フェルメールの「窓辺でリュートを弾く女」をもう少し詳しく考察してみることにしました。この絵のことについて詳しく(しかも音楽的な見地から)説明している本はないかと探しましたら、ありました。梅津時比古著の「フェルメールの音 音楽の彼方にあるものに」です。早速アマゾンで注文しました。
本が届いて読んでみますと、件の絵について説明しているのはその中の一章でした。この本全てがフェルメールの楽器が描かれている絵の考察かと思ったのでちょっと残念。(^^;)
少し引用してみます。
・・・女性の左手は高音部の糸巻きをつまんでいるが、右手は低音の弦に触れるか触れようとしており、高音の調弦を終えて低音に移ろうとしているか、あるいは、すべての音を整え終わり、確認のため低音から弾き直そうとしている寸前のように思われる。調弦し終えた高い音は立ち昇ったまま、まだ宙に止まっていて、その瞬間に女性は物思いにとらわれたのだろう。・・・
なかなか文学的で美しい表現です。特に「調弦し終えた高い音は立ち昇ったまま、まだ宙に止まっていて」のあたりはとてもすばらしい表現だと思います。
でも残念ながら、彼女が触っているペグは「高音部の糸巻き」ではありません。フェルメールの頃のフランドルにあったリュートは多分時代的に11コースのバロック・リュートだろうと思われます。彼女が触れているペグの位置は、4コースか5コースあたり、音名でいうとFかDです。右手の指の位置からすると10コース(ひくいD)あたりですので、調弦をしている動作だとすると、左手がペグボックスの奥から2番目か3番目のペグ(5コース)を触っているということになります。
でも多分5コースのDと10コースの低いDのオクターブで調弦している瞬間ではないと思います。理由は、右手が調弦している格好ではないからです。調弦するときはあのような形の手にはなりません。もちろん演奏しているときもそうはなりません。要するに弦をはじくときの形ではないということです。
昔のバロック・リュートを弾いている絵を見ますと、右腕の弦に対する「進入角度」は45度とかあるいはほとんど弦に対して直角に近いような感じのものばかりです。少なくとも絵にあるような右腕が弦に平行になるような感じで演奏している絵画は皆無です。そのような右腕進入角度はもっと古い時代、15,16世紀のいわゆるルネサンス・リュートの時代のものです。
では、彼女の右手は何をしているのでしょう。彼女の左肩に注目してください。肩に力が入っているような感じがしませんか?そして少しこちら(鑑賞者)側にきています。それに対して左腕は少し後ろにいっています。そして右腕は肩のあたり腕のあたりから力が入っていて、体も楽器に少し強めに圧着しているように見えます。
ペグを回すときに、ペグがペグボックスから抜けないように、少し押し気味にペグを回すのが調弦するときのコツですが、こちらから向かって左側の列にあるペグは上から押さえつけるように回せばいいのですが、反対側のペグは押さえつけて回すのがなかなか大変です。そんなときはどうするかというと、体を楽器に圧着させ、右腕全体で楽器を押さえて楽器が動かないようにして、ペグを回します。そうやってやっていてもどうしてもこの列のペグは緩み気味になり、緩んできて抜けそうだと感じたら、まとめてグッとペグを回しながら突っ込むこともよくします。このあたりは楽器を演奏したことがある人ならすぐ理解できるはずです。
つまり右腕や体で楽器を圧着させ、左手で少しゆるみ気味になっている4,5コースあたりのペグを「よいしょっ」と回しながらつっこんでいるという感じです。絵のタイトルとしては「ペグをまわす女」「ペグを突っ込んでいる女」あるいは「よいしょっ」(笑)あたりでしょうか。ガット弦の音は数秒で減衰してしまうので、この絵の瞬間の数秒前に高音弦をはじいた可能性はとても低いでしょう。もちろんこの絵の瞬間の前後に高音弦がなっているということはあり得ません。
本が届いて読んでみますと、件の絵について説明しているのはその中の一章でした。この本全てがフェルメールの楽器が描かれている絵の考察かと思ったのでちょっと残念。(^^;)
少し引用してみます。
・・・女性の左手は高音部の糸巻きをつまんでいるが、右手は低音の弦に触れるか触れようとしており、高音の調弦を終えて低音に移ろうとしているか、あるいは、すべての音を整え終わり、確認のため低音から弾き直そうとしている寸前のように思われる。調弦し終えた高い音は立ち昇ったまま、まだ宙に止まっていて、その瞬間に女性は物思いにとらわれたのだろう。・・・
なかなか文学的で美しい表現です。特に「調弦し終えた高い音は立ち昇ったまま、まだ宙に止まっていて」のあたりはとてもすばらしい表現だと思います。
でも残念ながら、彼女が触っているペグは「高音部の糸巻き」ではありません。フェルメールの頃のフランドルにあったリュートは多分時代的に11コースのバロック・リュートだろうと思われます。彼女が触れているペグの位置は、4コースか5コースあたり、音名でいうとFかDです。右手の指の位置からすると10コース(ひくいD)あたりですので、調弦をしている動作だとすると、左手がペグボックスの奥から2番目か3番目のペグ(5コース)を触っているということになります。
でも多分5コースのDと10コースの低いDのオクターブで調弦している瞬間ではないと思います。理由は、右手が調弦している格好ではないからです。調弦するときはあのような形の手にはなりません。もちろん演奏しているときもそうはなりません。要するに弦をはじくときの形ではないということです。
昔のバロック・リュートを弾いている絵を見ますと、右腕の弦に対する「進入角度」は45度とかあるいはほとんど弦に対して直角に近いような感じのものばかりです。少なくとも絵にあるような右腕が弦に平行になるような感じで演奏している絵画は皆無です。そのような右腕進入角度はもっと古い時代、15,16世紀のいわゆるルネサンス・リュートの時代のものです。
では、彼女の右手は何をしているのでしょう。彼女の左肩に注目してください。肩に力が入っているような感じがしませんか?そして少しこちら(鑑賞者)側にきています。それに対して左腕は少し後ろにいっています。そして右腕は肩のあたり腕のあたりから力が入っていて、体も楽器に少し強めに圧着しているように見えます。
ペグを回すときに、ペグがペグボックスから抜けないように、少し押し気味にペグを回すのが調弦するときのコツですが、こちらから向かって左側の列にあるペグは上から押さえつけるように回せばいいのですが、反対側のペグは押さえつけて回すのがなかなか大変です。そんなときはどうするかというと、体を楽器に圧着させ、右腕全体で楽器を押さえて楽器が動かないようにして、ペグを回します。そうやってやっていてもどうしてもこの列のペグは緩み気味になり、緩んできて抜けそうだと感じたら、まとめてグッとペグを回しながら突っ込むこともよくします。このあたりは楽器を演奏したことがある人ならすぐ理解できるはずです。
つまり右腕や体で楽器を圧着させ、左手で少しゆるみ気味になっている4,5コースあたりのペグを「よいしょっ」と回しながらつっこんでいるという感じです。絵のタイトルとしては「ペグをまわす女」「ペグを突っ込んでいる女」あるいは「よいしょっ」(笑)あたりでしょうか。ガット弦の音は数秒で減衰してしまうので、この絵の瞬間の数秒前に高音弦をはじいた可能性はとても低いでしょう。もちろんこの絵の瞬間の前後に高音弦がなっているということはあり得ません。