今日の日経新聞に「枯れたテーマに水やり」という見出しがありました。枯れたテーマとあるので、てっきり充分議論されつくしたテーマをまた更に深く掘り下げる、というような内容かなと思い記事を読んでみましたら、どうもそうではなく、枯れてカサカサになった古くさいテーマにずっと資金を投じているということのようです。
日本語の「枯れた」「枯れる」というのは、もちろん「枯れた花」「葉が枯れる」という使い方はカレカレになってしまったことを言うので、とくにいい意味では使わないと思いますが、主語や連体修飾語が「芸」「技術」「演奏」などといった場合は、充分時間をかけた結果洗練されてきたとか、技術系なら安定してきたといういい意味に、芸事であればいぶし銀ような趣があるということで褒め言葉になることばです。
もし私の演奏批評で、もし「中川のリュートは枯れた味わいがあり・・・」なんて書かれていたらすごく褒められたと思いうれしくなってしまいます。
さて件の日経新聞の記事ですが、「枯れたテーマに水やり」ねぇ・・・結構理解が難しい感じはします。ひょっとしてこの記事を書いた記者さんは、「枯れた芸」というような使い方をご存じなかったのかも知れません。「枯れた」と「水やり」がセットで使われているので、意図はよく理解できるのですが、ここは誤解を避けるため「廃れたテーマをいつまでも」くらいにしておいた方がよかったかなと思います。
「気のおけない人」が油断ならない人という意味で理解されるということが最近は結構あるようですので、「枯れた」というのもいい意味ではあまり使われなくなっているのかも知れません。若い人は全く違った意味で使うことがあるようです。このあたりは国立国語調査研究所(そんなのあったかな?)あたりの調査研究研究が待たれます。
若い音楽評論家が、「中川のリュート演奏は最近枯れてきた」なんて書いて、実はよぼよぼで弾けなくなってきたいうつもりで書いていても私は喜んでしまうという美しい誤解が生じる可能性もありますね。(笑)
日本語の「枯れた」「枯れる」というのは、もちろん「枯れた花」「葉が枯れる」という使い方はカレカレになってしまったことを言うので、とくにいい意味では使わないと思いますが、主語や連体修飾語が「芸」「技術」「演奏」などといった場合は、充分時間をかけた結果洗練されてきたとか、技術系なら安定してきたといういい意味に、芸事であればいぶし銀ような趣があるということで褒め言葉になることばです。
もし私の演奏批評で、もし「中川のリュートは枯れた味わいがあり・・・」なんて書かれていたらすごく褒められたと思いうれしくなってしまいます。
さて件の日経新聞の記事ですが、「枯れたテーマに水やり」ねぇ・・・結構理解が難しい感じはします。ひょっとしてこの記事を書いた記者さんは、「枯れた芸」というような使い方をご存じなかったのかも知れません。「枯れた」と「水やり」がセットで使われているので、意図はよく理解できるのですが、ここは誤解を避けるため「廃れたテーマをいつまでも」くらいにしておいた方がよかったかなと思います。
「気のおけない人」が油断ならない人という意味で理解されるということが最近は結構あるようですので、「枯れた」というのもいい意味ではあまり使われなくなっているのかも知れません。若い人は全く違った意味で使うことがあるようです。このあたりは国立国語調査研究所(そんなのあったかな?)あたりの調査研究研究が待たれます。
若い音楽評論家が、「中川のリュート演奏は最近枯れてきた」なんて書いて、実はよぼよぼで弾けなくなってきたいうつもりで書いていても私は喜んでしまうという美しい誤解が生じる可能性もありますね。(笑)