

学校の近所にホルバイン通りというのがあるんですが、ホルバインがひょっとしてそこに住んでいたのかな。そういやピカソ通りというが美術館の近くにありますね。ピカソは多分バーゼルには住んでいなかったはずなので、何なんでしょうね。ピカソがバーゼル市立美術館に絵を寄贈したことがあるらしいので、うれしさの余り、通りの名前をピカソ通りに変えてしまったとか。(笑)

ペット

2005年06月05日 03時21分12秒 | 日記
こっちに来てずっと自炊しています。最初は要領がわからず、包丁ワークもぎこちなかったですけど、もうすっかり慣れてしまいました。基本食はご飯と野菜スープ。野菜スープは、いろんな野菜や乾物をあるだけ放り込むので、スープというよりごった煮に近いかも知れません。これに魚の缶詰やシュニッツェルなどを付けるときもあります。
なんかこうやって自炊していると、ウチに自分という巨大なペットを飼っていてそれにエサをやっているって感じですね。(笑)衣類も洗ってやらなきゃならないし、たまに小屋も掃除してやらなきゃいけないし。ホント手間かかります。
一時期はときどきレストランに行くこともありましたが、ここ半年くらいはパタリと行くのを止めました。日本みたいに数百円で食事ができるレストランはこっちになく、自炊に比べると相当割高だからです。(←早く気がつけっつーの)
このことに気が付き、他のことも含めて節約に励んだ結果、多分もう家賃一ケ月分+インターネット代2ヶ月分くらいはういたかな?
こういう質素な野菜スープ+ご飯+アルファの食生活と自動車なし生活のお陰で、体重が8キロも減りました。日本にいたときは、お金をかけてフィットネスクラブに通って2キロ減がいいところでしたから、思わぬ副産物です。お陰でかっこいいジーンズもはけるようになったし。でも来月日本に帰るんですけど、体重が戻ってしまわないようにしないと。「リバウンド」が怖いな。(笑)

野外ギャラリー

2005年06月03日 03時50分50秒 | 日記
先週の終わりはむちゃくちゃ暑くて、夜通し窓を開けたまま寝ていました。日中は35度くらいあったんじゃないかな。
それが一転して火曜日あたりから15度くらいまで下がりまして、快適な毎日に戻りました。今年のヨーロッパはちょっと異常?去年はまぁ常識的だったんですけどね。私はこっちに居ませんでしたが、一昨年は猛烈に暑かったらしいです。こっちは暑さに対する備えがないですから、先週末みたいな暑さが続いたらアウトですね。

以前散歩に出かけましたら、こんなのがありました。(写真)野外ギャラリーって感じですけど、落書きされたりいたずらされたりしないのかなと思っていました。今日またその近所を夕方散歩しましたら、無事でしたね。街にスプレー落書きをするおにいさん(おねえさんもかな)は、こういうのにはいたずらしないのかな。治安が良くて雨風の少ないスイスならではの光景ですね。

忘れ物の話 (2)

2005年06月01日 21時20分16秒 | 日記
二つ目は大物です。(笑)
昨年日本に一時帰国するときに、列車の中にショルダーバッグを置き忘れてしまいました。その中には、ノートパソコン、PDA、パスポート、航空券が入っていました。しかし何でまたそんな重要なものを、という感じですけど、忘れるときは忘れるもんです、はい。
このときは私の娘がこっちに来ていまして、一緒に日本に向うことになっていました。チューリヒ空港駅で降りて空港の建物に入るその瞬間気づきました。

「な、ない・・・」

重要物満載のバッグがないことにそのとき気づいたのです。まだ列車は止まっているかもしれないと思い、急いで駅に戻りましたが数分前にその列車は出発した後でした。
でもそのとき、不思議にあわてませんでしたね。
なにしろここはスイスなんです、絶対戻ってくるさ、さて遺失物受付はどこかいな?
もう余裕しゃくしゃくです。でも内心ちょっとびびってはいましたが。(笑)
空港駅の遺失物受付を探して、必要なことを伝え、待つこと30分あまり。お姉さんからバッグ発見の連絡をもらいました。
うーん、すばらしい!!
バッグは2時間ほど後にこちらに届けられる由。ひとまずほっとしましたが、それでは飛行機に乗れません。娘はもし見つからなかったときに備えて、とりあえず先にチェックインしていましたので、先に出発して明後日にシンガポールで落ち合うことに。(シンガポール航空でしたから)
飛行機が出発してしばらくたったころ、例のバッグは無事私の元へ。中味を点検しましたが、全て無事でした。今の日本でもこういうことはもうあり得ないような気がしますが、スイスっていい国ですね。
その日はすごすごと自宅に戻り、翌日また空港に向かいました。このときは一時たりともバッグを離しませんでした。でも今度はまた別のものを忘れるといけないので、それらにも目を配り、慎重に。で、無事翌日シンガポールで娘と落ち合い、その次の日、日本に着きましたとさ。

忘れ物の話 (1)

2005年05月31日 00時29分05秒 | 日記
私はよく忘れ物をするほうだと思います。特に傘はしょっちゅうです。でもこっちではまだ一度も傘を忘れたことがありません。ま、雨の日が少なくて傘を使う頻度が少ないからでしょうけど。
でも、大きな忘れ物をしたことが2回あります。一つはPDA。確かこっちに来てまだ間もないころだったと思いますが、チューリヒに行くときの列車の車内で忘れた(というか落としたいった方が近いかもしれまんが)ことがありました。ズボンの後ろポケットに入れてあったPDAが列車に座っているときにポロリと外に出て、そのまま気が付かず列車を降りてしまった訳です。
気が付いたのはチューリヒから帰ってきてウチに着いたときですから、間抜けなもんです。(笑)どこを探してもPDAが見あたりません。大事な予定(ってそんなに沢山ありませんけど)が書かれていたPDAです。データそのものはパソコンにバックアップしてありましたが、PDAは必需品なので、もったいないけど新しいのを買わざるを得ないなと思いました。
翌日のレッスンのときに、ホピーにそのことを話すと、

「ショージ、ここはスイスだということを忘れてはいけないよ。イタリアとかフランスとは違うから。駅の遺失物係に届けてごらん。100%とは言わないけど、かなり高い確率で戻ってくるよ」

と真顔でいいます。いくら治安のいいスイスでもホンマかいなとは思いましたが、帰ったらさっそく遺失物係に連絡してみようと思ってホピーの家を後にしました。帰ってしばらくすると電話です。チューリヒの向こうの街、ヴィンタートゥアの近くに住んでいるとおっしゃる方で、私のPDAを列車の中で取得したという。なんでもPDAのオーナーを住所録から推測して私のところに電話したそうです。

「PDAの中に書かれている住所はあっていますか?」
「は、はい!ありがとうございます」

親切な方に拾っていただきさらにその方がPDAの扱いをよくご存じだったという二重の幸運がかさなったんですね。2日くらい後にPDAは無事ウチに届きました。その年のクリスマスにはたっぷりお礼をしたのは言うまでもありません。

もう一つの忘れ物はまた明日。

Schengen

2005年05月30日 05時45分20秒 | 日記
ここ一ヶ月くらい、Schengenということばが書かれた広告を街でよく見るようになりました。ウチのポストにSchengenがどうたらこうたらという、パンフレットも入っていました。中味は、Schengenが治安を悪くしたり、スイス人の職がなくなるというような内容です。これからするとSchengenというのは、多分移民政策みたいなことに関することだと思いましたが、こういうときはまず辞書です。
日本から持っていったカシオの電子独和辞典で調べてみましたが、載っていません。大家さんは最近また出かけているみたいなので、ひとつ下のアナ(ドイツ人です)に聞いてみたらそんなことばしらないという。うーん、スイス語だなこれは。
スイスも移民や難民の受け入れで苦労しているみたいです。昔から住んでいるスイス人は皆モラルや治安の低下を嘆いています。まぁ、それでも他の西ヨーロッパの国々と比べたら相当いいほうだとは言えますけどね。私の周りには土地の人じゃない人が結構沢山住んでいますけど、別にどうってことはないし。あ、私も土地の人じゃないですしね。
でも、難民の子供の良くない行状もいくつか聞いたことがありますし、薬物中毒は多分日本よりひどいみたいだし。この間も近所の公園を散歩していたら、中学生くらいの男の子たちがかたまって何やら煙を吸っていました。そばを通っていったら明らかにタバコとは違う臭い。こっちの子はタバコくらいは平気で人前で吸っていますから、(最近は日本もそうかもしれないけど)あれは多分マリファナでしょう。ってマリファナ吸ったことないので断言はできませんが。
とはいうものの、基本的にはバーゼルはとても安全な街ではあります。族もいないし、ヤクザみたいな人も見たことないし。(笑)
Schengenに関する投票は、来月の初めくらいにあります。悩めるスイスはどういう選択をするでしょうか。

本格的夏到来?

2005年05月28日 06時28分52秒 | 日記
5月の始めのころ何日かこっちで言う夏のような日がありましたが、それ以降ずっと涼しくストーブがあった方が、という感じの日もあったくらいです。それがここ2,3日いよいよ夏到来ですねぇ。
もっとも日本でいう夏とはほど遠く、湿度が低いのでさらっとしています。昨日ホイヴァーゲ近くにある屋外温度計では30度を表示していました。でもこの数字がホンマかいな、と思えるほど、外気温は穏やかなものでした。日本で30度になると結構強烈ですからね。
それにこっちは夜になると涼しくなるので楽です。
暑くなると夕方頃(といっても元々緯度が高い上にサマータイムなので、日本の夏でいうと3時頃のような明るさです)には繁華街のレストランはみな外にある椅子に座って一杯やったり食事をしたりしています。日本ではこういうことができる時期って比較的限られていますけど、バーゼルの場合結構長い期間外で飲食できます。もっとも中は冷房がないので暑いから外で食べるということなんでしょうけど・・・
それにしてもお昼ころ街を歩いてもそうやって一杯やっている人が結構いるんですけど、彼らは仕事はどうなってんのかな?単に失業していてすることがないだけかも知れませんが、でも街に人が沢山出て来て、にぎわうというのはいいことではありますよね。

車売ります

2005年05月26日 00時01分21秒 | 日記
道を歩いていると、ときどきとめてある車に「売ります」と書いた紙が貼ってあることがあります。始めは誰かがいたずらで紙を貼っていったのかと思いましたが、よく見ると紙は内側から貼ってあるので、車の持ち主が張り紙をして、道に駐車してあるようです。
最近の日本では、張り紙も何もしてないのに、勝手に車を持っていく人もいるようですけど、(ただし高級車だけらしい)さすが治安のいい性善説の国スイスですね。(笑)
少し前、ウチの前にとめてあったすごいかっこいいアルファロメオが「売ります」になっていました。決して車は嫌いな方ではないので、もしこっちで車を買って、日本に持っていくとすると・・・なんて考えてみましたが、まず先立つものが必要ですね。(笑)
昔、ヨーロッパから自前で並行輸入を考えたことがありましたが、やれなくはないんですよね。シベリア鉄道でナホトカ(だったかな?)まで運び、そこから新潟まで船で、それから陸路で近所まで運んで、国内法規に合わせた業者のところに持ち込んで改造して、車検を受けて・・・でも最近シベリア鉄道は危ないというし、途中のリスクを考えるとあまり得策ではないような感じです。
そういや、去年エジンバラに行ったとき、オーストラリアから車ごと引っ越してきた人に会ったことがあります。自分が乗っている車に一切合切の荷物を積み込みそれごと船に乗ってきて、エジンバラではその車に乗って、帰るときはたぶんその逆をするわけです。うーん、なかなかいい方法ですね。必要な荷物を送らないで車に積み込むというところがミソです。荷物の梱包&送付って結構面倒ですからね。でも車関係の法律はどうクリアしたんでしょうね。イギリス連邦内だからゆるいのかも知れないし。日本からだと、多分荷物の梱包&送付よりそっちの方がよっぽど面倒な感じだし、運賃もかさむし、これもあまりメリットはなさそうです。

目覚め

2005年05月25日 04時07分55秒 | 日記
今朝、突然の轟音で目がさめました。アスファルトを切り裂く、あのドドドドドドドドド~です。びっくりしましたね。一瞬何事が起こったかと思いました。時計を見ると7時半。世間のみなさんはもうとっくに起きている時間かも分かりませんが、私はまだ熟睡の時間。(笑)
でも、こんな音量じゃとても寝てられませんから、起きることにしました。ひょっとして一日中やってる?と不吉な事態が脳裏をかすめました。ということはリュートの練習どころではなくなる!スコラで部屋を探しながら練習か、部屋探すのって結構大変なときもあるしなぁ、明日もまたこんなんかな?と次々に「負の可能性」が広がって来ます。
でもよく考えたら、スイスの労働者ってあまり勤勉に見えないから、一日中やるわけないですよね。
窓から作業をみたら、アスファルトを長方形の形で切り裂いていて、二つ目の辺が半分くらい行ったところです。
案の定20分もしないうちに終わりました。もう一度寝直ししようかとも思いましたが、また戻ってくるといけないので、やはり起きていましょう。(笑)
日本のウチの近所で、国道集中工事とか言って夜通し工事をしていたことがありましたが、地域住民は大変でした。でも道路は早く整備されてその分は助かります。
こっちはせいぜいさっきの工事くらいですから、住民はほとんど文句は言わないけど、工事はなかなか終わらない。その遅さは半端ではありません。日本人の目には工事は進んでいないように見えます。
どっちがいいのでしょうね。

課題作り

2005年05月24日 06時32分59秒 | 日記
ボブ(中世リュートの先生)のレッスンの課題はいつもDjangoという、タブラチュア・プロセッサを使って書いています。Djangoのことは以前書いたことがありますけど、特にこの課題をするのに役立ちます。というのは、2色だけですけど、文字の色分けができるからです。
ボブのレッスンでは、毎回予め1曲声楽曲のリュートソロ編曲やリュート伴奏を作っていき、それを元にいろいろ議論しています。当初は隔週の予定だったんですが、なぜか毎週やってもらっています。正直毎週1曲新しい編曲を作っていくのは少々しんどいです。バッハのライプチヒ時代最初のころの苦労(新作カンタータをほぼ毎週1曲作っていた)がよくわかる・・・って、質的にも量的にも比較になりませんが。(笑)
中世の曲はテナーの旋律が最も重要なんですが、声楽曲をリュート用にアレンジするときにテナーの旋律だけを赤色で表示するわけです。これはホントに便利。特に中世の曲は全体の音域が狭くて、各声部が頻繁に交差しますから、真ん中だけとか最下部だけとか見ているだけではテナーの旋律を特定しづらいものです。それが赤色で示される訳ですから一目瞭然。
ボブはMacを使っているんですが、このDjangoを動かすために、とうとう最近Windowsエミュレータを買ったそうです。でもコンピュータはあまり得意じゃないみたいで、まだ稼働はしてないようです。ま、どの分野でもそうですが、ある程度の年齢以上の人は概ねコンピュータが苦手のようです。ホピーもそうだし今村さんもあまり得意じゃないみたいです。ただ、ホピーは息子がコンピュータの専門家なので、HP制作管理等を全てやっています。私は今村さんの電話サポートを時々してますしね。(笑)