(東大赤門。ウィキペディアより引用。)
東大出は自分が東大出であることを日も夜も忘れない。暮夜思い出してにんまりとする。
私は東大に入れなかったが、有名高校出身なので辺りに東大出がごろごろいる。東大出にも一流と末流があって、一流は40年以上たったいま、かなりの地位についている。末流はそうでもない。
東大の授業は進みかたが早くて、末流は付いていくのが大変らしい。目的が東大入学で、やっと受かった学生には過酷だそうだ。東大入学が目的化している高校があるが、そこの出身者は東大の底辺を構成していることだろう。
大学はともかくとして、勝手に事業を始めて成功している者もいる。私はこういう奴が一番好きだ。学歴なぞには目もくれないのだ。
では自分を顧みてどうか?東大には入れなかったけれども、そこそこの人生だったのではないか?そうとでも考えなければ、とてもじゃないがやって来られなかった。
※今日の短歌
「勢力を強めながら」と予報士のフリルブラウス無風にそよぐ
たえなかすず(京都府)