(1)俳人の俵万智さんは東日本大震災当時は仙台市に居住して、福島第一原発事故を受けて子どもの健康影響被害を考えて(本人談)速やかに遠く石垣市へ居住地を変える決断をした。
当時はまだ被災者の多くが安全な地域避難ができずに、この俵さんの決断には財力的にも著名人としての余裕、意識が特別にあらわれたとして賛否両論があった。
母親が子どもの将来を考えて最善の選択をするのは当然のことなのに、ひとり突出するとそれがまた注目の著名人の話題となると普通とは違うと排他的になるのが社会集団思想の特徴だ。
(2)原発事業は、国が当時の原発安全神話のもとに電力寡占体制の各地域ブロック電力会社に日本列島をぐるりと取り囲むように全国54基の原発建設を推進した電力安定化経済政策だ。
東電の福島第一、第二原発は専門家諮問委員会などで東北地方の大地震それによる大津波の危険がデータ予想、指摘されながら、到来時期のスパンの長さに対する対策費用対効果論から国の原発安全神話のもとに安全対策が十分に取られないままに11年3月11日に前代未聞のM9.2の大地震に見舞われ、福島第一原発は大津波に襲われて機能が停止して原子炉格納容器のメルトダウンを引き起こし、廃炉決定で完了までに今後40年はかかるといわれる大惨事を招いた。
(3)国の電力安定化経済政策による東電建設の福島第一原発が引き起こした原発事故で、その責任(responsibility)は政策推進の国と原発事業当事者の東電が負うべきものであったが、事故から6年以上すぎてもいまだに原発事故の核心部分の実態はつかめずに事故原因の究明もままならない事態の中で、賠償とは別に「責任」問題はなおざりにされてきた。
(4)原発被害、避難者は全国にまだ数万人はいるといわれて、その中には原発事故被災地を離れて暮らすことを自ら負い目(報道)を背負って生活している人も多いといわれている。
ようやく3年半の原発避難者訴訟闘争の末に昨日の前橋地裁が「東電は2002年以降に敷地を超える津波を予見できたのに、対応を怠った。国が津波対策を命令しなかったことも著しく合理性を欠く」(判決要旨報道)として「国家賠償法上、違法だ。国が賠償すべき慰謝料額は東電と同額だ」(判決要旨)と国の賠償責任を認め、あわせて東電の原発事故回避不履行(過失)責任を認めたものだ。
(5)福島第一原発事故原因が究明されない中で、なおざりにされてきた同原発事故責任について原発避難者訴訟でようやくに司法が国と東電の「責任」を認めた当然の帰結の判決だった。
報道によると「大半の(避難者)原告が周囲に知られないように名前を伏せ、息をひそめるようにして闘ってきた」〔()内は本ブログ注〕裁判であり、考えさせられる裁判であり、今日的社会思想(sentiment of brand-new-day society)であった。
当時はまだ被災者の多くが安全な地域避難ができずに、この俵さんの決断には財力的にも著名人としての余裕、意識が特別にあらわれたとして賛否両論があった。
母親が子どもの将来を考えて最善の選択をするのは当然のことなのに、ひとり突出するとそれがまた注目の著名人の話題となると普通とは違うと排他的になるのが社会集団思想の特徴だ。
(2)原発事業は、国が当時の原発安全神話のもとに電力寡占体制の各地域ブロック電力会社に日本列島をぐるりと取り囲むように全国54基の原発建設を推進した電力安定化経済政策だ。
東電の福島第一、第二原発は専門家諮問委員会などで東北地方の大地震それによる大津波の危険がデータ予想、指摘されながら、到来時期のスパンの長さに対する対策費用対効果論から国の原発安全神話のもとに安全対策が十分に取られないままに11年3月11日に前代未聞のM9.2の大地震に見舞われ、福島第一原発は大津波に襲われて機能が停止して原子炉格納容器のメルトダウンを引き起こし、廃炉決定で完了までに今後40年はかかるといわれる大惨事を招いた。
(3)国の電力安定化経済政策による東電建設の福島第一原発が引き起こした原発事故で、その責任(responsibility)は政策推進の国と原発事業当事者の東電が負うべきものであったが、事故から6年以上すぎてもいまだに原発事故の核心部分の実態はつかめずに事故原因の究明もままならない事態の中で、賠償とは別に「責任」問題はなおざりにされてきた。
(4)原発被害、避難者は全国にまだ数万人はいるといわれて、その中には原発事故被災地を離れて暮らすことを自ら負い目(報道)を背負って生活している人も多いといわれている。
ようやく3年半の原発避難者訴訟闘争の末に昨日の前橋地裁が「東電は2002年以降に敷地を超える津波を予見できたのに、対応を怠った。国が津波対策を命令しなかったことも著しく合理性を欠く」(判決要旨報道)として「国家賠償法上、違法だ。国が賠償すべき慰謝料額は東電と同額だ」(判決要旨)と国の賠償責任を認め、あわせて東電の原発事故回避不履行(過失)責任を認めたものだ。
(5)福島第一原発事故原因が究明されない中で、なおざりにされてきた同原発事故責任について原発避難者訴訟でようやくに司法が国と東電の「責任」を認めた当然の帰結の判決だった。
報道によると「大半の(避難者)原告が周囲に知られないように名前を伏せ、息をひそめるようにして闘ってきた」〔()内は本ブログ注〕裁判であり、考えさせられる裁判であり、今日的社会思想(sentiment of brand-new-day society)であった。