大田区議会議員 奈須りえ  フェアな民主主義を大田区から!

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大田区の生活保護受給者割合の動きから、見えること

2025年01月28日 | ├社会保障

健康福祉委員会で、生活保護の受給者の動向について報告がありました。グラフ(本文参照)をみると、受給者が減ってきているのがわかります。

ところが、国の動向と比べると、全く違った側面が見えてきます。

長期的にみると、大幅に増えてしまったことがわかります。

戦後の貧しいときは、高い保護率ですが、高度経済成長で減らし
それが、オイルショックで増えますが
昭和59年をピークに


バブル景気も経て、平成4年1992年まで一貫して、減っているのです。

 

しかも、
当時、東京都と国の数字には、ほとんど差がありませんでしたが
今は、東京都の受給率が、2割ほど高くなっています。

 

豊かなはずの東京は
一方で、その豊かな「輪」からはじき出されれば、一転、生活保護になり、そこにたどり着けない方たちが
ホームレスへと転落しかねない、そういう、危うさを感じます。


減ってきているから、良い、というより

0.7%から2%に増えてしまった保護率を、そういう社会をどうするか

考えさせられた、報告でした。

 

 

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委員会で報告された、大田区、23区、東京都の生活保護の受給者数と割合が、下記のグラフです。

減ってきているのがわかります。

下記のリンクだと、より鮮明な画像で、見やすいと思います。

生活保護の動向令和7年1月15日委員会資料

ba301ecfc9cbe8ee06420d9bcc6dc3c3.pdf

これだけ見ると、日本の生活保護受給者は減っていて、「良くなっている」資料なのですが
国のデータと合わせ、長期的に見てみると、色々なことが見えてきます。

(申請しようとしても門前払い、というのは、別の機会に)

 

国の少し前の資料ですが、推移を見たら、減ってきているものの、
もっと低い時期があったことがわかりますし、


戦後、紆余曲折があったことが、生活保護の受給率から見えてきます。

 

戦争直後の貧しい時期から、少しずつ、経済力をつけ、生活保護受給者も減ってきて
それが、増えるのが、

第一次オイルショックです。

第二次オイルショックまで、受給率は微増を続け、
減少に転じるのが、バブルのころからで、グラフでは

平成景気、と書かれています。
バブルがはじけ、

平成7年以降は、
リーマンショック(世界恐慌)もあり、平成26年まで、増え続けます。

 

大田区の報告は、「奇しくも」、そのピークから減り始めた数字を報告していたのです。

 

赤が保護率
緑が人数
青が世帯数です

 

 

生活保護制度の現状について(厚労省資料)平成29年

生活保護国令和6年10月概数

 

大田区の直近令和6年10月の保護率が、2.05%(グラフの数字は‰1000人に対する割合もあるのでご注意ください)

東京都は、1.93%。

国の同時期の保護率は、1.62%で、国の方が少し低くなっています。

1992年に東京都が7.4%で国が7.2%とほぼ変わりませんでしたが
今では、東京都の方が2割も、保護率が高くなっています。

 

豊かなはずの東京は
一方で、その豊かな「輪」からはじき出されれば、一転、生活保護になり、そこにたどり着けない方たちが
ホームレスへと転落しかねない、そういう、危うさを感じます。

 

減ってきているから、良い、というより

0.7%から2%に増えてしまった保護率を、そういう社会をどうするか

考えさせられた、報告でした。



お金を稼がなければ、生きていけない、社会
お金を稼いでも、貯めにくい社会、
何かあっても、頼る人がいない
社会になってきているという事だから、です。


問題は、
どこにも、余裕がなくなってきている、ということだと思います。

それが、私たちを不安にさせます。

 

笑顔、とか、安心とか、政治が言うとき

一方で、こういう社会に政治がしてきたのに、

と嘘くささを感じるのは、私だけでしょうか。

 

 


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