最近「元気をもらう」、「勇気をもらう」という言い方を、一般人のみならずマスコミもするようになった。違和感を感じる。
元気や勇気は元来、「元気付けられる」または「勇気付けられる」もので、もらうものではなかったはずだ。これもじきに慣れてしまって、新しい言い回しとして定着していくのだろうか?
マスコミではすっかり一般的になったが「不透明」という言い方がある。「先行きは不透明だ」のように使う。不透明というのは透明に対して「まったく見えない」という意味だから、マスコミが言いたいことと違うだろう。マスコミは「うっすらとしか見えない」と言いたいのだと思う。
だったら、「先行きは半透明である」が正しい。
元気や勇気は元来、「元気付けられる」または「勇気付けられる」もので、もらうものではなかったはずだ。これもじきに慣れてしまって、新しい言い回しとして定着していくのだろうか?
マスコミではすっかり一般的になったが「不透明」という言い方がある。「先行きは不透明だ」のように使う。不透明というのは透明に対して「まったく見えない」という意味だから、マスコミが言いたいことと違うだろう。マスコミは「うっすらとしか見えない」と言いたいのだと思う。
だったら、「先行きは半透明である」が正しい。