いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

裁判員のストレス障害。impediment in stress of civil judge

2013-04-19 19:54:09 | 日記
 (1)裁判員(civil judge)を経験した女性が急性ストレス障害(acute impediment in stress)と診断され、日常生活で精神的な苦痛にさいなまれて国家賠償訴訟に発展する状況だ。
 裁判員制度を導入して専門職(裁判官)の立場とは別の市民感覚、感情を裁判、判決趣旨に取り入れる日本的試みは、あらたな国家賠償訴訟(現在訴訟検討中)となってスパイラル(spiral)な司法矛盾を生むことになりそうだ。

 これが特異な稀有(けう)なケースではなく裁判員制度が4年を経過して同様の事例はいくつもメディアを通してあきらかになっている。

 (2)最高裁は「裁判員の衝撃を和らげる」配慮やメンタルサポート体制も充実している(報道)と説明しているが、問題の視点、意識が自己都合的でズレているのは同経験女性の「心のケア制度はあるのかもしれないが、実際には役に立っていない。経験者に聞き取りするなど制度の見直しを図ってほしい」(報道)と訴えていることからもあきらかだ。

 事実を究明する証拠開示に裁判員の衝撃を和らげる「配慮」をするとか、カウンセリング、メンタルサポート、臨床心理士を待機させてまで推進する裁判員制度とは何なのかだ。

 (3)裁判、判決に市民感覚、感情を取り入れると言いながら、当時の司法環境が訴訟の増加に裁判官の増員が間に合わずにひとりの裁判官が複数の裁判を担当することによる「人出不足」対応策として導入された裁判員制度でもある。

 裁判官は日本でも最難関といわれる(新)司法試験をクリアーしてさらに司法修習を経ての極めて高い専門職能を持つ、社会正義のパラダイム(paradigm)を維持する職業人だ。
 専門的知識、識見とともに深い「経験」を経ての精神性も豊饒(ほうじょう)な適格性を「おおむね」有している。

 (4)人が人を裁く不条理性(unreasonableness)、取り扱う対象(犯罪)の特殊性、特異性の中で司法判断を示す(下す)許容基準とはこうした豊富な専門知識、経験が唯一の許される国民合意だ。

 米国では同様の司法への市民参加の陪審員制度は早くから深く社会に根付いており、米国では可能でも日本ではなぜ問題が多いのか。

 (5)制度の経験、定着時間の差異はあるだろうが、先祖(ピューリタン)が英国から新大陸米国へ渡った国誕生の歴史観、フロンティア精神性(frontierism)による市民権利は自らの手で守る維持するという文化性(銃社会)が根差している社会正義観、価値観の能動的社会の「米国」と、古来から海域により隔離独立して儒教思想に根差した組織、社会の枠組みの中でひとり個人思想が埋没した受動的社会の「日本」の社会正義観、価値観、歴史観の違いが国民性にあるからだ。

 (6)日本の社会正義のパラダイム維持には、社会性、文化性から専門性、経験則の高い裁判官による司法制度が前提で、市民の司法参加はチェック機関としての検察審議会制度がふさわしいといえる。

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